第5話 痺れるほどに甘く
机の上にはシンプルな意匠の施された白い陶器の小皿と、お揃いのティーカップ。皿の上には1ピースにカットされたチョコレートケーキ。カップには名前も知らない紅茶が並々と注がれている。
ケーキの断面は、薄茶色のスポンジと、生クリームの層になっており表面は漆黒のチョコソースでコーティングがされていた。上にはちょこんとベリーが添えられている。
何てことは無い、そこいらの喫茶店で注文したセットで6百円のケーキと紅茶だ。
大学の昼休み。がっつりと何かを腹に入れる気にはならず、それでも午後の授業の事を考え、せめて何か少しでも食べようと最寄りの喫茶店に一人でやってきた。
行きつけという訳では無いが、何度かは来たことのある寂れた喫茶店で頼んだケーキのセット。別に手作りという訳でもないだろうケーキが提供されるまでは、予想していたとおり、大した時間はかからなかった。
別に甘いものが好きだというわけでは無いのだが、今は弁当などよりはこちらの方が抵抗なく口にできるような気がしたのだ。
鈍い銀色のフォークを手に取り、その三股に別れた刃をケーキに差し込む。スッと切り裂かれた柔らかな黒を口に放り込んだ。
舌先が痺れるほどの鮮烈な甘さ。
味に深みの無い人工的な甘味は、私が昨夜から何も食べていなかった事を思い出させた。
ねっとりと舌にこびりつく甘みを、香りの薄い紅茶で流し込む。
わずかに苦みを伴う液体が、口内の痺れるほどの甘味を洗い流す。
私はいつもこうだ。
どうやら私の空腹を感じる機能は相当鈍いらしく、義務的に何かを口にしたとき初めて空腹だったらしいと悟るのだ。
少し形の崩れたケーキにフォークを突き刺す。バランスを崩したケーキの上からベリーがコロリと皿の上に転げた。
フォークですくい上げた甘い甘いケーキを頬張った後、皿のベリーを指でつまみ上げてひょいと口に放り込む。
どうやらベリーは解凍が十分ではなかったらしく、奥歯でかみしめると安っぽい酸味と供にジャリジャリとした氷の食感が感じられた。
いつから食事を抜いていたかすら思い出せない。たぶん私は食事というものにさほど興味が無いのだろう。
こんな不規則な食生活が体に良くない事なんてわかっている。この食生活の性か、日頃の睡眠不足の性かは定かでは無いが、最近、私の目の下にはクッキリとしたクマが浮かんでいた。
いつか体を壊してしまうかもしれない。しかし、だからといって健康の為に何かをする気なんてサラサラなかった。
健康な生き方に興味が無い・・・・・・否。
「そもそも、生きることに興味なんてないのかも・・・・・・」
思わず口に出たその言葉は、客のいない喫茶店内に静かに響いた。
生きることに興味など無く、
何の為に日々生きているのか、其の意味も知らず・・・・・・。
嗚呼、それでも
乾いた舌に乗ったチヨコレイトケェキは、脳がしびれるほどに甘かった。
◇
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