03-03
目当てのものも特にないといえばなかった。
適当に宛もなくさまようというのは苦手ではないのだけれど、ひなた先輩と一緒だと少し気を使う。
もっとも、彼女の方は俺の気まぐれには慣れっこみたいな言い方だったけれど。
ひなた先輩は、好奇心旺盛な子供みたいにあちこちに視線をさまよわせる。俺はいつものようにその様子を横目で覗き見る。
不意に彼女がこちらを見て、
「なに?」
と言う。
「いえ」
と俺はとりあえず答える。
「ふむ」
少し考えるような素振りで頷いたあと、ひなた先輩はまた周囲の店先に視線を向ける。
「あんまりね」
と、彼女は不意に口を開いた。
「目的のない買い物って、実は得意じゃないんだよ」
「……そうなんですか?」
「うん」
「だとしたら……」
「だとしたら?」
「根本的に失策続きという気がしますね」
「もともとインドア派だからねえ」
ひなた先輩は困ったように笑った。
「なにかほしいものとか、ある?」
「ううん……」
と、今度は俺が考える番だ。
「実は最近パソコンを買ったんですよ」
「へえ。ついに」
「ええ。捗るかと思ったんですけど……」
「どう?」
「それ以前の問題として書けてませんからね」
「……そ、それは困ったね」
「ええ、ほんとに」
このままでは五万の無駄遣いだ。
考えたところで、通りの眼鏡屋に視線が吸い寄せられる。
「ん。眼鏡?」
「そういえば、最近視力が落ちてきたみたいなんです」
「へえ……眼鏡、作る?」
「いや。そのパソコン代がけっこうかさんでるんで」
「とか言って、貯めてたんでしょ?」
森里みたいなことを言う。
「まあ、貯めたお金で買ったので、ホントはさほどです」
「それっぽい」
それっぽいってどういう意味だろうな。考えてみたけれど、よくわからなかった。
「ちょっと見てみる?」
どうしようかな、と考え込んだ俺に、
「見るだけならタダだよ」
とひなた先輩が言った。
「眼鏡、あんまり好きじゃないんです」
「そうなの?」
「あんまり、掛けた自分を想像できなくて」
「じゃ、かけてみよう」
「やけに推しますね」
「ちょっと見てみたい」
「……なにがですか?」
「眼鏡かけた修司くん」
「……根暗っぽい奴が更に根暗っぽくなるだけだと思いますけど」
「そんなことないと思うけど……」
気が進まないわけではなかったけれど、ひとりで眼鏡屋という空間に入る勇気があまりなかった。
ひなた先輩は俺の服の裾をひっぱるようにして店内に足を踏み入れた。嫌々というわけではなかったけれど、引っ張られるのが微妙に楽しかったのでなすがままにされる。……こういうところがよくない。
「どういうのがいいとか、ある?」
ひなた先輩はちょっと得意な様子でそう訊ねてきた。
「先輩、眼鏡かけてましたっけ?」
「ううん。視力いいし」
「なんか、店員みたいですね」
「こういうのは他の人が見たほうが似合う似合わないがわかると思うんだ」
「かもしれないですが」
「んん。修司くんの場合だと、種類によってはキツく見えそうだもんね」
「もともと目つきがよくないですからね」
「そんなことないと思うけど……」
本日二度目だ。
「とりあえずこれ」
と言われて差し出されたのは、縁の太い丸いデザインのものだった。
「……これですか?」
「うん。かけて」
有無も言わさぬ調子で言われたので、ひとまず受け取ってかけてみる。
「うむ」
とひなた先輩は頷いた。
「……うむとは」
「次、これ」
銀縁の、フレームの細い四角いものを渡される。またかけてみる。
「うむ」
「……ええと」
「次はね……」
「あの、俺そんなに眼鏡似合わないですか」
「え? や、ううん。そういうわけじゃないけど」
「ではなにゆえ矢継ぎ早に……」
「あ、えっと。いろいろ見てみたかったから」
「……」
なぜ?
「ひなた先輩も掛けてみたらいいんじゃないですか」
「わたし?」
「ええ」
んー、と品定めするように棚を見ると、彼女は薄い赤色のフレームの眼鏡を手にとって、すぐにかけた。
「どう?」
とこちらを見上げるので、思わず呻いた。
「……」
「……変?」
「……いえ」
「変かあ……」
「いえ、そうではなくて……」
「……んー?」
不可解そうにうなりながら、ひなた先輩は眼鏡を外して棚に戻した。
むしろ逆だ、とは言えない。「俺の考えてることがわかりやすい」とひなた先輩は言ったけれど、こればかりは伝わらなくてよかった。
やっぱり俺も重症なんだろう。
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