第39話 りあくしょん

$$$$$



side:佐久間 雄二


 静止する間もなく飛び出していった紫苑君と巨躯の化け物の戦闘は俺たちが足を踏み入れる余地のない次元の違う攻防だった。

一撃でもまともに食らえば重傷必至の暴力の嵐の中を紙一重で避け続け、あまつさえ反撃を入れる。


 どれほどだ...?どれほどの実力があればそんなことが出来る?


 既に治療薬ポーションによって先程の傷はほとんど癒えている。それでも渦中に飛び込むことはできなかった。

一人と一体の熾烈な攻防をただただ立ち尽くして勝敗の行方を見守ることしかできない...嗚呼、俺は、俺たちは...弱い。


 隣にいる信也が、座り込んで戦闘をじっと見つめる源さんが、千尋の肩を借りてこちらへと来る志穂が、肩を貸している千尋が、揃いも揃って同じ表情をしている。皆考えていることは同じなのだろう。


「なぁ、信也」


「...どうした?」


「俺たちは、弱いな」


「...あぁ」


 見つめる先の戦闘も終わりを迎えようとしていた。



#####



 どれほどの時間が経ったのか、数秒のようにも数分のようにも数時間のようにも感じる不思議な感覚。

いつの間にか猛攻は止んでいて、気づいたときには人喰い鬼オーガの変種は地面に膝をつき、息を荒げながらこちらを睨みつけていた。


 しかしながら睨みつける瞳に最初の頃の余裕はなく、殺意と狂気に満ち溢れた瞳は思いのほか綺麗だと知った。


 △●$%△!△$$●△%●!!!!


 昂揚していた精神が徐々に落ち着きを取り戻してくる。頭ではなく身体が戦いの終わりを知覚した。もう、終わりか。


 文字通りの最期の抵抗。これまで以上に膨張する筋肉に任せて全身全霊で殴り掛かってくる。当たればひとたまりもないだろう。

無論...当たればの話だけど。間延びした時間の中でゆっくりと迫る拳にどう対処しようかと考えを巡らせてみる。


 ふと、10層で蔦鰻セルマンギーユのヌシ個体を相手にした時に源次郎さんが使っていた技を思いだす。

たしか...こう、相手の攻撃に武器を添えて相手の攻撃の力と方向を、他の向きへと変える!


 ゴキィッ!!


 %△!!$$%〇#$〇&●〇%△&●%□”△●$%△!△$$●△%●!!!!


 腕があらぬ方向にひしゃげる。骨折なんてもんじゃない捩じれ曲げた巨腕を庇いながら大絶叫するオーガ。


 あぁ、こんな感じか。えーっと名前は...なんだっけ?ま、いいか。


 未だに腕を庇うようにして悶えるオーガに近づくと、躊躇なくそのごつい首を貫く。


 っ...!...っ...っ...


 “凍結”


 抵抗の隙も与えずに魔法を発動する。血液を介して全身がゆっくりと凍り付いていくのを感じる。

やがて、完全冷凍された死骸から手を抜くと綺麗な氷の剝製が出来上がっていた。



 ありがとう。お前のおかげで強くなれたよ



#####



「紫苑君」


 激戦の余韻に浸っていると声をかけられる。振り向くと、装備こそ幾分か壊れてはいるものの怪我のほとんどが癒えた緋色の皆さんがそこにいた。


「ご無事で何よりです」


「はは...君がそれを言うのかい?」


 そう言われて自分の体に目を落とす。はじめの一撃による傷はポーションによって治ってはいたが、治療中に戦闘を行っていた影響か少し傷跡が歪んでいた。

少し体を動かしてみるも、特に痛みがあるわけではないので多分大丈夫だろう。

装備もボロボロだ。斧と鉈も後で手入れをしておかないと...


「自分は...大丈夫です。多分」


「...そうか」


「おいおい。せっかくひと段落ついたんだ。んな、しんみりした顔してないでこれからどうするかについて話し合おうぜ」


 空気を変える為だろう。信也さんの一言で一度現状について整理することにした。


「ん?みんな、あれ...」


 すると、何かに気づいた千尋さんが指をさす。そこにはいつの間にか宝箱が出現していた。


「紫苑君、開けてくれ」


「え?」


「この戦闘の一番の功労者は間違いなく君だ。君がいなかったら志穂は死んでいたかもしれないし、俺たちもかなり危険な状態だっただろう。宝箱が出たときはその戦闘の功労者が中身を貰う。緋色の獣狩りスカーレット・シーカーの基本ルールの一つさ」


「いえ、皆さんがあそこまで追いつめてくれたからこそ討伐できたわけですし...」


 自分ひとりの功績とはとてもじゃないが言えない。そもそも一人ならここまでこれていないだろうし。そう思って反論しようとするがそれよりも早く信也さんが自分の言葉を遮る。


「いいからいいから、遠慮なんてすんな。それに先輩にかっこつけさせてくれよ。な?」


「えぇ、そうね。さっきはホントに助かったわ」


「ん、重症のまま動いたのは許さないけど...志穂姉を助けてくれたありがと」


「ほっほっほ、リーダーが決めたことじゃ。なにも文句はありゃせんよ。坊主が一番活躍したのもまぎれもない事実だしのぅ。遠慮せず受け取りなさい」


 朗らかに笑って信也さんに続くみんな。あぁ、やっぱり素敵な人たちだと思う。


「それなら...ありがたくいただきます」


 肩越しにのぞき込む皆の視線を感じながらも意を決して宝箱を開ける。中には20層踏破を示す鍵と治療薬ポーション、そして謎の植物のものらしき種子が入っていた。


「鍵とポーションは分かるけど...これは」


「見た感じだと何かの種子っぽいわよね?誰か見た覚えがある人とかいる?」


 志穂さんの質問に皆首を傾げるばかり。誰もこの種子の正体が分からずに微妙な空気が流れる。


「ん~今回の宝箱は外れってことかな?」


「かもなぁ。ま、ピンポイントで欲しいものが出る方が稀なんだ。大神もあんま気を落とすなよ」


「はい。そもそも宝箱が出るとも思っていなかったので何もないよりはましだと思うことにします」


「うむ、それがよいじゃろう」


「...そういえばたしかに不自然。16層の不審な痕跡を追ってここまで来たんだからアイツが生息してたのは16層と考えるのが妥当」


「そうね。となると、これまでの5の倍数層にいるヌシ個体を倒すことで次の階層への鍵が入手できるという常識とは食い違うわ」


「ん~そんなに難しく考える必要はねぇと思うけどな」


「皆、それを考えるのは後だ。今は今回の探索の顛末を報告するために帰還に専念しよう。もし、前の階層までの環境やモンスターが復活していたらかなり厄介なことになる。疲労もあるだろうがもうひと踏ん張り頑張ろう!」


『了解』


 結局、16層以降の破壊跡はまだ完全には修復されておらずモンスターも数えられる程度だったため帰還中の戦闘はほとんどなかった。

戦闘が無かった分、ペースもかなり早く保てたので夕方になる頃には1層へと辿り着いた。


 入り口を抜けてダンジョンを出る。言い知れない解放感のようなものを感じる。

なんだかんだで地下空間には変わりない。知らず知らずのうちにストレスを感じていたのだろうか?


 安心から疲労がどっと押し寄せてきたようでそれまでの身体の軽さが嘘のように鉛のように重くなる。


 踏みしめる一歩一歩が重たい


 空気が粘性の高い液体に変化したかのように感じられる


 呼吸が荒く、肺に空気が行き渡っている実感がない


 視界の端が黒く染まり、視野が狭まる


 かと思えば、視界の中心がうっすらと赤く染まっている


(あれ、もうスミダ支部のロビーにいるよな?)


 自分がどこにいるのかすら曖昧になる


 ...っ!...っ....


 うっすらと声が聞こえる。誰かが何かを言っている


「な、にを...」


言ってるんですか?


 言葉すらうまく出てこない。必死に言葉を紡ごうと口を開くと――――


 ゴポォッ


 口の中を鉄臭さが満たす。


 あ...?


 足元に相当量の血が水たまりのように散らばっていた。


 誰の、血...?...あぁ、自分、か...


 そう認識した瞬間、これまでで最大級の激痛が頭を中心に全身に回る。

熱されたような、斬りつけられたような、抉られたような、殴打されたような、形容しがたい痛苦。

痛みのあまり膝から崩れ落ち、それでも収まらぬ痛みに困惑を抱え絶叫する。



アアアアアアアあああああああああああ亜ア亜あ嗚呼あAAああア亜ぁぁぁあ嗚呼アァァぁぁァァ亜あ嗚ああ呼ア亜あ嗚呼ア亜ああぁぁぁぁ嗚呼ア亜あ嗚AAAA嗚呼ああああああああああああああアアアア嗚呼嗚呼亜嗚呼アアアアア嗚呼嗚呼あああ嗚呼ああああ亜ア亜あ嗚呼あAAああア亜ぁぁぁあ嗚呼アァァぁぁァァ亜あ



 意識を失う直前、頭を過ぎったのは家族と過ごした優しい記憶と最愛の妹の笑顔だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る