第25話 タルトを食べたのは

「静粛に! 皆のモノ静粛に!」




 壇上に上がった白ウサギが大声で周囲に呼びかけます。




 トランプ柄の燕尾服に身を包み、真っ赤で大きな蝶ネクタイを可愛らしく首に結んでいる白ウサギは金縁の小洒落た片眼鏡を気障な様子でちょいとかけ直して言葉を続けました。




「女王陛下ご入場!」




 その言葉と供に静かに下がっていく白ウサギ。




 代わりに壇上に上がってきたのは真っ赤なドレスのハートオブクイーン。




 情熱を称えた鮮やかな赤色の髪は風を受けてサラサラと流れ、形の良い唇はぷるんと魅力的に揺れます。




 攻撃的なつり目には、イタズラを思いついた子供の無邪気さと子を見守る母の慈しみが同居しているかのような不思議な光りを放っているようでした。




「コレより裁判を開廷する! 被告人アリス前へ!」




 凜と澄み渡るような声でハートオブクイーンはわたしを呼びます。




 こわごわと前へ進み出ると何故かハートオブクイーンはニッコリとわたしに優しく笑いかけたのでした。




「訴状を読み上げよ!」




 ハートオブクイーンがそう言うと、白ウサギが手に持ったラッパを高らかに三回吹き鳴らします。




 そしてクルクルと巻いた羊皮紙を広げるとその内容を大きな声で読み上げました。   










  タルト焼いたハートオブクイーン


  お腹が空いてタルト焼いた


  こっそりと


  タルト盗まれ無くなった


  ごっそりと








 ハートオブクイーンは白ウサギの言葉に重々しく頷くと高らかに声を上げました。




「よし死刑! このモノの首を刎ねよ!」




「そんなのってないわ! 何故わたしが犯人になっているの?」




「私はタルトを焼いた。しかし盗まれた。そしてその時にお前が我が城にやってきた・・・即ちお前がタルトを盗んだ犯人である」




 どうだと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべるハートオブクイーン。




 しかし冗談じゃありません。




 そんな言いがかりみたいな理由で見たことも無い女王が焼いたタルトを盗んだ犯人にされて、しかも首を刎ねられるなんてごめんです。




「お待ち下さい女王陛下。まだ裁判には手順というものがございます。いきなり刑を言い渡すのは規則に沿いません」




 白ウサギが申し訳なさそうな顔でそう言うとハートオブクイーンはふむと何か納得したように頷きました。




「確かにその通りだ。規則は守らねばならない・・・よろしい、白ウサギよ裁判を勧めることを許す」




 ハートオブクイーンの言葉に白ウサギは深々と礼をすると高らかに声を上げました。




「最初の証人、前へ」




 そしてやってきたのは上等なシルクハットを被った燕尾服姿の帽子屋です。




 帽子屋は気障ったらしい様子で一礼するとわたしの隣に並び立ってこっそりとわたしに向かってウインクをしました。




「良く来た帽子屋よ、まずはお前の帽子を取りなさい」




「恐れながら女王陛下、これは私の帽子ではありません」




「何? お前の帽子では無いだと? では盗んだというのか」




「いえいえそういう事ではありません。これは売り物なのでございます。私は帽子屋ですので」




「売り物を被っているというのか、それはやはり良くない事なのでは?」




「いえいえそれは・・・」




 どう考えても話が脱線しています。




 しかしそう考えているのはわたしだけらしく、裁判を聞いている周囲のギャラリー達は真剣な顔でうんうんと頷いているのでした。




「・・・馬鹿らしい、やってられないわ」




 こんな馬鹿げた裁判につきあってられません。




 そこで私はこの下らない話し合いが熱中している内にこっそりと裁判から抜け出す事に決めました。


 だってこんな下らない裁判で有罪にされて首を刎ねられてはたまらないのですから。










◇ 

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