第4話 相談②


「ふむ、それで儂のところに相談しに来たということか」


 話を聞いた源次郎さんは納得したように頷いた。


 みはるとみさきちゃんから進路の相談を受けた翌日、自分は白柳 源次郎さんに連絡を取ってこの件に関して一つの頼みごとをしに来ていた。


 みはるとみさきちゃんが探索者になると決まったわけではないし、個人的にはなって欲しくはないけど...もし、探索者を目指すのであれば武術に触れる機会を今からでも作っておくべきではないかと思ったのが事の発端だった。


 とはいえ、流派とかそう言うのはよく分からないし伝手というのも一つしか思い当たらなかったため今回は緋色の獣狩りスカーレットシーカーのパーティーメンバーであり、元柳生白心流の総師範であるらしい白柳 源次郎さんに話を持ってきたのだ。


「わざわざ手間を取らせてしまってすいません」


「ほっほっほ、坊主が気にする必要はない。坊主には窮地を助けてもらった恩があるし、今は違う道を行っておるが儂らは皆坊主のことを仲間だと思っておるのだから。仲間の頼みなら喜んで力を貸そうとも」


「ありがとうございます...ところで急に連絡を取ったのはこちらですけど、お時間は大丈夫だったんですか?探索の準備だったり何か用事があったりとか...」


「気にせんでいい...というより少し前に潜ったばかりでな。今は休養期間ゆえ暇しておった所じゃ。平日の昼の時間は門下生も少ないのでのぅ」


 聞いてみると、ダンジョンの影響か門下生は増えたらしいのだが増えた門下生の大半は学生らしい。ゆえに昼間の時間は少し暇なのだとか。


 学生の門下生が増えたのにはもしかしたら例のダンジョン学園とでも言うべき忌々しい学園の影響があるのかもしれない。


「まぁ、坊主の話は分かった。その二人のお嬢さんがうちの門下生になるかもしれんから先んじて相談に来たんじゃな。まだ道場には余裕もあるし儂は構わんよ。

 今では総師範は倅に譲っておるが口利きぐらいはできるとも」


「ありがとうございます。二人に聞いてみて大丈夫そうだったらまた連絡します」


「...うちには倅の娘とその友人もいる。歳も坊主と同じゆえ、そのお嬢さん方も肩身の狭い思いをすることはなかろう」


 優しい眼差しでこちらを見つめながら源次郎さんはそう付け加えてくれた。


「なんなら坊主も一緒にどうじゃ?いい刺激になると思うが...」


「...いえ、ありがたい申し出ですけど自分は遠慮させてください。指導料を稼がないといけないですから」


「ほっほっほ、そうかそうか。まぁ、指導ではなくとも遊びに来るのでも構わん。

 緋色の皆もおぬしに会いたいであろうし、お茶くらいは出せるからのぅ。ばあさんの茶は上手いじゃろう?」


「はい、とても」


 そう言うと、お互いに顔を見合わせて笑みを浮かべる。


「そろそろ帰ります。相談に乗っていただきありがとうございます。あと、お茶も」


「うむうむ、くれぐれも無理はせんようにな」


「はい、また近いうちに連絡させてください」


 あまり長居してもよくないだろうと思い相談が終われば早々に帰路につく。


 ...それにしても源次郎さんの家の道場、馬鹿でかかったなぁ。なんて感想を抱きながら。



#####



 4日後にはまたしても源次郎さんの道場を訪れていた。今度は二人も連れて。


 道場への入門の話を二人にしてみると思いのほかやる気を出した二人はすぐにでも入門したい!と詰め寄ってきたくらいだった。


 まずはみさきちゃんの両親と楓さんにも話を通して、みさきちゃんのご両親には源次郎さんに聞いていた指導料やその他諸々の出費について教えて、時間に余裕がある休日に来ることにしたのだ。


 今日から二人は源次郎さんの息子さんが総師範をしている柳生白心流の門下生になる。


「な、なんかすごくおっきい...よね?」


「う、うん...え?お兄さん、これホントにここであってますか?こんなおっきな道場にこれから通うんですか?」


「場所はあってるよ。以前に一度来てるから」


 どうやら二人は道場の予想外の大きさに少し怯んでしまってるみたいだ。


「どうする?やっぱりやめておく?」


「い、いえ!せっかくお兄さんがお願いして準備も手伝ってもらったんです!こんなところで引けるわけないじゃないですか!」


「うん...お兄ちゃん、みはる達頑張るから。だからね...そんな顔しないで?」


 どんな顔をしているのだろうか?口元に手を当ててみるけれどよく分からなかった。


「覚悟が決まったなら行こうか」


 やる気に満ちた二人の横顔が嘘ならよかったのに...まぁいい。まだ探索者になるって決まったわけじゃないんだ。


 こういう武術のを習うことは護身術の一種だと思えば日常生活においても無駄にはならないだろうし...


 誰に聞かせるわけでもないのに、言い訳じみたことばかりを考えながら石畳で舗装された敷地内へと3人で足を運んだ。



#####



「いらっしゃい坊主、4日振りだのぅ」


 今日が休日だからだろうか、玄関をくぐったところからでも敷地内のどこかで門下生らしき人たちの声が聞こえてくる。


「源次郎さん、こんにちは。今日からお世話になります」


「うむ、儂も暇があれば指導に参加させてもらうつもりじゃよ。して、そちらが...」


 視線が自分たちに向くのを感じた二人が緊張気味に挨拶する。


「は、始めまして!今日からお世話になります!一条 美咲です」


「大神 美春です。よろしくお願いします」


「うむうむ、元気が良くてよろしい。まずは付いてきなさい、倅のところまで案内しよう」


 そう言った源次郎さんに連れられて敷地内を歩き出すと、数分後に敷地でも特に大きな建物に案内された。


 閉じられた両開きの扉の向こうから気合いの入った掛け声が幾つも聞こえてくる。


 なんの遠慮もなく源次郎さんが扉を開け中へ入っていく。少し躊躇ってそれに続くみはるとみさきちゃんを追って中へと入ると、道着に身を包んだ門下生の人たちが各々修練に励んでいた。


 こちらに、というよりも源次郎さんに気づいた門下生の人たちが挨拶してくるのに軽く手を上げて応えながら道場の中心付近で指導をしている男性に近づいていく。


ゲン、お客さんじゃ。今、いいかの?」


「はぁ...親父、今から親子水入らずの時間なんだ。来客なら事務担当に話を通してくれといつも言ってるだろ?」


 使い込まれた道着を自然体で身に付け、ぱっと見でも武道に精通していることが分かる雰囲気を纏ったこの男性がどうやら源次郎さんの息子で現柳生白心流の総師範の方のようだ。顰められた顔は厳つく威圧感がある。


「まぁ、そういうでない。今回の客はちと特別じゃ、儂ら緋色の恩人でもあるからのぅ」


 その言葉にチラとこちらを一瞥するその視線に二人はビクッと臆してしまったようで言葉に詰まってしまっている。


 敢えて口を出すことなく会釈だけして静観していると源次郎さんが助け舟を出してくれる。


「こちらのお嬢さん方がの、ウチで武術を習いたいんじゃと」


「新しい門下生の方か。そういうことならしょうがない...保護者の方は?」


 その質問に迷わず手を挙げる。


「自分が代理で来ました」


「では、事務に案内しよう。説明はそこで聞いてもらってもいいかな?それと...真純マスミ、すまないが稽古はまた後でだ。お嬢さん方に敷地内を案内してあげなさい」


「はい、分かりました。それじゃあ...ついてきてもらえる?」


 そう言って二人の案内を務めてくれるのは恐らくそれほど自分と歳が変わらないであろう凛とした少女だった。


「はい、よろしくお願いします」


「じゃあ、お兄ちゃん。行ってくるね」


「あぁ、夕方の...放課後と同じくらいの時間に迎えに来るから。なにかあったら連絡頼むな」


「うん!」「はーい」


 そう言うと、二人は真澄と呼ばれた少女の後についていった。


「それじゃあ、坊主は儂が事務に案内しよう」


「お願いします」


「...お嬢さんたちはウチが責任もって預かる。柳生白心流当代当主の名において約束しよう。だから安心して欲しい」


「はい、二人をよろしくお願いします」


 見た目にそぐわず、と言うと失礼だが結構礼儀正しいというか律儀というか...流石源次郎さんの息子さんといった感じの善い人だった。


 その後は二人のことを気にかけながらも事務で話を聞いて、一か月分の指導料を払って手続き終了。すぐに道場を後にしてダンジョンへと向かった。


「もう少しゆっくりしていけばよいのに...」


 という源次郎さんの言葉は嬉しかったがそうも言ってられないのだ。


 みはる達の進学希望の学園、正式名称を国立 新城椰地真多あらきやちまた学園。


 まぁ、長いので正式名称が使われることはほとんどなくダンジョン学園と呼ばれている、この国立の学園は中学、高校、大学を包括した巨大マンモス校というやつで馬鹿げた敷地を持っているらしい。


 色々と規格外のこの学園は東日本の探索者志望の学生の育成を一手に担うために様々な施設が内包され、巨額の資金が投資されて建設された。


 ...そう、の、である。なんと姉妹校が西日本、正確にはヒョウゴにもあるのだとか。


 少し話が脱線したが、敷地内には数多の学生が不自由なく学業に取り組めるだけの広大なスペースがあり学校としての設備が過剰なほどに充実。そこにさらにダンジョン研究のための設備が加わるわけだ。


 なによりも目を引くのは敷地内に探索科の学生專用のダンジョンを一つ含んでいること。危険極まりないがちゃんと24時間態勢で警備等もいるらしい。どれぐらいあてになるかは知らないが...


 今挙げられたのはほとんどが高校や大学に関連することではあるが、そんな学園の付属中学が中途半端な学校なわけもなく...何が言いたいかというとすこぶる金がかかる。


 もちろん、一般の学生でも入学しやすいように無理のないローン返済などもあるらしいがあくまでも一般の家庭にとってだ。


 学園ホームページにあった専用の見積もりツールを使って出てきた金額には頭痛がした。単純な学費だけでもなのだ。


 楽しい学生生活を送るためには友達と遊びに行ったりすることもあるだろうし、年齢が上がるほどにお小遣いは足りなくなっていくというのは世の学生の真理ではないだろうか。


 ...まぁ、よく知らないけれどきっとそうだ。


 とにかく金が必要だった。最優先はみはると楓さんだけど稼がなくてはいけないのも事実。だからこれからは休日も関係なくダンジョンに潜ることを決めた。



#####



 分かる


 この階層の全てが手に取るように分かる


 一番近くの豚男オークの群れに向けて突っ込む


 迷彩蜥蜴ステルスリザードの外套なんてまどろっこしい真似はしない


 そんな風に馬鹿正直に突っ込むから...あーあ、見つかってる


 こちらを囲い込もうとするかのようにゆっくりと包囲網を形成していく群れの動きを捉える


 このままだとまずい、がそんな鈍い動きではもうこの衝動は止められない


 広がった集団の中央、最も手近な一体の横すり抜ける


 ついでに余分な贅肉を削ぎ落とすように腹部に刃を入れる


 飛び散る血液に怯む敵


 あーあ、そんな風に隙を晒したら...


 隣のオークの顎を斧で下から割る


 手ごたえあり


 鼓動の弱りを感じながら、命まで届いた斧を引き抜くために足蹴にして次の一体へ


 左手を空けるために鉈を上空へと放る


 釣られて視線が上を向いた瞬間――


 地面すれすれの前傾姿勢で加速し、太く超えた足を掴んで支柱として急激なブレーキ


 残念ながらというべきか、当然ながらというべきか


 足首を思いっきり引っ張られたオークはその力に耐えられず前のめりにすっ転ぶ


 慣性が治まるか治まらないかのうちに全身のばねを使って飛び上がると空中に置いておいた鉈を持ち直してそのまま無防備な首をはね飛ばす


 この間約1分、ここまですればモンスターの中では知能が高めなオーク達は恐れをなして散り散りに逃げ惑うしかなくなる。


 負傷させたオークにとどめを刺した後、逃げた個体を追う事はしなかった。


 どうせこの階層にいるなら知覚できるのだからわざわざ今追う必要はない。

乱暴に魔石だけを抜き取るとさっさと次の獲物に向けて走り出した。



#####



「それでその有様って訳だ」


 事情を聴いたロゥクーラ女史は愉快そうに笑うと本日の成果を集めたナップザックを覗き込んだ。


 まぁ、この人からすればはした金程度にしかならないだろうし盗まれる心配はしなくてもいいか、と思ってぐったりした身体をスミダ支部のロビーに設置されているソファに預ける。


 15層やその下の16,17層で思う存分モンスターを討伐してダンジョンを脱出した後、まぁ案の定というべきか酷い頭痛と吐き気に襲われてダウンしている最中に女史たちと遭遇してしまった。


「...シオンはいつから潜ったの?」


「大体...13時前ですかね」


「移動を含めて探索時間は約3時間か...異常だね」


 にっこりと、それはもう凄くご機嫌な笑顔でそう言われた。


「酷い言い草ですね」


「酷いのはシオンの探索成果だよ。そんな短時間でこれだけ成果を上げられちゃあ他の探索者は立つ瀬がない」


「...」


 少しづつ和らいできた副作用に表情を緩めるとそれを知ってか知らずか今日の成果を除くのを止めてこちらに顔を向けてきた。というか、近くないだろうか?少し離れて欲しい


「ねぇ、やっぱり私のところに来ようよ。これだけ動けてそのうえ氷系統の魔法まで使えるんだ。是非とも私の研究に協力して欲しいな?」


 こちらを誘うような甘い声音。男性であればホイホイと釣られてしまいそうな甘い誘惑だが今はそんなことを気にできるような状況ではない。


 副作用で心身ともに疲労しているし...なにより先程から無言でこちらを睨みつける助手さんの視線に警戒心が解けない。


 それに彼女たち、特に女史はメディア露出も多い有名人だ。それがこんな一介の探索者に声をかけていれば嫌が応にも目立つ。


「あの、離れてもらっていいですか?周りの視線が痛いので」


「そんなの、気にすることはないだろう?それよりも私たちの今後の方が大事じゃないか?」


 わざとこういうまどろっこしい言い方をしているんだろうなとは勘づいてはいるんだけどそれを指摘したり矯正するほどの余力はない。


 割と真面目に消耗が激しい。気を抜けばソファで眠ってしまいそうなほどだ...さすがに張り切り過ぎたか。


「スカウトなら何度請われようがお断りします。お忙しい身でしょうからこんな一介の探索者に拘らず素直に休暇を楽しんだ方がいいと思いますが?」


「そんなつれないことを言うなよシオン...でも今日はこの辺りにしておこうか。本当に疲れているようだからね」


「そうしていただけると助かります」


「口調が固いなぁ...まぁいいや。今、指名依頼を申請中だから申請通ったら一緒に潜ろうね」


 さも当然のようにそう言うと、ポンポンと頭を撫でられてそのまま支部を出ていった。


「はぁ...この空気どうするんだよ」


 後に残されたのは疲労困憊の自分と野次馬根性丸出しの探索者や受付嬢だけだった。


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