第27話 挿絵のない絵本
「まったく、退屈ったらありゃしないわ」
わたしはお姉様の結婚式を抜け出して式場の側にある小さな林の中をお散歩していました。そうです、今日は愛しのお姉様の結婚式なのです。
しかしわたしにはわかりません。
そりゃあ大好きなお姉様が結婚するという事はめでたい事です。めでたいという事はつまりとても良い事です。
でも大人達はそんなめでたい日に何故か退屈な事をやりたがります。結婚式なんて退屈なモノ、誰が考えたのでしょうか。せっかくのめでたい日が退屈で台無しになってしまうに決まっているのに・・・。
結婚式だって、もう少し楽しいモノにしたらみんなハッピーです。例えばみんなでお歌を歌って踊って騒いで・・・そしてたくさんのご馳走があれば完璧。何も格式張った堅苦しい式をする必要は無いと思うのですが・・・大人って不思議です。
大人と子供は別の生き物だって最近思います。
だってお父様やお母様はわたしがとってもおもしろいと思うモノを品が無いだとか下らないだとか言って馬鹿にするし、わたしが退屈で仕方が無いと思うモノをとても大切な事だと大事にするのです。
なぜだろう? わたしも大人になればわかるのかしら?
大好きなお姉様も今日結婚します。もう大人の仲間入りです。
そういえば昨日、お姉様が難しい本を読んでいました。文字ばかりの黒々としたページが連なる退屈な本です。
「本当に、挿絵の無い本なんて何がいいんだろう?」
わたしにはわかりません。
子供のわたしにはまだわからないのです。
「いけない! 遅れちゃう!」
不意に林の奥から何かが飛び出してきました。
よく見るとそれは一匹の白い兎のようでした。しかし奇妙な兎です。兎のくせにトランプ柄の燕尾服を身に付けて、目には気取った片眼鏡をちょこんとかけています。手に持った金色の懐中時計を見て何やら慌てているようです。
「時間が無いよ大変だ」
そう呟きながら兎は駆けていきました。
「待って兎さん!」
わたしは兎の後を追いかけます。だって喋れる兎なんてどう考えても結婚式なんかより面白そうなのですから。
追いかけて
追いかけて
やがて兎はわたしの視界からフッと消えていなくなりました。
「どこに行ったのかしら?」
不思議に思ったわたしはキョロキョロと周囲を見回すと、目の前の大木の根っこの部分に大きな穴が空いているのを発見しました。
きっとあの白兎はこの穴の中に入っていったに違いありません。
「兎さんいる?」
わたしは穴を覗き込んで兎さんに呼びかけました。
しかし木の穴は思ったより深かったようで、わたしの声は暗闇の中に吸い込まれて消えてしまいます。
ならばもっと大きな声で叫んだら聞こえるでしょう。
わたしはそう考えてグッと身を乗り出しました。
「・・・・・・あっ」
次の瞬間わたしは足をすべらせてしまいました。小さなわたしの体はずるりと滑って大きな木の穴に落ちてしまいます。
穴の底にぶつかって怪我をしてしまう!
わたしは恐怖のあまり目をギュッと閉じて来るであろう衝撃に備えました。
一秒
二秒
しかし待てども待てども身構えていた衝撃はやってきません。不思議に思ったわたしがそっと目をあけると何とまだ下に落ちている最中だったのです。
なんて深い穴なのでしょうか。こんなに深い穴なんて見たことがありません。
落ちて
落ちて
どんどん落ちて・・・。
このまま落ち続けてしまったらきっと地球の裏側に出てしまうと怖くなった頃に急に落下の終わりがやってきました。
突然目の前に現れた地面。
こんなに長時間落下した後に地面にぶつかったらぺしゃんこになってしまいます。しかしわたしの心配は杞憂に終わりました。何故か地面に着く寸前に落下の速度が急激に遅くなったのです。
ふわりと着地したわたしはキョロキョロと辺りを見回しました。ここは一体どこなのでしょうか?
「ようこそ×××」
わたしの名前を呼ぶのはだぁれ?
振り返るとそこには見知らぬおじさんが立っていました。
「さあ楽しい夢はそろそろお終いだ。出番だよ×××」
ああ、
もう
目覚めの時なのね
私は薄らと笑った。
◇
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