第6話 逃れられぬ苦痛
眼の奥がじんわりと痛み、気を緩めるとクラリと立ちくらみがする。
少し気分が悪い。
まるで車酔い。世界がわずかに歪んで見える。
(いいえ、むしろ歪んでいるのは私の方かしら?)
歪んでいる私は、この規則正しい世界に酔っているのだ。
異物。
ここはお前の居場所では無いのだと、世界が自分を拒絶している。
毎朝、私は吐き気と供に目が覚めて、夜絶望と供に床につく。
気分の良い日なんて、覚えている限りここ数年無かった。私は重い瞼をこすりながらゆっくりと起床する。
ずっと頭が痛い。
耐えられない程では無い痛みというのが、また厄介だった。いっそ耐えられないほどの苦痛でこの貧弱な精神を焼き切ってしまえば楽になれる。しかしこの頭痛は、じわりじわりと真綿で首を絞めるように、緩やかに私の精神を蝕んでゆく。
クラリと大きな目眩が一つ。
視界がグルリと反転する。
じっとりと汗ばむ、湿ったような息苦しい暑さ。
気分が悪くなるような甘ったるい香りが鼻孔を刺激する。
ゆっくりと眼を開く。
どうやら、そこは温室の中のようだった。
見たことも無い鮮やかな色の植物が所狭しと並んでいる。
蛍光色の赤色をした大きな花は、上品な白色で花弁が縁取られており、そのギャップが私の視線を釘付けにした。
どうやら先程から香っていた甘ったるい臭いの元凶は目の前の花のようで、近寄ると耐えがたい程の甘い香りが私を包み込む。
思わず鼻を手で押さえたその時、花弁からニュッと人の口のようなものが飛び出てきた。
驚愕していると、花弁に生えた口は準備体操のように何度か口を開閉し、ニヤリと歪に口角をつり上げてしゃべり出す。
『あぁ、アリス。わたしを食べて』
熱気と香りで鈍った脳内に、その言葉は抗いがたい強制力を持って大きく響いた。
体温が上がって桜色になった唇をソッと開く。赤色の花に静かに近寄ると、外側の花弁を一枚噛みちぎった。
瞬間的に口内に広がるは強烈な甘さと、同時に感じる野性の植物のえぐみ。吐き出しそうなほどの強烈な味に、鈍っていた思考が一瞬クリアになる。
(ここは・・・どこ?)
顔の無いはずの赤色の花が、ニヤリと意地悪く笑ったように見えた。
『食べたね。アリス。良い子だ・・・次は向こうで会おう』
視界がぐるりと反転する。
世界から重力が消え失せ、ただただムッとするほどの熱気と先程食べた花弁の残り香だけが世界に残った。
(あぁ・・・わた・・・・・・し・・・は・・・・・・)
気がつくと私は自分の部屋でぼんやりと佇んでいた。
あの奇妙な温室はどこにも無く、当然のように頭痛も続いている。
「向こうの世界・・・ね」
意味も無く花の言葉を繰り返す。
ズキズキと痛む頭を押さえながら、戸棚から取りだした頭痛薬を適当に口に放り込み、枕元に置いてあったボトルのミネラルウォーターで流し込んだ。
日々の頭痛は、まるで自分の体からの抗議のようだった。
”生まれてくる世界を間違えた”
何度も自分に問うてきた。
私は異物。
この世界に順応できず、やがれは淘汰される存在・・・。
故に
「痛みからは逃れられない・・・・・・」
◇
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