04-02
どこに向かうのかの話がまとまらないまま、車は一度コンビニに停まった。コンビニからコンビニへと移動したことになる。運転席の男が煙草を買いにいくと、他の奴らも車を降りて軒先で煙草を吸い始めた。道塚もその中に入っていた。俺は特に喉も乾いてなかったけれど、ぼーっと突っ立っていたら何かを言われそうだと思い、店内に入ってお茶とガムを買った。
「佐伯先輩は吸わないんすか」
と道塚は言った。
「吸わない」
「なんで?」
逆になんで吸うんだろう。
「いい子だから」
「へー」
道塚はどうでもよさそうだった。女がハッと笑った。バカにされたのかもしれない。
「センパイいい子なんすか」
べつにおまえの先輩のつもりはないけれど、とは言わなかった。
「かわいー」
バカにされてるらしい。
「うるせえよ」
「そうだ。うるせえブス」
俺が言った言葉に道塚が追従した。
「おまえがうるせーよ」と女は言う。
そんなやりとりを横目に眺めながら、俺はひとり買ったガムを口に含んだ。運転手がやってきて、煙草を開けて一本口にくわえる。
「んで、どうすんの」と彼は言った。
「カラオケでしょ」と道塚が言う。
「えー」と女。
俺は携帯を取り出して時刻を見た。もう十時半を回っている。
正直、もう既に帰りたい気持ちが湧いてきている。けれど……気分として、帰りたくない部分もある。
どうしてだろう、と考えるより先に、運転手の男が俺に訊ねた。
「佐伯くんはどう?」
「え?」
「どうしたいとかある?」
「"どうしたい"……?」
◆
「修司は、どうしたい?」
誰かがそう言った。
「……べつに、どうでも」
俺はそう答えた。
◇
「……べつに、どうでも」
運転手の男は、俺の表情を不躾な瞳で覗き込んでくる。何かを見透かすような目だった。
羞恥に近い、奇妙な不快感が胸の内側でじんわりと広がる。こういう目が苦手だ。こういう人が、得意じゃない。
「……そ」
あっさりと笑って、運転手の男は俺から視線をそらした。
「じゃ、カラオケ行こうぜ」
ええ、と女が声をあげた。
「うるせーよ、俺が運転手だから」
舌打ちをひとつして、女はまた後部座席に乗り込んだ。
他の奴らも煙草の火を消し、車に乗り込む。俺はどうしようか数秒悩んだ。
「佐伯先輩、早く行きましょうよ」
道塚に声をかけられて、俺もまた車に乗り込んだ。
◇
カラオケ屋の個室は煙草の煙で霞んでいた。
灰皿に瓦礫のように吸い殻が積み上げられていく。誰かがブルーハーツを歌い、誰かが湘南乃風を歌い、誰かが俺の知らないヒップホップを歌った。
俺は何も歌えなかった。何を歌えばいいのかもわからなかった。
「佐伯くん歌わねえの?」
道塚が尾崎豊の「15の夜」を歌っているときに、隣にやってきた運転手だった男がそう話しかけてくる。
ギンジというらしいその男を、俺は不思議な気分で見る。彼は煙草に火をつけた。
「ああ、まあ」
「そう。無理に連れてきちまったな」
「そうでもないです」
「そう?」
「はい」
「ていうか、敬語じゃなくていいよ」
俺は少しほっとした。
「そう?」
「ああ」
「じゃあそうしよう」
「ショウにはずいぶん懐かれたみたいだな」
「ああ」
「あいつは犬みたいな奴だからな」
「そうかもしれない」
は、とギンジは笑った。煙草の煙が笑みと一緒に口から溢れるのを俺は見ている。部屋の中は煙で充満していく。マイクの音よりも激しく換気扇の羽根が回る音が聞こえた。
「まあ、悪い奴じゃない」
「ああ」
頷きを返すと、ギンジは立ち上がって操作端末を手にとって曲を選び始めた。彼がくわえたままの煙草を俺はじっと眺める。
道塚が歌い終わると、乗り気じゃなかったはずの女が立ち上がってマイクを握った。
流れ出したのは「夜空ノムコウ」だった。
何気なくその歌声を聞きながら、画面に流れてくる歌詞のフレーズをいちいち拾ってゆく。
そうしているうちに、俺の頭のなかで何かが起きた。鼻の奥の方で、目の奥の方で、何かが熱になった。俺は画面から目をそらして、灰皿を見た。
歌い終わった女が俺の隣に腰掛けて、グラスの烏龍茶に口をつける。
「センパイ歌わないんすか」とその女は言った。
「俺はいい」
「そ」
どうでもよさそうに見えた。
「上手いな」
何気なく褒めると、「でしょ」と平気そうに笑う。それからべつに話すことはない。
「センパイも歌ってくださいよ」
「嫌だ」
「なんで」
「恥ずかしいから」
「へえ?」
彼女は皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「じゃあ、どうしてここにいるの?」
「……」
俺は、返事ができない。
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