06-06


 その日はバイトがなかったが、部活は早めに抜けることにして、俺は「かっこう」へと向かう。

 どうも俺には、こういうときに藤見を頼る癖がついてしまっているのかもしれない。


 歩き慣れた道が、どうしてかいつもと違ってみる。妙にいろんなものの縁が光って見えて、やけに意識を奪われる。建物の壁や、看板や、縁石や、信号機なんかが。


「かっこう」の扉を開けると、給仕服姿の藤見が意外そうな目で俺を見た。


「いらっしゃいませ」


 白いシャツに黒いスカート、ブラウンのエプロン。髪を後ろでひとつにまとめた藤見は、きょとんとした顔のままだった。


「なにしにきたんですか?」


「いや……」


 なにしに、と言われると微妙な具合だ、という気がした。


「顔を見に」


「は?」


「何を言ってるんだ?」という顔をされる。


「コーヒーください」


「あ、はい」


 ようやく席に案内されて、俺は息をつく。なんだか気分が落ち着かない。ずっと落ち着かないままだ。


「今日はどうされたんです?」


 少しして、藤見はコーヒーを運んできた。店内は今日も名前の通り、人の気配が少ない。


「どうっていうか」


 そう、どうというよりは。


「コーヒーが飲みたかっただけだと思ってほしい」


「なるほど?」


 彼女は不可解そうに首をかしげた。


「……こないだは」


「ん」


「こないだは、すみませんでした」


 藤見はそう言って、少しだけ頭をさげた。

 なんの話だろう。俺にはよくわからない。


「……なにかあったっけ?」


「いえ、先輩が気にしてないなら、いいんですけど」


 それでもどこかおかしな様子で、藤見は俺の顔色をうかがうような素振りを見せた。


「今日、部室に西村しかいなかったんだけど」


「え? 後輩たちもですか?」


「いや……」


「部長と枝野先輩がいなかったんですね」


「うん」


「……部誌出し終わったから、休憩ですかね?」


「そうなのかもしれないけど……」


 なんとなく、今日の西村の表情を思い出す。


「……なんとなく、西村の様子が変だったように思ったんだけど」


「……西村先輩の?」


「気のせいかな」


「……様子が変といえば、せんぱいも変ですけど」


「……先輩って、俺?」


「はい。ひなた先輩と、なにかあったんですか?」


「なにか……?」


「昨日、会ったんですよね?」


「……」


 ── 一瞬、思考が止まる。


「あれ? 会わなかったんですか?」


「いや……なんで知ってるの」


「なんでって……ひなた先輩と電話して話したからですけど」


「電話で……?」


「……はい」


 藤見は不思議そうな顔で首を傾げた。


「たしか……弟さんと映画を見に行くって。そのまえにせんぱいのバイト先に顔だしてみるかもって……」


「……そうだったんだ」


「……会ったんですよね? 話さなかったんですか?」


「うん」


「……」


 藤見は複雑そうな顔をした。


「せんぱい……?」


「ん」


「どうかしまいたか?」


「いや……」


 玄関のベルが鳴って、新しい客が来た。藤見はなにか言いたげな顔をした後、仕方なさそうに応対に向かう。


 俺はまだ、何を考えるべきかを考えている。

 けれど……。


 携帯を取り出した。


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