第3話 相談
side:エフィーネ・テイミー
先生の興味を引いたアイツもさっさと帰っていった。
「先生、本当に
「おや、エフィーは乗り気じゃないのかい?」
特に驚いた様子もなく、先生は私の疑問に疑問で返した。もしかして嫌悪感が顔に出てしまっているだろうか?
いけない、いけない、先生の助手として恥ずかしくない態度を取ると決めてるのに。
「だって、せっかくの先生の、それも直接のスカウトをあろうことか断るなんて...!こっちはわざわざ休暇を利用してまで来日してるのに...!」
「まぁまぁ、そうカリカリしなさんな。それに理由ははっきりと言っていただろう?家族の為と言われては仕方ない、まだ会ったばかりだし好感度が足りなかったねぇ」
はっはっは、とどこか嬉しそうに先生は言う。初対面のくせに先生のそんな表情を引き出すなんて...!と私はますますアイツのことが憎たらしくなる。
「それに正直なところ、スカウトしても即戦力にはならないと思います。使えるようになるのもにいつのことやら...私は先生みたいに見ただけじゃ分からないから正確に判断はできないですけど」
「まぁ、確かに先程のままなら使い道は限られるだろうね」
「だったら――!「でも」
ヒートアップしそうな私の言葉を遮って先生は続ける。
「彼は迷宮酔いの発症者。なら、その真価はダンジョンじゃないと測れないだろう?そして迷宮酔い罹患者の強さはエフィーも知ってるだろう」
「...」
思い出されるのは今も我が国で留守番をしている彼女。
一度ダンジョンで暴れ出せばいかなる障害もものともせずに外敵全てを
「彼女は例外です」
「ほぅ...どうして?」
本当は先生自身が理解しているのに私の口からそれを聞こうとするのは先生の性悪な部分が出てると思う。
「さっき説明してらした迷宮酔い罹患者の1年以内の死亡率が9割り超えで収まってるのって彼女がいるからでしょう?
彼女以外のサンプルが全員死んでるんですから、彼女を例外とする方が合理的じゃないですか」
「だが...もしその例外が他にも存在するとしたら?」
それは...あり得ないとは口が裂けても言えないけど、その可能性は限りなくゼロに近いはず。そもそも罹患者自体が少ないんだから。
...というか先生はアイツにそこまで期待してるの?
その事実だけでまた心の内からアイツに対して沸々と怒りが湧いてくる。
「ふふっ、未発見の存在の証明は確かに骨が折れるが、それは不在の証明においても変わらないよ。どちらにしても難しいのなら利益のある方を探求した方がよっぽど有意義だろう?」
「というか百歩譲ってスカウトするのはいいです。でも、一度断られてるのに今後はどうやって承諾させるんですか?」
「さて、どうしようかな」
特に焦った様子もなく先生は深く腰掛けているソファでゆったりと出されたお茶を楽しんでいる。
「今日見た感じだと実はそんなに難しくなかったり...なんてね♪」
楽しそうなその様子にやっぱり私は嫉妬する。
私の怒りを知ってか知らずか先生は不敵に笑いながら窓の向こうに目をやる。その視線の先には蜘蛛の巣に囚われもがき続ける蝶の姿があった。
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$$$$$
「ただいま」
家に辿り着くと普段は見ないが見覚えのある靴が一足追加されてるのが分かった。そして、こちらへと駆けてくる二人分の足音。来訪者が誰かはすぐに分かった。
「おにいちゃん!おかえりー!」「お兄さん、お帰りなさい」
こちらへと駆けてきたのは対照的な少女たち。
一人はそのまま突っ込んできてこちらへと抱きつくと「もう離さない」と言わんばかりに全身の力で巻きついてくる。
しっかりと受け止めてやると、年齢よりも少しだけ小柄な少女は満面の笑みで腕に込める力を強めた。最愛の妹、みはる。
もう一人はみはるの後を追いかけてきたのだろう。みはるのように抱き着くことはせず、兄妹の仲間睦まじさに若干呆れながらも優しく出迎えてくれた。
みはるの親友のみさきちゃんだ。
「ただいま、みはる。みさきちゃんもいらっしゃい。今日はどうしたの?」
「今日はちょっとお兄さんに相談?お願い?みたいなのがあって...あ、あとお母さんたちが遅くなるらしいので晩御飯食べに来ました」
「相談...?分かった。昨日のカレーが残ってるからそれでいいかな?要望があればトッピングのおかずぐらいなら作るけど」
「はい!みはる、トッピングはハンバーグがいい!」
「あっじゃあ私もそれでお願いします」
「ふふっ、分かった。じゃあ、ちょっと家事してくるから適当に遊んで待っててくれ」
『はーい』
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結局、夕食の間に相談?お願い?が話されることはなく点けっぱなしのテレビに映っていた歌番組を見ながら和気あいあいと晩御飯を楽しんだ。
ハンバーグカレーも好評でみさきちゃんなんて「毎晩これでもいい」なんて言うぐらいだ。お世辞でも嬉しい。
「さて、と...それじゃあその相談事?について聞かせてもらおうかな」
後片付けを終えてテーブルに戻ってくるといつの間にかテレビは消されていて、少しだけ緊張している二人の様子からもこれからする話が重要であるということが伝わってくる。
嫌な予感がした
その予感が外れることを名前も知らない神に祈ったけれど
全くの無駄だった
「お兄ちゃん」「お兄さん」
『私たち探索者になりたい』
#####
「っ...」
咄嗟に出そうになった否定の言葉を必死に飲み込む。
「...とりあえず詳しく教えて欲しい」
なんとか飲み込んでまずはどういう経緯でそう考えたのか、聞いてみることにした――のだが、二人は驚いた様子で顔を見合わせた。
「意外です」「てっきり止められると思った」
「そりゃ、もちろん止めたいよ。でも、頭ごなしに否定するのはダメだろ」
そう言うと二人は納得してくれて早速話し始めた。
「えっと...どうしよっか?二人で話してたことではあるんだけど、目的?はびみょーに違うから」
「私から先に話すよ。お兄さんにも話してたことなんですけど私はそもそも最初からダンジョンに興味がありました」
目的の違い、というのが気になるけど今はみさきちゃんの話に集中しよう。
「だから、将来の選択肢の一つに探索者は元々ありました。まぁ、あんまり期待しては無かったですけど」
「じゃあ、どうして今になって...?」
「お兄さんも知ってますよね?探索者を育成するための学園が出来たってニュース」
いつだったかみはると楓さんと三人で夕飯を食べている時に見たニュースを思い出した。あれは、たしか1回目の緋色の皆さんとの探索から帰ってきた日だったはず。
「あれか...」
「あれを知って、これしかない!って思って。学園で探索者についてしっかり勉強したうえで探索者になるんだったら多少は将来安定しそうですし...」
「...ご両親はなんて?」
「めーっちゃ頑張って説得しました。説得するのに数か月かかりましたけど、今では出来る限り応援してくれるって言ってます。
あ、あと身近な探索者のお兄さんにも協力して貰えって」
「...まぁ、とりあえず分かったよ。次はみはるの番だ」
「私は最近まで探索者にはあんまり興味なかったよ?
きっかけになったのはやっぱりあの学園のニュースかなぁ...二人で調べたんだけどね?あの時ニュースでは探索者の高校のことしか話してなかったけど、なんか付属の中学校もあるらしいから進路をそこにしたいの。
中学校ではダンジョンに関する勉強はあんまりなくて普通の中学校らしいから」
「でも、高校は探索者専用なんだろ?だったら――」
「それ!それなんだけどね、高校は普通科と探索科っていうので別れてるんだって。
だから私はみさきちゃんみたいにしっかり探索者になりたいわけじゃなくて探索者にもなれるかもって感じにしておきたいの...だめ、かなぁ?」
二人の考えは分かった。納得のいく考えというか、二人とも将来の選択肢の中に探索者を残しておきたいって感じだ。それなら、まぁ大丈夫かもしれない。
他にやりたいことが出来る可能性は全然あるし、もしかしたら時間をかければ探索者にならないように説得も出来るかもしれないし...
「...二人の考え方は分かったよ。本格的に探索者を目指すかは中学に上がってからの3年間でまた改めて考えればいいかな」
「みはるはともかく私は今でも真剣に考えてますよ?」
「分かってるつもりだよ。でもそれなら...いや、この話はまた今度にしよう」
「? 何か言いたいなら言ってください。お兄さんからの助言は大事だと思ってますから」
「いや、今言ってもうまく伝わらないだろうから」
「そうですか...?」
「とりあえず!お兄ちゃんは私たちが探索者を目指すことに納得してくれたってことでいいんだよね?」
「探索者に、というよりは行きたい中学校があるなら頑張って欲しいなって感じかな。中学校で過ごす3年間でまたどうしたいか考えて欲しい。
やりたいことなんてたくさん出てくるだろうから...個人的には探索者へのこだわりは捨てて欲しいけど。でも、二人が自分で決めたことなら強く否定はしないよ」
その後は具体的にこれからなにかしておいた方がいいことはないか話し合ったけれど、とりあえず二人は勉強を頑張らないといけない。
件の付属中学校には入試があるらしいし、入試に受からないと元も子もないからな。
一つだけ、自分にも考えがあったけどまだ確証がなかったから今回はいったん見送った。あとで連絡してみないと。
話し合っていたらいつの間にか時間は過ぎていて、みさきちゃんを家まで送り届けてその日はお開きになった。
ベッドに横になっても眠気がやってくる気配はない。
みはるの親代わりとしてこの選択が正しかったのか、その答えはいつまで経っても出ることはなかった。
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