第5話 ランク査定


 みはる達が道場に通い始めてから数日が経った。今は基礎体力をつけるために色んなトレーニングをしているらしい。


 みはる達からの話で分かったことだが柳生白心流、道場自体は古風で威厳に満ちた雰囲気が漂っているのでトレーニングも古臭い感じなのかと思っていたのだが、実際には設備への投資もしっかりと行われているようだ。


 各種トレーニングマシンを始めとした合理的なトレーニングや武術や技術の体系化、科学的根拠を伴う理論の構築など...時代に合わせて進歩している流派のようだ。


 その話を聞いて、ちゃんとした場所で良かったと思う反面、不安に思わなくもないけど一々考えてもしょうがないことだ。


 みさきちゃんはともかく、みはるはまだ探索者を意識している程度にすぎない。


 なりたいと自分から口にするほど夢中ではないのならしばらくは様子見してもいい...だろう。


 道場に通うようになってから放課後はほとんど毎日通っている。運動量が増えた影響か夕食の量が増えておかわりをするようになったのは少し嬉しいな。食は健康の源、という言葉もあるくらいだし...


 笑顔でご飯を頬張るみはるを見ていられる時間が増えたのは嬉しい誤算だったかな...なんて考え事をしながらスミダ支部へと歩を進める。


 今朝もみはるが学校に行くのを見送ってからダンジョンに行っているわけだけど、今日はいつもよりゆっくりとしたペースで向かっていた。


 理由は一つ、今日はランク査定が通達される日だからだ。4ヶ月毎に行われるランク査定は多くの探索者にとって大事なイベント。


 4ヶ月で換金したモンスターの魔石や素材、受けた依頼の達成状況、所持または入手した遺物、最高到達階層etc...


 様々な要素でS,A,B,C,D,Eの6つの等級に分類される。一度決まった等級は次の査定まで変化することはない。


 この等級の変動によって新たな指名依頼を回されたり逆にそれまで定期的に依頼を回してくれた依頼人から定期契約の依頼の契約解除なんて話もあるんだとか。


「依頼の話は滅多なことがない限りソロで活動してる自分に回ってくることはないから別に気にしなくてもいいか」


 今日査定を受ける人は自分の他にも何人かいるだろうから時間もかかるだろうと見越してゆっくり向かっているわけだ。


 支部に着くと案の定受付には何人か先客が並んでいて列を成している。自分もその列に加わろうとそちらに一歩踏み出そうとしたところで――


「あっ大神君!」


 声の主の方に振り向くとよく魔石の換金を担当して貰ってる豊島さんがこちらに小走りで近づいてくるところだった。


「豊島さん...?おはようございます」


「あっそうですね、大神君おはようございます」


 お互いに挨拶を交わすと早速とばかりに豊島さんが本題に入った。なにやら慌ただしいけど、なにかあったんだろうか?


「来て早々にごめんなさい。大神君は裏の応接室で査定を行う事になっているのでついてきてもらっていいですか?」


「あの列じゃなくて、ですか?」


「えぇ、査定の後に指名依頼のお話が入っていて...」


 指名依頼、と聞いて一つ思い当たる節があり少し眉間にしわが寄る。


「それって...」


「多分、お察しの通りの方だと思うけど、とりあえず案内しますから話はそこでしましょう?」


 そう言われては大人しくついていく他ない。正直、全然気乗りしないけど。



#####



「や、シオン。おはよ」


「...おはようございます」


 そこにいたのは予想通りの2人組だった。


「あははっそんな不服そうな顔しないでよ。言ったろ?依頼出すからって」


 マイペースにそしてフレンドリーにこちらとの距離を詰めようと朗らかに声をかけてくる女史。


「普段通りの顔ですが...」


「いーや私には理解わかるよ。ま、取り敢えず査定を終わらせようか。その後でじっくり依頼について話し合おうね」


 そう言うと、女史は備え付けのソファに深く腰を下ろした。分かった風なその発言にも物申したいところではあるがそれよりも気になることが。


「...もしかして査定結果を一緒に聞くつもりですか?」


「そうだけど?」


 さも当然とばかりにそんなことをのたまう傲岸不遜な態度にいろんな感情を飛び越していっそ感心してしまう。最上位の探索者達って全員こんな感じなんだろうか?


「個人情報ですよ。出ていってください」


「そう固いこと言わないでよ。それにどっちにしろ結果を知ることはできるよ?私これでも有名人だからね。

 協会上層部ともつながりがあったり...って、ごめんごめん。今のは冗談だからっ、初査定の新人の緊張をほぐそうと思ったんだよ。本当さ」


 嘘か本当かもわからないジョーク(笑)を適当に聞き流す。このままでは話が進まないし、豊島さんもこの人たちを前に少し萎縮してるので早く済ませた方が面倒がないか。


「査定お願いします」


「え、えぇ」


 豊島さんの上司であり受付嬢達のまとめ役でもあるらしい中条さんに査定結果を伝えてくれるよう頼む。中条さんも思う所はあったようだが、ちらっと女史たちに視線をやった後すぐに手元の書類に目を向けて話し始めた。


「それでは探索者:大神 紫苑さんのランク査定の結果を伝えさせていただきます。

 すでにご存じのことではありますが、大神探索者は初めてのランク査定ですので査定の説明もさせていただきます。予めご了承ください」


 初のランク査定ということもあって、まずはランク査定自体の説明があった。といってもこの辺は既に知ってることだから適当に相槌を打ちながら聞き流す。


「それで肝心の結果についてですが...」


 思わず、というかほぼ反射的に少しだけ身構えてしまった。おかしいな...結果、そんなに気にしてたつもりはなかったんだけど。


「おめでとうございます。Bランクへの昇格となります」


 それまで淡々と説明に徹していた中条さんが柔らかく微笑みながら伝えてくれる。近くで静かに聞いていた豊島さんも声は出してないけどすごい満面の笑みを浮かべて自分のことのように喜んでくれている。


 そこまで喜ばれると、少し照れくさいな...Bか。うん、初めての査定でBならまずまず上々の出来ではないだろうか。個人的にも納得の結果だと思う。


「ありがとうございます」


「いえ、こちらこそいつも危険な探索をこなしていただき探索者協会の一職員として感謝申し上げます。

 大神探索者には不要な心配だとは思われますが、この結果に慢心することなくこれからも探索に励んでください。改めてBランクおめでとうございます」


 女史と助手さんも空気を飛んでくれたのか、余計な茶々を入れずに静観している。お祝いの言葉を貰ったところで、中条さんからどういったところが評価に繋がったのかの説明が始まった。


「では評価点などを軽く説明させていただきますね。まず、最年少資格保有者であるという点です。こちらは主に将来性が見込まれる要素として考慮されました」


「将来性、ですか」


「はい、若いということはそれだけで他者よりも多くの時間をダンジョン探索に費やせる可能性がありますから。その分危険性は上がりますし、あまりにも若い方の探索は協会の日本支部としては推奨されていないんですけどね」


 お小言を貰ってしまった。そういえば、みはる達の志望校のダンジョン学園には自分みたいな若すぎる探索者が生まれるのを抑止する目的もある、みたいなニュースを最近見たな。


 そんな風に考えていると、女史もこの記録については思う所があったのか、口を挟む。


「ぶっちゃけさ、もうこの記録が破られることはないよね。先進国ではダンジョン専門の学校が出来上がりつつあるし、発展途上国もそれに倣いつつある。

 探索者資格の受験条件に年齢制限を課す等の対策を実施強いてる国も少なくない。表に出せないような後ろ暗い連中が孤児を使って...なんてコミックみたいな展開もそうそうあることじゃない...ま、仮にあったとしても公式な記録には残らないしね」


 ロゥクーラ女史が補足してくれたとおりダンジョン専門の学校が建つのは日本だけじゃない。時代が、世界が、ダンジョンという異物に適応しようと藻掻いている真っただ中に自分たちは生きているわけだ。


「時代の流れの中で僅かにできてしまった隙間、シオンはそこに偶々飛び込んじゃったわけだ。幸か不幸か、ね?」


 肯定も否定もしにくい。


「えぇっと、次の評価点ですね。次は民間初となる20層の踏破ですね。それに付随して緋色の獣狩りスカーレット・シーカーの皆様から推薦も受けております」


「推薦...?」


「はい、推薦は一定以上の実力を有し協会からの信頼も厚い実績のあるパーティーが有望な新人に対して色々と便宜を図ることです。

 今回は緋色の獣狩りスカーレット・シーカーの皆様から『20層攻略において大神探索者が必要不可欠な功績を残しているので是非とも査定の際には考慮して欲しい』と事前にお言葉をいただいておりました」


「緋色の皆さんが...」


 自分たちの手柄としてしまうことも出来ただろうに...いや、短期間とはいえパーティーに参加して分かってたことだな。あの人たちの誠実さは。


「持ち帰っていただいた変異した人喰い鬼オーガ死体討伐跡もダンジョンの研究に非常に役立ったと聞いております...その際、解剖にはロゥクーラ様方も立ち会ったとか」


 中条さんの言葉に女史はあっけらかんと肯定した。


「うん。せっかくの貴重なサンプルだからね。無理を言って一緒にやらせてもらったよ。

 そうそう、聞いてよシオン。あの個体ね、共食いしてたんだよ。一部の例外を除いて基本的にどんな生物にとっても禁忌タブーな共食いによる変化、いや最早進化といってもいいレベルの変異...いやぁー実に有意義な時間だった」


 興奮気味に捲し立てる女史の目は新しいおもちゃを貰った子供のように輝いていてその興奮っぷりにこっちは若干引いた。


「まぁ、役に立ったならよかったです。自分も追加報酬を貰えたので」


「後は...この4ヶ月で換金していただいたモンスターたちの魔石や素材による評価ですね。新人が持って帰ってくる量ではなかったのでこちらも相当な評価点になってます」


 若干呆れたような表情になってるのは気のせいではないだろう。しょうがないじゃないか、こっちは金を稼がなきゃいけないんだから。


「...正直に申し上げますと、これまで上げた功績を評価するならAランクでもおかしくなかったんです」


「そうなんですか?」


 今のままでも十分な評価だと思うけど。


「はい、なので次はなぜAランクではなかったのか、について話をさせていただきますね。端的に言うと大神探索者には幾つかの経験が不足していると判断して今回のランク査定でA判定が見送られました」


「幾つかの経験...?」


 かなり濃い4ヶ月を過ごしたと思っていたけれど、まだまだやっていないことがあるらしい。


「一つは集団での護衛依頼です。これは護衛依頼を受けたことのある探索者のほとんどが自動的に達成するものですが、大神探索者は単独ソロで活動されていらっしゃいますから。

 護衛側も被護衛側も複数人の護衛依頼の未経験、これはな最上位ランクであるAランクに上げるうえで障害の一つになりました」


「最上位...?すいません、探索者の最上位ランクはSだったはずでは?」


 自分の疑問に答えたのは中条さんではなかった。


「Sランクは特例なのさ」


 ポツリと零すように呟いた女史の一言はやけに耳に残った。


「Sランクになったらどんなに探索をさぼろうが絶対にランク査定で落とされることはない。

 理由はシンプルでそれだけの力を内包しているから。国に一人いればその国のダンジョン産業は安泰...そう言われるぐらいにSランクってのは特別なんだ。


 どいつもこいつも唯一無二の能力を持っているからね。だからこそ一般人が目指す最高到達点はAランクなのさ。

 Sランクになる奴らってのは生まれたときからそういう星のもとにいるんだ。凡人の努力ではどう足掻いても覆せない才能の差、それがSランクの最低条件だよ」


「そうなんですね...?」


 覆せない才能の差。基本的に波風立てずに生きてきたこれまでの人生でそんな経験はないから実感しにくい。


 いつかSランクの探索者に遭う機会があれば理解るんだろうか?


「そうなのさ...そしてシオン、私は君もその星のもとに生まれた人間だと思ってる...いや確信しているといった方がいいかな?

 だからさ、私のもとにおいで?私と一緒にあの好奇心を刺激してやまない魔訶不思議な奇跡の巣窟に新しい景色を見に行こう?」


 それまでとはどこか違う。懇願するような声。それが本心からの言葉であるのだと心のどこかで納得した。それでも波紋程の揺らぎも存在しないけれども。


「ごめんなさい。一緒には行けません」


「こんなに熱烈に誘ってもダメかい?」


「...人生において自分はなによりも家族を優先するんだと、とうの昔に決めましたから」


 これで諦めてくれればいいんだけど...


「...まぁいい。私はね、こう見えてしつこいのさ。それはもう、白衣に付着した化合物のシミのようにしつこいよ。

 君の首を縦に振らせるまで諦めはしない...だからそんな期待した目で見ないでくれ。心配しなくても必ず口説ききって見せるさ」


 絶対に認識にずれがある。期待した目なんて全くしてないし、心配もしてない。


 どうやらとんでもない人に目をつけられてしまったみたいだな...先が思いやられる。 


 Sランクってのはこんな狂人しかいないのか?と本日何度目かの嫌な事実を目にすれば別に目指したいとも思わない。


「コホン、その他にもマップの作製技能や多種多様な依頼の達成、他パーティーとの連携なども経験を積んでいただけたらAランクへの昇格は可能です」


 気を取り直すように咳ばらいをすると中条さんは他にも昇格に必要なことを教えてくれた。教えてくれる親切心はありがたいけど別に急いで昇格したいわけでもないんだよな。


 なんなら今もこちらから目を離さない女史狂人の関心が薄れるまでは降格したいくらいだ。


「以上で査定の方は終わりとなります。続いて指名依頼のお話をロゥクーラ女史から説明していただきます。私と豊島はこれ以降は滅多なことがない限り立会人として静観させていただきます」


 そう言うと、中条さんは座っていたソファから立ち上がって豊島さんの隣で直立不動になった。


「さぁ、ようやく本題だ。じっくり語り合おうね?シオン」


 ...はぁ、早くダンジョンに潜りたい。

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