第6話 呪い

 短めです


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「とりあえず、改めて自己紹介をしておこう。今回指名依頼を探索者:大神 紫苑に対して依頼を出した。

 アメリカの国営探索者であり、ダンジョン研究者でもある私ことソフィア・G・ロゥクーラとその助手を務めるエフィーネ・テイミーだ。

 今後、私のことは気軽にソフィーもしくはソフィアと呼んでくれたまえ」


「ではロゥクーラ女史で」


「ムッ...おいおいシオン、これは依頼人からの意向だよ?無視は良くないんじゃないかなぁ?」


「会って間もない女性を呼び捨てで呼べるほど自分は図太くないので」


「むー...あ、じゃあ先生は?一々、ロゥクーラ女史じゃ呼びづらいでしょ?呼び捨てがダメならせめて先生って呼んでよ」


 まぁ、それなら...女史のすぐ後ろでこちらを睨んでいるテイミー助手が許すならそれでもいいけれど。といった感じでどうでもいいひと悶着があった後、ようやく本題に入る。


 結局、呼び方は「先生」になった。



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「とりあえず、スミダの生態調査からやっていこうか」


 ランク査定が終わってすぐに指名依頼の話に切り替わる。さっきまでは大人しく(?)聞いていたのに目の色が変わったかのように楽しそうにロゥクーラ女史は話し出した。


「とりあえずって...他にも依頼を出すつもりなんですか?」


「生態調査でシオンの能力を見てから出す依頼を決めるよ...あ、だからって手ぇ抜いたりしたらダメだからね?」


「受けた依頼を中途半端に済ませるつもりはありません。自分に出来る範囲で報酬に見合う働きが出来るように善処します」


「うん。ならよろしい。それじゃあ内容の説明に入ろう」


 そう言うと、先生はいつの間にか持っていた手元のタブレットに目を移しながら言葉を続けた。


「スミダは生息するモンスターが割といい感じにばらけてるよね。獣類種、鳥類種、虫類種、幻想種が既に登場してるし、この感じだと今後も階層の環境によっては水棲種と異形種も出るだろうね」


「普通はそうじゃないんですか?」


「うーん、ダンジョンによるとしか言えないな。ほぼ一種しか出ないダンジョンもあるし“テーマ”が設定されてるダンジョンもあるよ」


「テーマ、ですか?」


「日本だと...あそこが分かりやすいかな。京都のダンジョン。出現するモンスターの種類が幻想種しかいないうえに出てくるのが妖怪モチーフのモンスターばっかりっていう」


「そんなダンジョンもあるんですね」


 さすがというべきか、他国のダンジョンなのにある程度の生態を記憶してるのは素直にすごいと思う。


「日本では結構有名なダンジョンだと思ってましたけど知らなかったんですか?」


 そういうダンジョンもあるのか、と関心しているとテイミー助手が煽るようにつっかかってくる。この人は自分の何が気に食わないのだろう?


「京都のダンジョンなんて行く機会はないと思ってたので」


「これからは国内外問わずに各国の主要なダンジョンや特徴的なダンジョンは調べておいた方がいいよ?Sランクになったら引っ張りだこだからね」


 なんでSランクになるのが確定事項みたいに言ってるんだろうか...?普通に嫌だけど。


「過大評価です。そんなに優秀じゃないですよ自分は」


「それを決めるのはシオンじゃないよ」


「...今その話をしても意味がないです。現状では夢のまた夢だと思いますし...それよりも生態調査について詳しく教えてください」


 話を戻して、依頼内容について詳しく聞いておきたい。


「そうだなぁ、とりあえずガンガン魔法使ってもらうつもりだからよろしくね。それぞれのモンスターごとに最低でも10体ぐらいはサンプルが欲しいから。

 あっ当然だけど全身氷漬けのやつね」


「スミダに生息する全モンスターを各10体ずつ、それも全身凍結ですか?無茶ですよ、全身凍結は一日一体、調子がいい日でも二体が限度ですし、大型のモンスターになれば一体でも厳しいです」


「まぁまぁなんとかなるって」


 あっけらかんと言ってのける口調の他人事加減に眉をしかめずにはいられない。


「根拠は?」


「シオンが今言った限界は迷宮酔い未発症時のものだろ?発症時の限界値はもっと先のはずだ。現に共食い個体のオーガは通常種より一回り大きかったがしっかり氷漬けに出来ていたしね」


「自分に死ねと?」


「迷宮酔いの副作用のことかい?たしかにとんでもない激痛だと他の罹患者からも聞いているよ。だがね、副作用を受け入れるか否かなんて時間の問題さ。

 自分でも分かっているんだろ?今後も探索者を続けていくのなら、その症状は強力な武器になるということを」


「...」


「ダンジョン産業は現在黎明期の真っただ中だ。いずれは20層なんて物ともしない探索者たちであふれかえることになるだろう。そうなれば稼ぎを求めて深く深くに潜っていくしかない。

 シオン、正直に話そうか?20層の変異種ごときに手こずってるようじゃね。誰も守れないよ。例えば...可愛い可愛い妹、とかね」


「...それは脅し、ですか?」


 徐々に身体が戦闘態勢に移行しつつあるのを自覚して尚、意識して止めようとは思わなかった。


 相手はSランク。それも大国アメリカの国営探索者だ。どう足掻いたって勝ち目はないだろう...だからと言って大切なものを危険にさらされて抗わない訳が無い。


 勝ち目なんて関係ないのだ。大嫌いなダンジョンで学んだ数少ない大事なこと。理不尽には全身全霊で抗うのだと、そうしなければ願う未来など手に出来ないのだと。


「落ち着けシオン。なにか勘違いをしている」


 少し焦った様子で目の前の人間がなにかを口にしている。関係ない、ドウセ全部壊スダケd...


「彼女たちに手を出すつもりはない」


 その言葉に暴走しかけていた思考が少しだけクリアになる。


「私が言いたかったのは妹ちゃんと一緒にダンジョンを探索する時の話だ。妹ちゃん、来年度から開設されるダンジョン専門の科がある学園の付属中学に通うんだろ?

 将来の選択肢の中に探索者があると予想するくらいはできる。私がしたかった話はその可能性の話だよ」


「そう、ですか...すいません。早とちりでした」


 自分の中で何かが消えていくのを感じた。なんとなく...それは非常に鋭利で、暴力的で、こう、なんというべきか...そうだ、抜き身の刀身のような危ういものだったように感じる。


「フゥ、少し焦ったよ。これが夏なら冷房要らずだね」


 先生のその言葉になんのことかと思えば、室内の気温が少しだけ下がっていることに気づいた。よく見れば机やソファの端っこに少しだけ霜が降りてる。


「もしかして自分が...?」


「やっぱり無意識だったか...これは言うべきか悩んだんだけどね、伝えておこう。

 シオン、恐らく君はこれまで私が会ってきたどの迷宮酔いの罹患者よりも症状が重い。

 それが何を意味するのか、身体能力や感覚器官の能力の向上などメリットももちろんあるが同時に多くのデメリットもあるんだよ。

 例えば副作用の重症化や戦闘に対する興味の増加、ありていに言えば戦闘狂バトルジャンキーになったり、そして――」


 その先の言葉がなんとなく分かった。


「――怒りなどの負の感情に支配されやすくなったり、ね」


 嗚呼、やっぱり。


「シオン、君はね。もうダンジョンに毒されてるんだよ。その侵食呪いはもうどうにもならないところまで来てしまっているのさ」


 楽しそうにそう話す先生の顔を一回本気で殴ってやろうかと思った。


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