04-02


 どこに向かうのかの話がまとまらないまま、車は一度コンビニに停まった。コンビニからコンビニへと移動したことになる。運転席の男が煙草を買いにいくと、他の奴らも車を降りて軒先で煙草を吸い始めた。道塚もその中に入っていた。俺は特に喉も乾いてなかったけれど、ぼーっと突っ立っていたら何かを言われそうだと思い、店内に入ってお茶とガムを買った。


「佐伯先輩は吸わないんすか」

 

 と道塚は言った。


「吸わない」


「なんで?」


 逆になんで吸うんだろう。


「いい子だから」


「へー」


 道塚はどうでもよさそうだった。女がハッと笑った。バカにされたのかもしれない。


「センパイいい子なんすか」


 べつにおまえの先輩のつもりはないけれど、とは言わなかった。


「かわいー」


 バカにされてるらしい。


「うるせえよ」


「そうだ。うるせえブス」


 俺が言った言葉に道塚が追従した。


「おまえがうるせーよ」と女は言う。


 そんなやりとりを横目に眺めながら、俺はひとり買ったガムを口に含んだ。運転手がやってきて、煙草を開けて一本口にくわえる。


「んで、どうすんの」と彼は言った。


「カラオケでしょ」と道塚が言う。


「えー」と女。


 俺は携帯を取り出して時刻を見た。もう十時半を回っている。

 正直、もう既に帰りたい気持ちが湧いてきている。けれど……気分として、帰りたくない部分もある。


 どうしてだろう、と考えるより先に、運転手の男が俺に訊ねた。


「佐伯くんはどう?」


「え?」


「どうしたいとかある?」


「"どうしたい"……?」


 





「修司は、どうしたい?」


 誰かがそう言った。


「……べつに、どうでも」


 俺はそう答えた。




「……べつに、どうでも」


 運転手の男は、俺の表情を不躾な瞳で覗き込んでくる。何かを見透かすような目だった。

 羞恥に近い、奇妙な不快感が胸の内側でじんわりと広がる。こういう目が苦手だ。こういう人が、得意じゃない。


「……そ」


 あっさりと笑って、運転手の男は俺から視線をそらした。


「じゃ、カラオケ行こうぜ」


 ええ、と女が声をあげた。


「うるせーよ、俺が運転手だから」


 舌打ちをひとつして、女はまた後部座席に乗り込んだ。

 他の奴らも煙草の火を消し、車に乗り込む。俺はどうしようか数秒悩んだ。


「佐伯先輩、早く行きましょうよ」


 道塚に声をかけられて、俺もまた車に乗り込んだ。




 カラオケ屋の個室は煙草の煙で霞んでいた。

 

 灰皿に瓦礫のように吸い殻が積み上げられていく。誰かがブルーハーツを歌い、誰かが湘南乃風を歌い、誰かが俺の知らないヒップホップを歌った。

 俺は何も歌えなかった。何を歌えばいいのかもわからなかった。


「佐伯くん歌わねえの?」


 道塚が尾崎豊の「15の夜」を歌っているときに、隣にやってきた運転手だった男がそう話しかけてくる。

 ギンジというらしいその男を、俺は不思議な気分で見る。彼は煙草に火をつけた。


「ああ、まあ」


「そう。無理に連れてきちまったな」


「そうでもないです」


「そう?」


「はい」


「ていうか、敬語じゃなくていいよ」


 俺は少しほっとした。


「そう?」


「ああ」


「じゃあそうしよう」


「ショウにはずいぶん懐かれたみたいだな」


「ああ」


「あいつは犬みたいな奴だからな」


「そうかもしれない」


 は、とギンジは笑った。煙草の煙が笑みと一緒に口から溢れるのを俺は見ている。部屋の中は煙で充満していく。マイクの音よりも激しく換気扇の羽根が回る音が聞こえた。


「まあ、悪い奴じゃない」


「ああ」


 頷きを返すと、ギンジは立ち上がって操作端末を手にとって曲を選び始めた。彼がくわえたままの煙草を俺はじっと眺める。


 道塚が歌い終わると、乗り気じゃなかったはずの女が立ち上がってマイクを握った。


 流れ出したのは「夜空ノムコウ」だった。


 何気なくその歌声を聞きながら、画面に流れてくる歌詞のフレーズをいちいち拾ってゆく。

 そうしているうちに、俺の頭のなかで何かが起きた。鼻の奥の方で、目の奥の方で、何かが熱になった。俺は画面から目をそらして、灰皿を見た。


 歌い終わった女が俺の隣に腰掛けて、グラスの烏龍茶に口をつける。


「センパイ歌わないんすか」とその女は言った。


「俺はいい」


「そ」


 どうでもよさそうに見えた。


「上手いな」


 何気なく褒めると、「でしょ」と平気そうに笑う。それからべつに話すことはない。


「センパイも歌ってくださいよ」


「嫌だ」


「なんで」


「恥ずかしいから」


「へえ?」


 彼女は皮肉っぽい笑みを浮かべた。


「じゃあ、どうしてここにいるの?」

 

「……」


 俺は、返事ができない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る