第16話 赤の城

「次にその汚い面を見せたら首を切るって、私確かに言ったわよね? あなた馬鹿なのかしら、それとも私に殺されに来たの?」




 絶体絶命だ。扉をくぐり抜けた私と帽子屋を待っていたのは周囲を埋め尽くすほどのトランプの兵士、そして私と帽子屋はそいつらに囲まれて槍を突きつけられているのだった。




「・・・どういうことかしら? 私は何も聞かされずにいきなり殺されかけているのだけれども」




 私の問いに、帽子屋はすまし顔で答えた。




「必要な事なのさ。なに、心配する事はない。最悪私の首が切られるだけの事だ」




 それは十分たいしたことなのではないだろうか。そう思ったが、自信満々な様子の帽子屋の様子を見て私はその台詞を飲み込んだ。




「さて、女王のおでましだ」




 トランプ兵の一角が左右に分かれ、人一人が通れるほどの道を作る。カツカツとヒールが床を打ち付ける音が響き渡り、そしてその人物は姿を現した。




 情熱をたたえた燃える夕日のような赤髪はなだらかに風になびき、キリリとつり上がったアーモンド型の目がこちらを睨み付ける。トランプ柄の施された真っ赤なドレスを翻し、ハートの女王はこちらに近づいてきた。




「やあご機嫌麗しゅうハートの女王陛下。いつもながらお美しい」




「ふん、あなたに言われても嬉しくもなんとも無いわ。いいからさっさと死になさい」




 帽子屋と女王の会話は私の耳を素通りしてしまっている。美しい? 確かに私の目の前に現れたその人物は美しかった。穏やかに流れる燃えるような赤毛も、神が設計したかのような完璧なバランスの目鼻も、透けるような白い肌も、美しいというにふさわしい。しかし・・・・・・。




「・・・・・・オカマ?」




 強烈な違和感の正体。それは彼女・・・いや彼? の性別である。女王は明らかに男性である。ドレスのスリットから見えるたくましい筋肉質の足も、広すぎる肩幅も、うっすらと確認できるのど仏も、そのすべてが女王の性別が男性であると物語っていた。




「何よあんた、失礼な娘ね。別に私はオカマじゃないわよ」




「え? なら女性なの」




 女王はフンと鼻を鳴らした。




「男よ。たぶんあんたが勘違いしたのはこの衣装のせいだと思うけど、別に私自身はオカマとかじゃないわよ」




 衣装だけじゃなくて口調とか化粧とかいろいろとあるのだが、その疑問が私の口から出ることは無かった。




「アリス、いろいろと言いたいことはあるだろうがまたの機会に教えてあげよう。今はやるべき大切な事があるのだから」




 帽子屋の言葉に、女王はふんと鼻を鳴らして彼を見下ろした。




「で? 何の用かしら、首を切る前に用事だけ聞いてあげるけど?」




「おお、さすがは女王陛下。お優しい事だ。用というのは他でもない。貴方の所有する”ヴォーパルの剣”を譲って頂きたいのです」




 ヴォーパルの剣? 何だろう、聞き覚えのあるような、無いような・・・。




「・・・・・・正気? やっぱりあなた自殺願望でもあるのかしら」




「自殺願望など無い、無いが・・・・・・剣をアリスに譲って頂けるのなら、その後私は首を刎ねられてもかまわない」




 衝撃で開いた口がふさがらない。彼は何を言っているのだろうか。




「・・・・・・ふん、死にに行く男の首を刎ねるほど私は暇じゃないわ。死にたいなら勝手に死になさいよ。いいわ、わかった。その娘がアリスなのね。少なくともあなたはそうだと信じている」




「そうとも、彼女こそが我々が待ち望んだアリスだ。私はそう信じている、この首すら惜しくないほどに」




 女王は深いため息をつくと、身を翻した。




「ついてきなさい。剣の保管場所まで案内してあげる」

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