最終話

 64時間後。


 Tk-g11宙域。アマンダモルゴが消滅した座標。大小無数の残骸の一つに、角一は腰を掛けるように張り付いていた。

 安全の為である。高速で飛び交っているデブリに対してその残骸を盾にするのだ。

 宇宙服の手袋越しに、器用に通信端末を弄りながら


『こちらボッチ、こちらボッチ。応答願う、どうぞー』

『交信規定を守れ馬鹿者』


 ヘルメットの通信機で交信する。

 手元の端末は通信用ではない。画面にはパズルゲームのアプリケーションが展開されている。いかにも悪徳政治家、といった風な顔を模したブロックが消えるたびに、画面端で軍服風の衣装の少女が『君側の奸め!』『尊王討肝!』とか叫んで踊っている。


『予定より8時間程早いお帰りだな』

『遅れるよりはいいっしょ?宇宙を分けるのは手加減が難しいのよ。お迎えはハラフィだけ?』

『ああ。室長は事後のあいさつ回り。松田はそのサポートとして情報収集をする傍ら、カトレの余所行きの服をネット販売で見分中だ。カトレは微熱で療養中だが問題はなさそうだ。出てくるときはアニメ映画の……なんだったか?左だかジェノサイドだったか……』

『魔法将校ファシストミギージェノサイド?』

『そう、それだ。それを見ていた。私も少しだけ見ていたのだが、情操教育に悪いだろう、あれは』

『アニメなんてそんなもんでしょ。気にすることないって。

それと、あの二人とハゲのおっさんは?』

『マークス・オリバムは軍部に引き渡された。

 ミス・アミダラは帰還後即入院。メディカルチェックを受けて昨日退院した。銃創も痕なく治療完了。異常なしとのことだ。

 ミス・マージンはそれの付き添いをしていた。

 現在二人は休養中。第十室への着任は来週からになる予定だ』

『ほーん……うん?第十室うち?第四に戻るんじゃなくて?』

『必要とは言え、軍部が自分で始末をつけるところを横からかっさらった形だからな。

 室長のあいさつ回りも、主にそれの対処だ』



 アマンダモルゴが消し飛んだ後、事態はほぼ三枝の引いた絵図通りに進んだ。

 レムス艦隊の被害は大きかった。宇宙空間での対消滅反応による被害は、ほぼ純粋な熱線によるものだ。地上では爆発的な熱風や飛び散る破片による被害が主体となるが、宇宙にはほとんどそれがない。

 熱線は光であり、距離の二乗に反比例して弱まる。このため長距離が前提の宇宙での戦闘において、熱核兵器は弾頭の直撃でも受けない限り脅威ではない。

 だが、ものには限度がある。

 全長10㎞のアマンダモルゴを覆い隠すほどの巨大な質量体の対消滅だ。それは瞬間的には恒星から立ち上がったフレアにも匹敵する熱量と破壊力を持っていた。

 爆発の中心に居たアマンダモルゴは完全に蒸発。半包囲状態だったレムス艦隊も、沈没艦こそ出なかったが、表面の機材や計器、スラスター類も軒並み焼かれ、一部は装甲も溶解、癒着状態となっていた。

 特に計測器の被害はKCQT航行に必要な演算を行うにあたり大きな障害となる。十分な周辺状況という数値がなければ、そもそもの計算ができないのだ。


 かくして、船を捨てるか修理するかとすったもんだしていたレムス艦隊は、駆けつけた帝国艦隊に“救助”されることとなった。

 救助された王太子閣下は、遭遇した謎の現象に大層動揺していたらしく 『帝国の陰謀だ!』などと了解不能な発言を繰り返す錯乱状態だったらしい。

 安全のため拘束、鎮静剤を打たれ、タンクベッドで帝国の医療機関に搬送されたらしい。


『すでに王子の廃嫡は公表された。それ以降のレムス側の公的なアクションはないが、王国内では各派貴族が、軍事力を動かしているらしい。

 今後レムスがどうなるか、ユニオンがどう動くかは状況次第だろう。場合によっては第十室にも仕事が割り振られるかもしれん』

『面倒ごとにならなきゃいいがなあ』

『望み薄だな』

『夢も希望もありゃしない』

『だが追加人員はあるぞ。それが第四室のトップチーム。コード29の+と-。“智天使”のミス・マージンと“影踏み鬼”のミス・アミダラだ』

『実際はほとぼりが冷めるまでの避難のための転属、ってことか?』

『それもあるだろうな』


 第四室は対軍査察が仕事だ。一見すると軍部と対立しそうな立場だが、実のところ軍部と第四室は近しい関係にある。

 基本的に警官と地域住民の仲が良い方が治安は保たれるのだ。

 故に、いくらトップエースとはいえ、いやむしろトップエースであるからこそ、今回の横槍を主導したレベッカを、そのまま第四室に留め置くのは第四室と軍の間の関係的によろしくない。

 なので、しばらく第十室に避難させ、頃合いを見計らって呼び戻す。そういうつもりなのだろう。


『いつもみたいに第十室から俺らが出向になるんじゃなくて、第四室から人員が出向、って形になってたのは、最初からこうすることも視野に入れてたのかねえ。相変わらず局長も抜け目ないことで』

『それだけではない。むしろもっと上からの干渉が最大の理由だ』

『……ってーとまさか……』

『事の顛末を室長から聞いた双帝陛下の計らいだ。

『やっぱへーかちゃん達か。伝言は?』

『『楽しそうだね。彼女達なら君の友達になれるんじゃない』だそうだ』


角一は困り顔で、


『別に俺、ボッチのままでもいいんだけどなあ』

『お前がそれで何も感じなくても、お前が独りでいることに胸を痛めるお節介な他人がいるということだ。

 人は独りでいるつもりでも、意外と誰かが隣にいてくれるものだ。』

『……やれやれ。俺もまだまだボッチ道を究め足りないってことだな』

『そんなもの、極める意味もつもりもなかろうに』


 角一は肩をすくめる。端末の画面はゲームオーバー。キャラクターがコンティニュを問うている。


『んで、そっち今どこ?何分くらいで拾えそう?』

『それなんだが、すまんが3時間ほど待て』 

『え?なんで?』

『すでにTk-g11宙域までは来ているが、お前がいるその周辺はちょうどデブリが濃い状態にある。

 計算したところ、3時間後に比較的晴れるようだ。そのタイミングで拾う』

『マジかよ!あとちょっとで切れそうなんだけど!?』

『酸素か?』

『いや、ゲームの電源。

 ボッチは寂しくても死なないけれど、やることなくて暇だと死ぬんだよ!』

『座禅でも組んでろ馬鹿者』


 無情にも通信が切られる。

 こうなると、もう何を言っても反応はないだろう。

 仕方がないので画面設定を弄り明るさを下げてバッテリーの延命をはかり、プレイ再開。

 デブリばかりが浮かぶ真空。周囲数十キロ、誰も存在しない絶対的な孤独の中、角一はそれを気にした風もなく、画面を指でなぞるのだった。





『あ、電池きれた』





エンジェル ミーツ ボッチ 終

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