幕間 緋色の副リーダーの憂鬱


side:三浦 信也


 紫苑が病室で約束を交わしている時、緋色の獣狩りスカーレット・シーカーの面々は民間探索者初の20層到達パーティーとして会見に臨んでいた。


「...それでは今回の民間初となる20層の攻略には助っ人制度を利用しての助っ人の助力が不可欠であったということですか?」


 集まった多くの記者の内の一人の質問に雄二が


「えぇ、彼の協力があってこそ俺たちは無事に帰還することが出来ました。彼失くして今回の探索...特に20層踏破の成果はあり得なかったでしょう」


 幾つも点滅するフラッシュが眩しくうっとうしい。さっさと終わらねぇかな...


「質問よろしいですか?」


「はい、なんでしょう」


 また、別の記者が手を上げて発言の自由を得る。


「私どもの調べによりますと、緋色の獣狩りスカーレット・シーカーの皆さんは指名依頼の一環として助っ人制度を利用し新人探索者の方をパーティーに加えていたと思うのですが今回の助っ人というのはその方のことでしょうか?」


 チッ...なんでそんなとこまで調べてんだよ、面倒だな。


 大神はメディア露出を好むタイプには見えない。年齢のこともあるし本当なら誤魔化したい部分だが...そこまで知られてるとなると下手に誤魔化す方が大神の迷惑にもなりかねないしな。


 あーもう、これだからメディアってのは嫌いなんだ。


「...えぇ、彼のことです」


「新人があなたたちの手助けをするほどの実力者だった、ということですか?」


「先程もお話ししましたが、今回の探索の本来の目的はお試しでのパーティー加入でした。その最中にダンジョン内で異変に遭遇したためやむを得ず異変の原因を調査し、結果的に20層にて元凶と遭遇、これを討伐した際に出現した宝箱から20層踏破の証である鍵を手に入れたのです」


「新人を危険な場へと連れて行った、ということですか?」


「...あなたは何か勘違いしているようですが、ダンジョン内に安全な場所などありません。油断すれば浅層だろうと命を落とします。もちろん、深く潜るにつれて危険度が増すことは当然のことではありますが」


 そんな当たり前のことすら、聞かなきゃ分からんかねぇ...


「異変に遭遇し、調査のために探索を続行したとのことですが...なぜこのような行動に出たのでしょうか?」


「異変遭遇時の16層に元凶の姿が確認できなかった時点で元凶が他の階層へと移動することが可能であると判断しました。被害拡大の前に少しでも情報が欲しかったので」


「他のパーティーの合流を待ってもよかったんじゃないですか?」


「えーと、話を聞いていましたか?元凶は階層を超えての移動が可能なんですよ?時間をかければかけるだけ被害が拡大していた恐れがあります。自分たちには日本国内において民間上位の実力を持つ探索者パーティーとしての誇りと義務があります。他の探索者よりも矢面に立って危険に立ち向かっていくことはなにか可笑しいことですか?」


「それでも――」「実際のところ――」「問題点は――」


 雄二が的確に質問をさばいていくが記者連中はあーだこーだと理由をつけて言いがかりをつけ続ける。もうそろそろ我慢の限界だ、そう思って一括して黙らせてやろうとマイクを握った瞬間――


「失礼、少しいいかな?」


 5大財閥の一角でありダンジョン産業を一手に引き受ける壬祁じんぎ家の現当主、壬祁 鷲翔じんぎ しゅうがが登場した。隣には娘までいる。


 予想外の大物の登場に場は先程までのヒートアップが嘘のようにしんと静まり返った。


「メディアの皆様には申し訳ないが彼らも探索明けで疲労がたまっているだろう。この辺りで今回はお開きとさせていただきたい」


「で、ですが!」


 その言葉に反発した記者が抵抗の声を上げる。あーあ、アイツ終わったな...


「君は?」


「私は光明新聞の武田です」


「そうですかそうですか、武田さん...あなたが仕事熱心なのは痛い程に伝わってきます。ですが自分の仕事ばかりを優先して他者に迷惑をかけるのはいただけない。優秀な人材は引き際をわきまえている...お分かりですね?」


「...し、失礼しました」


「いえいえ、あなたの熱心な仕事ぶりに敬意を。それでは皆様申し訳ありませんが本日はお引き取り下さい」


 まさに鶴の一声。その言葉に逆らえるものなどいようはずもなく、記者連中は雁首揃えてぞろぞろと帰っていった。


「ふぃーやぁっと終わりやがったか」


 お偉いさんの前だが思わず本音が漏れる。


「ちょっと!」


 志穂から注意されるが少しぐらい許してほしいもんだ。こちとら探索直後からこんな感じなんだから。


「皆さま、お疲れさまでした」


 まぁ、分かっていたことだが素直に帰してくれるわけないよな。


「壬祁さん、先程はありがとうございます」


 お偉いさんとの交流は雄二に丸投げだ。なにか失礼なことがあっちゃまずいからな。


「いえいえ、あの程度皆様なら軽くいなせたことでしょう。むしろ余計なお世話ではなかったかと」


「いえとんでもない、とても助かりましたよ」


「なら良かった...ところで、申し訳ありませんが少しお時間いただいてもよろしいですかな?皆様に少々聞きたいことがございまして」


 なんとなく嫌な予感がするな。


「...えぇ自分たちに答えられることであれば」


 雄二も何かを察したようで少しだけ表情が硬くなる。あーあ、そんな分かりやすく表情に出したら...


「ふふっ、そうかしこまらずとも。そんなに難しい質問をするわけではありませんよ」


 ほら、バレた。


「質問というのは今回の皆様の功績を手助けした助っ人の方について、少し詳しい話を聞きたいのです」


「少し良いですかの?」


 ここでそれまで静観を貫いてきた源さんが口を挟む。


「えぇ、どうされましたか白柳様」


「それを聞いてどうするのですかな?返答によっては...儂らは口を閉ざさねばなりません」


 全員の気持ちを代弁して源さんがそう断言する。もちろん、異論はない。あの時大神が飛び込んでこなきゃ志穂は死んでたかもしれないんだ。

 俺たちの大事な仲間を救ってくれた恩人を売るような真似をするやつはこのパーティーにはいない。


 その恩人は今、病院のベッドで眠っている。ダンジョン脱出直後の吐血と絶叫は心臓の弱い人間にはトラウマものの光景だった。


 皆で一刻も早い回復を祈ったし面会が可能になったらお見舞いに行こうと全員で話していた。大丈夫だろうか?


「ふむ、少々誤解があるようです。少し長くなるかもしれませんが私共のお話を聞いていただけますか?」


「えぇ、どうぞ」


 雄二が先を促す。


「私は立場上、探索者の個人情報についてもある程度知ることが出来ます。あ、プライベートなものではないのでご安心ください。あくまでも支部を通しての一データとして、です。その中で気になる人物が一人...つい数か月前のことです。探索者資格の最年少記録保持者が我が国にて更新されたのはご存じですか?」


「えぇ、少しニュースになっていたので」


が現在主な活動拠点としているのはあなた方と同じスミダ支部。...濁さずに言いましょう。大神 紫苑、あなたたちの探索の助っ人は彼で間違いないですね?」


「...」


「沈黙は肯定、と受け取ります。彼について少しい調べさせてもらいました。少々特殊な人物のようですね」


「...特殊?」


「おや、ご存じありませんか?第7駐屯基地にて自衛隊主導の探索者資格試験の最終実技試験実施時、彼は致死の罠ムエルテ=アクシデンに遭遇しています」


「なっ!?」


 壬祁 朝臣の口から語られた事実に俺たちは衝撃を受ける。致死の罠ムエルテ=アクシデンといえば探索者にとって最も遭遇したくない事象の一つ。


 遭遇時の死亡率は実に95%以上。文字通りの致死、その事象にあいつは試験の時に遭遇して生き残ったってのか...?


「ふむ...ご存じありませんでしたか。では、その時5層に出現した人喰い鬼オーガを単独討伐したというのも...?」


 もはや開いた口が塞がらない。あの歳で?しかも探索者にすらなっていない時期に?

 その時、脳裏をよぎったのはあの、人の領域を超えた怪物との戦闘風景だった。あの動きが以前にも一度...?


「おまけに魔法の才にも目覚めている」


 凍結魔法。使いこなせれば強力だがかなり使い勝手の悪そうな魔法だった。

それでも魔法を使えるという事実だけでも十分に貴重な存在だ。


「そして今回の民間初となる20層の踏破...探索証に保存されていた20層到達を示す右手の甲の紋様の写真データ。見させていただきましたが手の大きさからして鍵を手にしたのは彼ですね?」


 全部お見通しかよ。どうする?どうすれば大神を厄介ごとから遠ざけられる?


「と、ここまで彼の特殊性について少々語らせていただきましたが...実は今回の私の目的とはあまり関係ありません」


「え?」


「正確に言うなら目的のうちの一つには関係ない、といったところでしょうか。実は...」


 そう言うと壬祁 朝臣は娘の方を見る。


「うちの娘が一度彼に助けられたことがありましてね。ウチの系列会社の視察中に暇をつぶそうと散策していた娘が娘の付き人共々、気性の荒い連中に絡まれたことがあるのです」


「そこを紫苑君に救われたと?」


 雄二のその問いに答えたのは壬祁 朝臣ではなく娘の方だった。


「えぇその通りです。救っていただいたときには何も言わずに去ってしまわれたのですがどうしても一言お礼を申し上げたく個人的に探していたのです。その折、大神様について知ることとなりました」


「なるほど...つまりお礼を言いたいから紫苑君に合わせて欲しいと...」


「えぇ、そういうことでございます」


「そういうことなら...」


「待って」


 特に問題はないと判断した雄二が大神について話そうとしたとき、千尋がそれを遮った。


「千尋?」


「あなたは目的のうちの一つと言った。ならまだ紫苑に会う目的があるはず」


「...えぇ、そのとおりです。迷宮省が主導している探索者志望の学生に向けた学園計画についてご存じですか?」


「えぇ、教員としての雇用の打診が支部を通して俺たちにも来ましたから。...まさか」


「はい、彼をスカウトしたく思っています」


 その言葉に場の空気が少し張り詰める。大神が学園に行くということはスカーレット・シーカーに入らないということになる。


 短くも濃密な時間を過ごした今、俺たちはすでに大神に対して大なり小なり仲間意識を持ちつつある。できることならこれからも一緒に探索したいと思うのは当然のことだろう。


「それと、これはあなたたちからも伝えて欲しいのですが...近々女史が来日します」


「女史?...!それって...」


「ソフィア・G・ロゥクーラ女史、ダンジョン研究の第一人者でありながら自身もアメリカのS級国営探索者である稀代の傑物です」


「なぜ?」


「既に民間初の20層到達は世界的なニュースです。恐らく皆様への接触も目標の一つだとは思われますが...」


「...紫苑」


「えぇ、先程の会見で佐久間様が助っ人の存在を公言しましたからね。彼が目を付けられるのも時間の問題でしょう」


 ...とんでもない事態になってきたな。


 これから起こるであろう波乱の予感に冷や汗がつーっと頬を流れる。そしてその渦中に身を置くことになるであろう大神に俺は同情を禁じえなかった。


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