第15話 エプロンドレス
「いいじゃあないかアリス。その服は君によく似合っている」
帽子屋が手放しで絶賛する中、私は少しげんなりしながら自身の恰好を鏡越しに見つめていた。
上質な青い布地で作られた品のよいエプロンドレス。それは過ぎるほどにアリスの服であったしどうしようも無く私には似合っていないのだ。鏡の中では可愛いエプロンドレスを身に纏った目つきの悪い黒髪の女がこちらを睨み付けている。
「確かにアリスの服としては正しいかもしれないわ。でも私にはこの服は合わないと思うのだけれども」
「いいや、気にする事はないよアリス。今は気に入らなくてもすぐに気が変わるさ。そう、すぐに君にぴったりになる」
含みを持たせたクサイ台詞に意味ありげな微笑み、しかしこの男は常にこんな調子なので私は気にしない事に決めた。
「納得してくれたようでなによりだ。さて君、この服は洗濯しておいてくれたまえ」
帽子屋は私の脱ぎ捨てた服を拾い上げると、血に塗れたソレを側に控えていた人物に渡す。
奇妙な人物であった。体型からして女性、シンプルなモノクロのメイド服を身に纏い、しずしずと私の服を受け取った彼女は、のっぺりとした白磁の面をつけていた。
「さっきから気になっていたのだけれど、彼女は誰?あなたのお友達?」
「ああ、コレかね。コレは何でも無い。君が気にすることはないよ」
・・・・・・コレ?
「彼女があなたにとって何なのかは知らないけど、コレ呼ばわりは無いんじゃない」
ふむ、と帽子屋はあごに手を当てた。いつものようにもったいぶっている訳では無く、どうやら私に説明する言葉を慎重に選んでいるようだった。
「うん、そうだね。コレは・・・・・・いや、彼女は本当に何でも無いんだ。ここにいないように扱ってもらっても全くかまわない。なんて言うかな・・・・・・そう、”役を与えられなかった者達”だ。故に名前は無い、この世界において彼女たちはいてもいなくても物語に影響は無いのさ」
「・・・・・・役を与えられなかった者達?」
ぞわりと何故か背筋に寒気が走る。理由は分からない、”役割を与えられなかった”という単語が非常に不愉快だった。
「まあ、本当に君が気にする事はないんだアリス。なんたって君にはやることがあるのだから」
まだ釈然としなかったのだが、帽子屋の言葉に無視できない単語が聞こえて思わず聞き返す。
「やるべき事? 何ソレ、私の記憶が確かなら初耳なのだけれども」
「おや、言ってなかったかな。失敬、私としたことが説明をし忘れたようだ。・・・まあいいか、これから移動しながらするとしよう。何せ時間は有限なのだから」
そして帽子屋は何も無い空間に手をかざす。ぼんやりとした光が彼の手の先に集まり、ゆっくりとソレは扉の形を作っていく。
「おいでアリス」
帽子屋に手を引かれ光の扉をくぐり抜ける。最後に振り向くと、のっぺりとした白磁の仮面がじっとこちらを見つめていたのだった。
◇
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