第9話 孤独に駆り立てる者
レムスの艦隊がTk-g11に到達した。レベッカ達が去って、わずか10分程後である。
艦隊が――レムスの王太子が緩衝領域に踏み込むことを決断したのは、角一の電波妨害でアマンダモルゴからの定期通信が切断された時だ。
この企みが失敗に終われば廃嫡――彼にとっては身の破滅も同義だ。そしてそれは彼を担いでいる軍部を中心とした派閥もだ。なれば、多少リスクが増えたとて同じこと。
まさに角一が予想した通りの身勝手な“合理的思考”に基づいて、彼らは緩衝領域に艦隊を進めた。
彼らなりに勝算と展望があった。
今現代の技術で大国同士が戦争になれば、宇宙に破滅的な結果をもたらす。“だからこそ”大国同士は動けないはず。自分達の行動も抗議はあっても具体的な行動にはでないに“違いない”。帝国も、そしてユニオンも最終的には我々の要求に対して妥協するに“決まっている”。
そのような他者の理性と忍耐に依存した、希望的観測――という言葉では不足するような何かが、彼らの勝算と展望だった。
もちろんそれが子供じみた妄想だと気付いていた者もいたが、それは少数派だった。派閥の中の少数派にできることは長いものに巻かれるか、他の派閥に乗り換えるかだ。
だが残念ながらすでに船は出ており、乗り換えは不可能だ。出来ることといえば、自分達の悲観的な予想が外れるのを祈るばかりだった。
虚空に浮かぶ巨大な双胴艦、アマンダモルゴを発見して、レムス艦隊の緊張は少し緩和した。
通信はいまだ回復していないが、見た限りアマンダモルゴは健在だ。すでに双帝国軍に奪還された撃沈されたか、という最悪の予想は外れたらしい。
だが同時に現状が予断を許さないものであることも確認された。
脱出したレムスの工作員から、帝立調査局の
突入してきた敵の数は、なんとたった2名。しかもその片方に、ほとんどの実働戦力が殺害、無力化されたというのだ。
艦隊司令部は戦慄すると同時に、安堵もした。
確かに化け物のように強い敵がいるのだろう。だがあれだけの巨大戦艦は、いくら自動操縦化が進んでいるとはいえ二人――捕獲したと報告されていた調査局員を含めて3人では不可能だ。
囲んで砲を突きつけて、手持ちの海兵隊を差し向ければ再奪取は可能だろう。
そう考え、投降を呼びかけながら半包囲を形成していた途中だった。
大きな、とてつもなく大きな金属音が宙域全体を揺らした。
まるで戦艦同士をぶつけ、こすり合わせたかのような音だ。
空間時代を震わせ、真空すらも徹るその音に聞き覚えがある者が叫んだ
「こんなデカい
しかし聞いたことがない大きさとはいえ、確かにそれは
つまり誰か――十中八九、アマンダモルゴを占拠した帝国の能力者が能力を発動したのだ。
一体何が飛び出すか?
全艦隊があらゆるセンサー類から目視まで使って、周囲を警戒。
その数十秒後、艦隊のいたるところからほぼ同時に、異口同音に言葉が漏れた
「戦艦が……割れる!」
同じころ、レムス艦隊の観測員達と同じことを、レベッカがつぶやいていた。
「嘘だろ、おい。あいつ、本当に割っちまった……」
レベッカが見ているのは、松田が表示したアマンダモルゴの固定カメラの映像だ。
舳先近く、アマンダモルゴ全体が画面に入るよう、船尾に向けて設置されたカメラ。
そこで信じられない光景が展開されていた。
アマンダモルゴが割れていく。
アマンダモルゴは全長10㎞、直径1㎞の円筒状の船体を、二つ束ねた双胴艦だ。
左舷と右舷を繋ぐ構造は決して脆くない。
二つの胴の間は、艦橋部をはじめとしていくつかの構造物と、そして燃料や電力、人員などを融通する連絡路やパイプ、お呼びそれを守る装甲で固められている。
レベッカ達の定点カメラは右舷舳先側。そこから見たアマンダモルゴの全景は、起伏を持った白い大地のようにも見える。
10㎞級からそれを超える戦艦は、もはや乗り物の枠にはない。建造物や構造物、あるいは地形とも言うべき存在なのだ。
それがゆっくりと割れていく。
地震で生じる地割れのように、アマンダモルゴの装甲にその奥のフレームに亀裂が入る。
装甲の亀裂の奥では、電線が切れたのか火山雷のように電撃が走る。
漏れた空気や酸化剤と健在が反応してマグマのような炎が上がる。
帝国の双胴艦は左右両舷で他方を喪失しても、独立して動けるように設計されている。これは宇宙開発期黎明からの伝統だ。
宇宙航行技術が未熟な時代、片舷側で深刻なトラブルや破損が生じても、反側が生きていれば乗員の無事を確保できるようにと成された工夫が、現代の双帝国時代にも引き継がれている。
だが、それはあくまでしっかりとした手順でダメージコントロールを行った場合だ。空気と共に吐き出された建材や内容物が、推進剤に含まれる酸化剤や艦内から漏れ出た空気と反応し、炎上、爆発。更なる破損をアマンダモルゴに与え崩壊が進んでいく。
レベッカと共に、じっと画面を見ていたシェラザードが呟いた。
「
そういうことね」
「シェリー、何か分かったの?」
「ええ。―――答え合わせ、良いですか?」
「あまり他人の能力について語るのは好まないといったはずだが?」
話しかけられたハラフィは素気無い態度を示すが
「あら、良いじゃない。賽河原君もさっき彼女達に伝えていたのだし。
本人が隠したいと思ってるわけでもないなら、その能力の説明や捕捉くらいはしてあげてもいいのではなくて?」
助け舟を出したのは三枝だった。能力の使用で疲れたのか、うつらうつらし始めたカトレをベッドに連れて行き、戻ってきたところだ。
「さて、それでミス・アミダラ。答え合わせ、とは?」
「彼、コード0“
レベッカからの証言も合わせて、彼が能力で行ったのは――」
シェラザードは指を折りながら
「妨害電波の発生、レーザー砲の拡散防御、両開きのハッチを開閉―――いえ、開放ですね。
そして人体を左右か上下に分割しての殺害と、10㎞級の戦艦の破壊、というより分断の5つです」
レベッカは隣で聞きながら、改めて疑問を感じる。
最初の二つは明らかに電磁系。後者二つは純粋な力によるものと思える。ハッチを開いたのは、ハッチ自体は金属なので電磁系かもしれないし、念力のような力業での引きちぎりかもしれない。
だが、原則として能力の作用は一つだ。
そして角一が別れ際に言った言葉。
『
電気を操る、も、純粋な念力のようなエネルギー、もこの文言にかすりもしない。
一体どういうことなのか?
レベッカの疑問に答えるように
「彼の能力を端的に言うと―――物体や現象を、要素やパーツごとに二分する能力、ではないですか?」
「―――80点、といった所かしら、ミス・アミダラ。
物体の分割はあくまで
「やっぱり……!」
正解を得て、わずかに口元を綻ばせるシェラザードと
「―――うん、降参。わかんないわね、やっぱ。どういうことよ?」
両手をあげて、シェラザードを見る。
こういう時、相棒は具体的な説明による解説を求める。シェラザードは彼女の相棒のそういう性質を理解していた。
「そうね……。2番目、レーザー光線の拡散が一番わかりやすいわね。
レヴィ、光――電磁波が電場と磁場がお互いに作用しあって伝わるものだ、というのはわかる?」
「―――まあ、ギリ?ハイスクールかどっかで聞いた気がする」
実は全く覚えていないが、正直に言うと話が横に逸れそうなので、すこし見栄を張るレベッカ。
シェラザードとしては、相棒のそういう機微に気付きはしたが、しかし話の本質でもないので、『そういうものだ』と理解してくれたのならそれでいいと、話を進め。
「それでね、彼は“
「……お、おう?」
「―――そうね。レーザー、というか光というのは、電場でできた輪と磁場でできた輪を交互につないで作られた鎖のようなものだと考えて?
そしてレーザーは、同じ鎖が同じ方向に、何本も何本も束ねられたものだと思って。
無双の能力はね、その鎖を全部外してしまうの」
「そうしたら―――まあバラバラになるわね」
「そう。光が、電場と磁場のレベルでバラバラに、相互に干渉もできないようにされる。
結果として光は直進もできずバラバラな方向に溶けるように拡散、消滅する。
方向や波長が合っていることが威力の前提である光学兵器なんかは、ほとんど無力化されると思うわ」
「―――なんか、なんとなく、イメージは付いた。じゃあ、他の能力は?」
「両開きのハッチやアマンダモルゴについては簡単よ」
なにせ両開きの扉は 『左右の戸板』 が構成要素なんだから、それを能力で左右に分けたのだ。
アマンダモルゴも“双”胴艦。もとより右側と左側で分けて構築された構造物だ。当然、能力によって左舷艦と右舷艦で割れる。
「そして人体の方は、上半身と下半身、右半身と左半身、と定義して割った。
ただし、電波などとは違い、あくまで区分けであり“人間は右半身と左半身でできている”とは言い難いし、イメージしづらく、きつめの
「じゃあ電波妨害は?何を分けたっていうのよ?」
「無を分けた―――ですよね?」
「はあ?無を、分ける?」
三枝に自分の考察の正誤を問うシェラザードと、首をかしげるレベッカ。
三枝は頷き
「ええ、その通り。
電場も磁場も何もない空間を“逆位相の電波が釣り合っている”と定義して、その“釣り合って無を構成している二つの電波”を、二つに割って独りとする。
それによって強力な電波を発生させたのが、電波妨害のカラクリ。
彼の能力は、虚空すら分けるの」
「範囲や制限は?」
「認識できる限り、よ。上限は誰にもわからない。アマンダモルゴだって、彼にとっては余裕で割れるものよ。彼の言葉を借りるなら『必要なら宇宙だって割れる』らしいわ」
三枝は自分の胸元、帝立調査局員の証であるバッチに触れながら
「我らは独りにあらず、双にて一つなり。それをモットーとする陰陽双帝国の中枢、帝立調査局にあって、双つあることを否定して、別々の独りとする能力
巨大な双胴艦も、強力な電磁波も、
正誤も、天地も、梵我も、陰陽も。
それが“双つで一つ”として成立していると認識さえできるなら、全て二つに分け、それぞれを強制的に独立した存在として、一つのままでいることを許さない。
それが彼の“
レベッカは理解が追い付かなかった。ただ三枝の言葉から直感的に、それを感じた。
賽河原角一、コード0、無双の能力者。
「
アマンダモルゴの機能不全で電圧が落ちつつあるのか、ノイズが走る画面の中で、更なる状態の変化が起きつつあった。
崩壊するアマンダモルゴの艦橋の上に角一は立っていた。
アマンダモルゴの巨体は完全に左右に離断していた。角一が立っている艦橋も同様で、中央から真っ二つ。角一が立っているのは右半分。左半分は既に左舷側と一緒に、渓谷のような亀裂を挟み、何百メートルも遠くに見える。
それを見やった後、角一は視線を巡らせた。
アマンダモルゴを半包囲するようにレムスの艦隊が展開している。だがその陣形は来た時より乱れているようだ。
二つに割れたアマンダモルゴを見て、対処が定まらないのだろう。
「二つに割れたからって、価値が無になるわけじゃないからなあ」
アマンダモルゴは最新鋭技術の塊であり、そしてその構造上、本当なら二つに割れても最低限、艦として動けるだけの独立性を持つ双胴艦だ。技術や機密を探るにあたり、二つに割れた状態でも回収する価値がある。
だがその一方、彼ら視点ではアマンダモルゴを割った能力者が脅威だ。下手に近づき、自分達も真っ二つにされたらたまらない。そう考え、及び腰になっているのだろう。
「けど、悪いけど逃がせないんだよなあ。
カトレちゃんのお高いスイパラのためにも、ね」
角一は、軽く両手を開く。
軽く息を吸い、吐き、また吸い―――
「陰陽ありて、太極あり」
混乱の中、レムスの軍艦は新たな能力発動音と、そして未知の物質を観測した。
白と黒。
写真に書き込まれたかのような、現実感も質感もない球体が、二つに割れたアマンダモルゴの周囲に現れた。
大小さまざま。人間の手で抱えられるようなものから、数十メートルサイズまで。
連続する
白と黒の球体で、アマンダモルゴ周辺の空間が埋め尽くされていく。
その球体の正体は、物質と反物質だ。角一がその“無双”により真空を分けて、生み出している。
真空は、存外騒がしい。常に物質とそれにたいする反物質が生まれ。刹那にも満たない間に対消滅してを繰り返している。
それを分ける。本来ペアであるはずの物質と反物質をそれぞれ独りとして、強引に存在を維持させる。
事象の境界線上で発生しホーキング輻射として観測される現象。角一の“無双”は、それを本来真空で起きている以上に強制する。
無理やり分けられた真空から取り出された物質と反物質は、尋常の物体ではなかった。水素でもなく、陽子でもなく、電子でもなく、光子やそれに類する素粒子ですらない。純粋に質量と体積だけを持った、お互いに相反し触れれば対消滅するだけの、仮初の実体。
それらに包まれ、アマンダモルゴが見えなくなった頃、レムス艦隊は撤退を決意した。
だがそれは、遅かった。
艦首を反すレムスの艦隊を見て、角一は球体の精製をやめる。
そして―――
「梵我ありて宇宙あり」
大きな、それこそ宇宙全てに響き渡らんとするかのような、金属音がする。
その瞬間、角一とそれ以外の全てが、お互い独りとなった。
角一の認識から宇宙の全てが消え、宇宙から角一が消えた。
遺されたのは、角一の“
それらを分け隔て、独りとして成立させていた力は、もうない。
白と黒が、たがいに惹かれあうようにゆっくりと近づき―――
アマンダモルゴと、それを取り囲むレムス艦隊を巻き込んで、それら全ては光となった。
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