第22話 存在しない少女

 森がざわついている。




 少女は自身の拠点としている丸太小屋で外の異変に気がついた。




 簡素な飾り付けが成された実用的な、しかし上質な布で作られたメイド服。可愛らしいその服の印象は、しかし身に付けた少女の顔につけられた白磁の仮面が台無しにしている。




 白磁の仮面。




 それはこのワンダーランドにあって役を与えられなかったモノたちに与えられる烙印。そこに確かにあって、シナリオには何の影響を及ぼすことも出来ない ”存在しないモノ” の証。




「・・・・・・バンダースナッチ」




 少女は小屋の扉の隣にちょこんとついている可愛らしい小窓から外を見つめてポツリと呟いた。




 この場所はジャブジャブ鳥の縄張りだ。まともな頭を持った生物ならばこんな危険な区域に近寄りはしない(最もこのワンダーランドに置いてまともな頭を持った生物がどれだけいるのかはなはだ疑問ではあるのだが)。




 ジャブジャブ鳥を恐れない生物というのならば、それは猛り狂ったバンダースナッチ以外にあり得ないだろう。




「・・・でもバンダースナッチが起こっているのも久しぶり・・・・・・何か変わったことがあったのかしら?」




 ジャブジャブ鳥もバンダースナッチも、不用意に自分の縄張りから出るような事はしない生物だ。野性の獣は戦える力を持っていても無駄な争いは避ける。強い敵と戦うよりかは弱い獲物を狙った方が効率も良い。




 ・・・ただしそれは猛り狂ったバンダースナッチには当てはまらない。




 普段は温厚な彼らはその怒りが頂点に達したとき理性を失う。その怒りの原因を確実に屠るまで延々と追いかけ回すのだ。




 しかしこの近辺でバンダースナッチを怒らせるような愚か者はそうそう思い浮かばない。またあのドジっ子な双子が何かやらかしたのか、はたまた口の悪いネズミがバンダースナッチの悪口を言ったのだろうか?




「・・・・・・それとも ”アリス” が現れた・・・とか」




 ざわり




 木々が鳴いた気がした。




 アリス・・・もし彼女の予想が当たっていたのなら、それならばバンダースナッチが猛り狂う事も納得ができる。




 なぜならば彼らは ”アリス” の敵という役割を与えられているからだ。




 だから初対面の何の恨みも無い少女に出会い頭に怒りをぶつけなくてはならない。それが彼らの役目なのだから。




 木々の隙間から一人の少女が丸太小屋に向かって走ってくるのが見えた。




 青色を基調とした品の良いエプロンドレス・・・アリスだ。




「追われているの! 中に入れて!」




 必死の声で叫ぶアリス。少女は無言で小窓から離れると面倒くさそうに扉を開いた。アリスが中に駆け込んでくるのを確認するとサッとポケットに手をつっこんで中から幾つかの木の実を取り出し外にばらまく。そして素早く扉を閉じて閂をかけた。




 何か話したそうな雰囲気を見せているアリスに少女はジェスチャーで静かにするように指示するとそっと小窓から外をのぞき見る。




 怒りに狂った二足歩行の猫背の獣。ガリガリに痩せた体にネコ科の動物を思わせる縦に割れた瞳、手にはナイフのように鋭い鉤爪が光っている。




 バンダースナッチだ。




 しかしバンダースナッチは地面にばらまかれた木の実を見て、この場所がジャブジャブ鳥の縄張りだと気がついたのか、悔しそうな顔をしてうなり声を上げた。




 そして大きな羽ばたきの音が聞こえる。




 地面に撒いた木の実は強烈な臭いを発するジャブジャブ鳥の大好物。好物の臭いにつられてやってきたジャブジャブ鳥がギロリと自分の縄張りを侵した侵入者を睨み付けた。




 戦闘の結果は圧倒的だった。




 宙から襲いかかるジャブジャブ鳥の攻撃にバンダースナッチはなすすべもなく敗走する。もしバンダースナッチが本当にジャブジャブ鳥を殺そうとしていたのなら結果は違っていただろうが、今回バンダースナッチに戦意はほとんど無かった。




 野性は無駄な争いを避ける。




 そういう意味ではジャブジャブ鳥の方もここは自分の縄張りだと主張しただけで戦意はほとんど無かったのだろう。




 出来レースの戦闘が終わるのを見届けると、少女はアリスからの質問を避ける為にソッとその姿を隠した。




 今はまだ、その時では無い。




 アリスは急に姿が見えなくなった少女をキョロキョロと探していたが、やがて諦めて小屋から出て行く。




 そのタイミングを見計らって姿を現した仮面の少女は小窓から去りゆくアリスの背中を静かに見つめた。




「アリス・・・いえ、神崎友梨亜・・・」




 まだ、その時では無い。




 少女は仮面の奥に隠れたその唇を、そっと歪に歪ませるのだった。






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