第5話 突撃!戦艦アマンダモルゴ!
広大無辺の宇宙にも、航路という定められた道がある。
KCQT推進において、進路上の異物は多大な速度低下を生む。わずかな星間ガスであったとしても、演算負荷は絶大になり速度は大幅に落ちる。このため星間ガスの塊も近傍に惑星もないルートが日々探され、更新される。国への報告者には多大な報奨金が与えられ、また企業などがその情報を買い取り秘匿、独占する場合もある。
それらの航路は褐色矮星や黒色矮星といった『枯れた星』を始発点にする場合が多い。高い重力と適当な電磁場を発生させるため観測がしやすく、また活発に活動している恒星と異なり恒星風を吹かせることもないからだ。
Tk-g11と呼ばれる褐色矮星はいくつかの航路の端になる天体だった。
Tk-g11は陰陽双帝国とレムス王国の緩衝地帯の双帝国側、境界のすぐ近くにある。そこはいくつかの航路の始発点になっている。だがそのどれもが遠回りだったり障害物が多かったり、また主要な人口密集地からも外れていたりと、滅多に船舶が通らないさびれた航路だ。
永く、軍属の巡回船くらいしか訪れなかったその宙域に、突如、巨大な戦艦が姿を見せた。
双帝国の最新鋭戦艦アマンダモルゴだ。
双帝国製戦艦の特徴である対称的な双胴構造。両舷に並ぶ巨大な主砲と、無数の副砲。そして艦載機やドローンを射出するためのハッチ。
全長10㎞、直径1㎞強の楕円柱構造を二つ並列した巨体は、船というより軍事基地、あるいはツインタワータイプのビルのようにも見える。
いや、見える、ではなく実際にこれは“移動する軍事基地”なのだ。次期双帝国主力戦艦にはそういう役割が期待されていた。
移動する要塞は、一旦褐色矮星の周回軌道上に乗る。天測と航路の再設定、そして演算器や動力機のクーリングのためだ。
巨大船はKCQT推進にあたり、小型船とは比べ物にならないほどの複雑な演算を必要とし、それに耐え得るだけの高次元量子演算器を搭載している。それが吐き出す余剰熱量や、それを十全に稼働させる動力は莫大であり、航路ごとにこのように休息を挟む必要がある。
逃走中、避けられない足止めを食っているにもかかわらず、マークス・オリバム博士以下、逃亡者達は状況を楽観視していた。
ハイジャックの最初の段階で帝立調査局と遭遇したのは想定外だが、その片割れを撃墜、捕縛してからは極めて順調だ。
逃げた調査局員の片割れが連絡しただろうにもかかわらず、帝国軍部の動きは想定より鈍い。対してアマンダモルゴ側はリミッターの解除どころか、開発用コードを使っての
定格運用を大幅に超える負荷をかけてなお、アマンダモルゴの機関に異常はみられない。
この分でならば、余裕でレムス王国領内に逃げ込めるだろう。その予測が彼らに精神的な余裕と、そしてわずかな油断を生んでいた。
Tk-g11を回る公転軌道上に乗ろうとした時だった。
突如、強力な電波障害が発生。レムス側とつなげようとしていた通信はおろか、観測機器の大半がノイズでダウンした。
すわ、帝国の追手による電子戦か!?
緊張が走ったブリッジだったが、オリバムが落ち着き払ってそれを収めた
「光学認識のみに切り替えろ。
これだけ強力な妨害電波が人為的に起こされたのだとしたら、電子戦用の特殊船の仕業か、さもなくば複数の戦艦級が同調して行っているかだ。
だが電子戦特化型の船舶は駆けつけられる位置にはいないし、そもそも相応に大きな艦だか。光学検索ですぐに見つけられる。複数の戦艦などがいる場合もそうだ」
光学観測ではアマンダモルゴ周囲には暗い褐色矮星以外存在しない。
なるほど、これは自然に起きた磁気嵐だろう。
Tk-g11に小惑星でも落ちたか、あるいは自分立ちまだ見知らぬ自然現象か?どちらにして追手ではない。
そう判断した彼らは、外部センサー類を全て光学センサーのみにリンクさせ、自分達は艦内のモニタリングをする。
どうやら電波障害でやられたのは、あくまで外に突き出していたセンサー類だけ。艦内においては問題発生せず。捕虜にした能力者もしっかり眠っている。それ以外の捕虜、元々のアマンダモルゴのクルー達は、すでに救命ポットに詰めて放り出しており、他に船内に生体反応なし。
そう結論付けた彼らは気付けなかった。その宙域に、極めて原始的な方法で潜む者達がいることに。
『どう?気づいてる気配ある?』
「見た感じ、大丈夫みたいね」
有線式の通信でレベッカは角一と言葉を交わす
場所はTk-g11。アマンダモルゴから距離数十キロ。宇宙空間においては指呼の距離だ。
二人は単身用クルーザーの速度を生かし、別ルートで先に回り込んで、待ち伏せを行ったのだ。
なぜこれだけ近づいて、二人がアマンダモルゴ側から発見されないか?
仕掛けは二つ。一つは傘だ。真っ黒な布を張り付けた傘のような構造物がレベッカ機の前方、アマンダモルゴの方に向けて広げられている。
「こんなんでマジで気づかないの?」
『ある、って思ってみないと見つからないもんだよ、意外と。たまに即バレして死にそうな目に会うけど』
「――今日はツイてた、ってことね」
そんな賭けみたいな作戦やらせやがってクソが、という言葉を飲み込んで、レベッカは傘に取り付けたカメラからの映像でアマンダモルゴを観察する。
少なくとも、今のところ砲塔等に動きはない。
本来ならば電磁探知等でアマンダモルゴ側のリニア機構の出す電磁波を観測した方が確実だが、今はそれが使えない。
2つ目の彼らが気付かれない理由。それは強力な電磁波だ。
相手の電波の目を潰すための電磁波が、レベッカ達側の目も潰している。
その電磁波がどこから来ているかというと
『普通はこのレベルの電磁波出すには、相応のサイズの動力とそれを積む船が必要だからね。その前提で見張ってると、小さな違和感を見落としやすくなるんだよ』
「―――まあ、流石に、一人の能力者が戦艦の目を潰すだけの電磁波垂れ流せるとは思わないだよね、普通」
クルーザーの上で宇宙服を着たまま、両手を広げている角一。
彼こそが、今この宙域を満たしている妨害電波の発生源だ。
「それも、“
『そそ!具体的には―――』
「あーいいわ。そういうガクジュツテキなの興味ないし」
ここに来るまでの間に、レベッカと角一はお互いの能力についてのあらましを交換していた。
角一の“
「概念系の
『そっちこそ、シンプルに見えて結構扱いが難しい能力って気がするけど』
「私の“
『おーけーおーけー。背後に星とかなるべく挟まないようにね、一発でバレるから。あとちょっとでも気づかれたと思ったら、迷わずダッシュ、いい?』
「わーってるわよ」
ゆっくりとイオンスラスターを吹かす。低出力のスラスターは光も出さず、加速したイオン粒子を吹き出し、その反動で機体を推す。
静かな等加速運動で、距離が凡そ、半分を割った頃
「――っ!動いた!」
アマンダモルゴの表層、副砲がゆっくりと向きを変え始めるのが見えた。
答える数瞬すらも惜しみ、角一はわずかに開けたキャノピーの隙間から、滑り込むようにコックピットに戻る。同時、妨害電波は消え電波の目が復活し、双方の姿が丸裸になる。
「分離!」
音声コードとレバーの二重承認を作動。仕込まれた少量の火薬が火花を散らし、鉄色の増設パーツが剥落する。
同時にイオンスラスターを全力で展開。不十分な加速と加熱で色を持ったイオン粒子の尾を引いて機体は加速し―――その数瞬後、アマンダモルゴのレーザー砲が、取り残されたパーツ達を蒸発させた。
『ヒューッ、戦艦様はやっぱ派手だねえ』
「舌しまっときな!突っ込むわよ!」
フェイント交じりの不規則な光芒を描きながら、レベッカ機はアマンダモルゴに向けて飛翔した。
アマンダモルゴの艦橋は騒然としていた。
統括AIが突如、敵発見のアラート。副砲が自動で稼働。何もないはずの空間を標準し、使用許可を求める。事態の把握ができないうちにさらに状況が動いた。
電波障害が突如晴れ、砲が標準を向けた先の虚空が歪み、そこから一気の小型船が現れる。
黒い布を使った原始的な隠れ身。姿を現したタイミングと、電波障害がなくなったタイミングから、電波障害の元はその機体だろう。
だがどうやって?
「あのサイズにあれだけの電波障害を発生させるのは無理なはず―――まさか能力者(ドライバー)!調査局か!」
艦橋でマークスが答えに辿り着いたのと同時に、アマンダモルゴの副砲が放たれる。
着弾。しかしとらえたのは離脱したパーツのみ。朱塗りの本体は無事だ。
しかし長くはもたないはずだ。
放たれるレーザー砲はもはや雨から瀑布、そしてすでに壁のよう。
もはや抜ける隙もないはず。だが
「敵機突破!中和防御―――いえ、拡散されてます!」
観測系を睨んでいた者が、悲鳴のような報告を上げる。
表示枠に浮かんだ映像。朱の装甲に近付き、とらえようとしたレーザー光の柱が突然膨らむように拡散した。
レーザーは波長と方向性がそろってこそ。拡散したレーザーはただの強い光に過ぎず、朱の機体の
「電波障害にレーザーの拡散――電磁系の能力者か……!?」
光の壁を抜け、朱の機体が近づく。激突コースだ。
自爆特攻とは思えない。全長10mにもならない機体が突っ込んだところで10㎞を超えるアマンダモルゴはかすり傷程度しか負わない。そして相手は能力者だ。どんなインチキを持っているかわからない。
敵は既にレーザー主体の副砲の射程の内側。対誘導弾用の実弾式タレットが健気に曳光弾入りの弾幕を張るが、避けられ弾かれ有効打にならない。表面装甲を削られながらも、朱の機体は接近。狙いはドローン用のハッチだ。
確かにそこは装甲が張られた部分よりも構造的には弱い。だがだからこそ、分厚い両開きの扉が設置されており、簡単に射貫けるものではないはず―――そのはずが、覆された。
真空――音を伝えるべき空気がない無音の空間に、金属同士をぶつけ合う様な音が響いた。空間そのものを振動させ、真空すらも超えて響く能力発動音(ドライビングノイズ)だ。
一瞬で、10m近い厚みのある扉が、跳ね上げられたように一気に開いた。轟音が船体を伝って艦橋にまで届く。
こじ開けられた扉の状態表示はレッド。完全に機構が破壊されている。
大口を開けた両開きのハッチに朱のクルーザーが飛び込んだ。
「っっとっ!!」
ハッチは20m四方。その奥は、ドローン格納庫まで続く長いダクト。壁面には待機状態のドローンが格納されている。そこに飛び込む直前、レベッカは機体を回転させる。縦回転で舳先を後ろに、スラスターを前に。そしてメインスラスターを最大出力。一気に減速していくが。
「これ奥にぶつかる流れじゃね?」
「焼き砕く!」
数百メートルほどのダクトの最奥は、ちょっとした広場状の平面になっていた。計器を見れば人口重力がその奥の平面に向けて落ちるように設定されている。ドローンの整備や改造、物資運搬受け取り用の空間だろう。
そこに向けて、レベッカ機は自身のスラスターから噴出するイオンプラズマを纏いながら尻から突っ込む。
衝突の瞬間、
スラスターから噴出する炎は一気に拡大。まるで植物が根を張るのを、早回しで見るかのように、火炎の根が広場に刺さり、根付き、広がり、そして全て燃え砕けた。
燃え砕ける広場に、レベッカ機が突っ込む。
衝突。
フレームが歪み、装甲がいくつか削れ、弾けるが原形は保たれている。
突き抜けた先は広い通路になっていた。幅は車四車線程。高さも同等程度。
全長10㎞の戦艦だ。内部は車両が走ることを前提とした道がある。これもその一つだ。
突然の乱入者に、アマンダモルゴのシステムは速やかな反応を示す。
割れた壁の断面に、一定間隔で設置された消火栓のようなノズルから、泥のような液体が放出される。
ナノマシンが混ぜられた不燃性の発砲樹脂だ。これは人体で例えるなら白血球と血小板を合わせたような働きを持つ。化学反応を起こしている物や汚染物があれば取り込んで固定、封印し、真空に向けて空いた穴があれば塞ぐ。あっという間にめり込んだ朱の機体ごと壁の隙間を補填。空気の流出が止まる。
それに続いて、外敵排除と被害者救助を役割とする艦内巡回ドローンが集まりだす。
ただ今回は救助活動をするつもりはさらさらないようで、完全に戦闘状態だ。
おっとり刀で駆け付けた数機が、ゆっくりとクルーザーに近づき―――
突如、コックピット部分が燃え上がり、その炎の中から、火よりも朱い色が飛び出す。
朱の大型バイクを駆る宇宙服姿の女と、その腰に捕まった男だ。
正面にいたドローンがバイクの前輪で踏み砕かれた。残りのドローンたちが搭載されたガンタレットを使用するより早く、女は無数の火の矢を放ち、男は片手で構えた大型拳銃の引き金を引く。
半数が一瞬で燃え上り、もう半数が銃声と共にコアユニットを打ち抜かれた。
わずかに残ったドローンを女――レベッカはバイクで引き潰しながら
「やるじゃない!」
「そらどーも!」
アクセルを全開。
後輪は一瞬の空転の後、しっかりと床を噛み、車体を一気に加速する。
後続するドローン達や、備え付けのガンタレットを火矢と銃撃で破壊しながら、レベッカ達を乗せたバイクはアマンダモルゴの奥へと走り去った。
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