第20話 白と黒の騎士
卵男と別れた私がしばらく歩いていると突然目の前に大きな姿見が現れた。
どこまでも続く広大な草原にポツンと現れたそれはどうにもこの鏡の世界に入った時に使用したあの姿見と同じモノのようである。
「何でこんなところに?」
奇妙なのはこんな目立つモノが至近距離に近づくまで確認できなかったという事だ(辺りには草原が広がるばかりで邪魔になるような遮蔽物は見当たらない)。まあ、この世界に来てから不思議なことばかり起こっているので今更な気もしないでも無いのだが。
私はそっと姿見に近寄ると、なんとはなしにその大きな鏡面に手を伸ばした。
つるりと冷たいその鏡面は、やはりというべきか私の手を拒む事無く受け入れる。世界が歪む不思議な感覚。鏡面は大きく波立ち、やがては私をすっぽりと飲み込んだ。
◇
目を開くとそこは薄暗い森の中であった。
青々と生い茂った木々の葉が陽光を遮っており、おそらくは昼間であろうがまるで夜のように周囲は薄暗い。
濃い土の臭いがする。
空気はじっとりと湿っていてお世辞にも快適とは言いがたい。
早くこんな深いな場所から脱しようとした私は周囲をキョロキョロと見回して・・・そして思わず悲鳴を上げた。
視線の少し先、大きな木の陰からにょっきりと覗かせた白磁の仮面がじっとこちらを見つめていたのだ。
「・・・誰? アナタ・・・」
体格を見るに帽子屋が案内した服屋にいた人物とは別人のようだが、その顔につけているのっぺりとした白磁の仮面は全く同じモノに見えた。
私は帽子屋の説明を思い出す。
曰く、白磁の仮面はこの世界に置いて役割を与えられなかったモノ達の証。世界に拒絶された部外者・・・。
仮面の奥から除くどんよりと淀んだ瞳がこちらに何かを訴えかけてくる。
私は再び問いかけようと口を開きかけ・・・静寂を切り裂くように大きな馬の足音が森に鳴り響いた。
「おお! これは美しいお嬢さん! どうなされた悲鳴など上げて!」
大声を出しながら現れたのは巨大な白馬に乗った全身純白の鎧を身に付けた騎士であった。その腰には立派な装飾の施された剣を差し、顔は兜のせいで判別がつかない。
「あの・・・そこの木の陰に・・・」
騎士に理由を知らせようと先ほどの木を指さすが、すでにそこには誰もいなかった。
「ふむ、何もないようですが」
「さっきまではいたの、木から顔を出して私をじっと見つめていた・・・」
騎士はフムと首を捻ると馬から下りて剣を引き抜き、警戒するようにゆっくりと先ほどの大木の周囲をぐるりと回った。
しかし何も収穫は無かったようで剣をしまってこちらに戻ってくる。
「何もいないようですな」
「本当にさっきはいたのよ」
「ええもちろんですとも。お嬢さんがそう言うなら先ほどまではいたのでしょう。きっと我輩の勇ましい姿を見て恐れをなして逃げ出したのでしょうな。・・・しかしこの森は女人ひとりで歩くには少しばかり危ない。どうでしょう、行き先を教えて頂ければこの白のナイトがその場所まで護衛致しますぞ」
胸を張ってそう言う騎士の言葉に私は少し考える。
見たところこの騎士はすごく強そうだ。ジャバウォックの討伐についてきてくれるなら頼りになるかもしれない(それに帽子屋は一人でジャバウォックに立ち向かえとは言わなかった)。
もし討伐の手伝いは無理でもジャバウォックの居場所を知っているのならとりあえず目的を明かす事は悪い話じゃないだろう。
そう決断したアリスは目の前の白い騎士に口を開く。
「私はジャバウォックのところまで行きたいのだけれど・・・アナタは居場所を知っているのかしら?」
すると騎士は驚いたような声を上げた。
「ジャバウォック! おお災厄の竜とは・・・失礼ながらお嬢さん、何故ジャバウォックの元へ?」
「殺す為よ」
面倒くさくなって簡潔に答えたのだが何故か騎士は納得したかのように大きく頷く。
「なるほどなるほど・・・竜殺しは騎士の誉れですからな」
「私は騎士では無いけれど」
「確かに騎士では無いでしょう。でも ”誉れ” ではあるかもしれません」
「それはどういう意味?」
「”誉れ” とは ”志ある勇者” という意味です」
「”誉れ” という言葉にそんな意味は無いわ」
私がそう指摘すると騎士は心外だとばかりに首を横に振る。
「お嬢さん、どうやらアナタは言葉に使われているようだ。確かに ”誉れ” という言葉単一ではそういう意味を持たないかもしれない。けれど我輩はその言葉を使うときに ”志ある勇者” という意味を持たせて使った。言葉のいいなりになってはいけない、主従関係を明確にし、言葉を操るのですお嬢さん。さすれば我輩のように言葉に自由な意味を乗せて使うことができる」
言っている意味が半分も理解できなかったが、その事について議論してもどうやら無駄な時間を過ごしそうだと感じたので適当に頷いておく事にする。
「そうなのね、勉強になったわ」
「いえいえ良いのです。アナタは若い、まだまだ知らない事も多いでしょうから」
「それで、アナタはジャバウォックの場所を知っているのかしら?」
私の質問に騎士が答えようとした次の瞬間。再び馬の足音がこちらに近づいてくるのが聞こえてきた。
何事かと振り向くと、そこに現れたのは漆黒の騎士であった。
まるで目の前の純白の騎士に黒のペンキをぶちまけたかのように色以外の装備がまったく同じな黒騎士が、これまた黒馬に乗ってゆうゆうとこちらに近づいてくる。
「話は聞かせて貰ったぞレディ! しかしどうだろう、旅の道連れがそんな脆弱な白い騎士では不安も多かろう。だからアナタのお供はこの黒のナイトにお任せ頂きたい」
馬から下りてきた黒騎士は堂々たる態度でそう言ってきた。
言われたままで黙っていられない白騎士はつかつかと黒騎士につめよると兜同士がくっつかんばかりの距離で反論をする。
「横からやってきて何という言いぐさか! これだから黒の国の者は礼儀知らずだというのだ!」
「はんっ! 軟弱な白の国よりはマシだろう。だいたい何だお前は? 屁理屈ばっかり捏おって、レディが退屈しているでは無いか」
「屁理屈では無い! 世の理を解いておったのだ! それを言うなら貴様だって・・・」
「いやいや白の国の・・・」
「だいたい貴様って奴は・・・」
ギャーギャーと言い争いを繰り広げる二人の騎士。
その内容は互いの国の悪口から始まり、今日の天気が良くない事や今朝の朝食が不味かったのも全部互いの性にしてなじり合っていた。
しばらくその言い争いを見ていたのだが、一向に終わる気配は無く、またその中に割り込む気力も残っていなかったので私はそのまま黙って立ち去る事にした。
もしかしたらどちらかはジャバウォックの居場所を知っていたかもしれないが、道中もあんな様子でしゃべられたらたまったものでは無いと思ったのだ。
◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます