02-02


 昼休みに、ひとりで屋上にいる。

 

 最近は、大澤とも森里とも一緒に行動することが少なくなった。


 大澤に至っては、ほとんど顔を合わせてすらいない。

 べつに喧嘩をしたわけでもなんでもないはずなのに、どうしてか話さなくなった。

 

 そのことにほっとしている自分に気付いている。


 昼食をひとりでとって、ノートを眺めながら何かを考えてみる。

 思い浮かぶことはほとんどなにもない。


 なにもない、なにもない、なにも浮かばない、と、そんなことばかりが頭をよぎる。


 今日はそこにやってきた人間がいた。


 扉の開く音に振り返ると、ついこの間もここで会った、新入部員の相羽がそこに立っていた。


「どもです」


 愛想よく挨拶をよこした彼に、俺は軽く返事をした。


「どうも」


「お邪魔してもいいですか?」


「べつに俺のための場所でもないしな」


「まあ。他の人がそう思ってるかどうかは別かもしれませんけど」


 よくわからないことを言いながら、相羽は俺のすぐ傍までやってきて、ビニール袋に入ったコンビニパンを食べ始めた。


「……友達いないの?」


 俺が訊ねると、相羽は心底不服だという顔をした。


「先輩に言われるのは納得がいきませんね」


 俺に友達がいないとでも言いたげだ。

 まあ、間違ってはいないのかもしれない。


「そうかもね」と返事をすると、彼は納得がいかないような顔になる。


「……こないだの質問の続き、してもいいですか」


「ん」


 こないだ、と言うと、


「……なんで小説を書くかって話?」


「はい」


 相羽は、声の調子こそ明るいものの、どこか深刻そうな様子だった。

 俺はそれを不思議に思いながら、どう返事をしたものかと考える。


 そして、これはいったいどういうことなのかと思う。


 ──……ひなた先輩だってきっと。


 きっと、なんだっていうんだろう。


「どうしてそんなことを考えるんだ?」


「……『どうして』に『どうして』を返すのは、卑怯な気がしますけど」

 

「それも逃げって感じがするよな」


「質問に答えずに会話術で流れを誘導しようとするのはやめてください」


 なかなかしつこい奴だ。


「自分じゃわかんないよ。結局書きたいからじゃないのか」


 書きたいから。

 そうなのだろうか。


 本当に、俺は書きたいんだろうか。


 自分でもわからない。それなのに、相羽は簡単に頷いた。


「そう、すよね。書きたいから、書く。……それだけですよね」


 その顔を見ながら、俺は思う。

 こいつは違う。


 俺とは違う。

 大野とも違う。

 藤見とも、枝野とも、西村とも違う。


「……納得のいかない顔をしてるんじゃないか?」


 茶化し半分、そう訊ねると、相羽は困ったように笑って頷いた。


「そう、すね。俺は……わからないんです」


「わからない?」


 はい、と彼は頷いた。


「書く理由はわかる。わかるんですよ。書きたいなら書きゃいい」


 だから、と彼は言う。


「書きたくないなら書かなけりゃいい。書くのがつまんなくなったんなら、やめちまえばいいと思う」


「……」


「先輩は……」


 どうして、

 相羽は、俺をこんな目で見るんだろう。

 

 まるで俺が、相羽にとって大切な誰かを傷つけているみたいな顔だ。

 どこか、憎しみに近いような顔だ。


「先輩なら、わかるかもしれない。そんな気がします」


「……なんで俺なんだよ」


「……まあ、困らせちゃいますよね、こんなこと言っても」


 諦めたみたいに溜め息をついて、彼はペットボトルのお茶を口に含んだ。

 それからぼんやり空を見上げる。


「わかんないんですよ、俺には」


「……」


「どうして、石の壁を爪で引っ掻いてるみたいな気分になってでも、書かなきゃいけないんだろう。苦しいんだったらやめちゃえばいいじゃないですか。書くことが苦しいならやめればいい。なんで続けるんだろう。俺はそんな気分になったことがない」


「……」


「どうして、苦しんでまで続けなきゃいけないんですかね?」


 俺に向けた疑問というよりは、心底不思議に思っているせいで、口から滑り出てしまったような、そんな響きだった。


 俺は肩をすくめる。


「知らねえよ」


 相羽は一瞬あっけにとられた顔をして、それから肩を落として器用そうに笑う。


「ですよね」


 俺は合わせて笑おうとして、結局やめた。代わりに、空ばかり見ていた。

 

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