第38話 狂い幕す

前書きをちょっとだけ。

今回の話、結構怪文書じみたことになってます。そういうのが苦手な人はごめんなさい。というか誰だって怪文書は嫌だと思うけど。

まぁ、なんとなく紫苑君の精神状態が大丈夫じゃないことが分かっていただければいいかな。


それでは本編始まります

##########


 気づくと、何もない真っ黒な空間にいた。辺りを見回しても何もない


いや、一つだけあった。線だ...真っ白な線が自分が経っている位置より一歩だけ前の足元に真っ直ぐ横に伸びていた


 なんだこれ...?


呟いてみるも当然のごとく返事はない


どうしたものかと困り果てて、歩き出してみようとした途端...強烈に嫌な予感が足元から漂い始めた


 この線を超えてはいけない


ただの直感、されど直感。この線を越えること自体がなにか、とんでもない禁忌タブーのように感じてしまう


 立ち尽くすこと...どれぐらいの時間が経ったのだろう?


何も分からないまま時間を浪費する


 そういえば...自分はなにをしていたんだったか...?


そう思った直後、走馬灯のように直前までの記憶がよみがえってくる


 あぁ、そう言えば瀕死だったっけか


他人事のようにそう思った


 とすると、ここは地獄への入り口だろうか?


「%〇#$〇&●〇%△&●%□”?」


声が聞こえた。この世のものとは思えない、酷くノイズ混じりの声だ


 行かないの?ってどこへ?


聞き取れるはずもないその声の意図がどうしてか手に取るように分かった


「$〇&●〇%△」


 向こう側...線の向こう側か


 なにか...嫌の予感がするんだ。だから...行けない


線を越えて一歩を踏み出すことへの言い知れぬ恐怖感が脚に絡みついて離れない。木の根のように固着して動かない


「〇&●〇%△&●%□”△●$%△」


 死ぬ、か。それは...ダメだな。まだみはるの幸せを見届けてない


「&●〇%△&●%□”△●$%△!△$」


 それだけでいいの?


「%$〇&●」


 なぜ...そんなことまで教えてくれるの?


「%△!!$$%〇#$〇&●」


 ...そっか。ありがとう


不思議と声を疑うことはなかった。導かれるままに一歩線を超える


なぜ、恐怖を感じていたのか。

線を越えたことで理解ることがあった。同時に理解らなくなった


失って


手に入れて


闇の中を進んでいく


先程までの絡みつくような足元の重りはいつの間にか消え去っていた



#####



 目を覚ますと、蒼い顔でこちらを見つめる千尋さんの顔があった。


「ち、ひろさん...」


「目が覚めたっ?良かった...」


 起き上がろうと力を込める


「っ!まだ、起きちゃダメ。砕けた骨が内蔵に刺さってるかもしれないからそのまま――――え?」


 ふかふかのベッドから強い意志をもって抜け出す時のような、とても重症の身体でできるとは思えない酷く軽快な起き上がりで立ち上がる。


「アイツは...」


 辺りを見渡せば距離にして1km弱離れた場所で他のみんなが怪物を相手に善戦していた。


「紫苑っ!動かないでっ」


 ふらふらと揺れる身体で導かれるように一歩踏み出そうとして――――がっしりと腕を掴まれ引き戻された。


「言うこと聞いて」


「...千尋さん」


「私は動かないでって言った」


「あはは...大丈夫ですよ。ほら、自分こんなに元気じゃないですか」


 羽のようにふわふわふわ。このままふらふらしていたら風にさらわれてどこまでも飛んでいきそうだ。


 内側ナカをたくさんの妖精が飛び回っている。


 壊れた内側ワタを直そうと


 破れた外側ガワを直そうと


 あっちへこっちへ大忙しだ


「...その状態の、どこが大丈夫なの?」


 やり場のない怒りを抑え込んだ表情で千尋さんが問うてくる。どうしてそんなに怒っているのだろうか?


 状態...?状態ってふわふわで、ぐるぐるで、ごちゃごちゃで...


 ふと、視線を下に向けてみればそこにあったのは――――


 とてつもなく大きな打撲痕と陥没した肋骨。衝撃で砕け移動した骨が皮膚を突き破っている光景だった。


 猛烈な吐き気に咳き込むとどろどろと凝固途中のヘドロみたいな血塊が吐き出される。


 ...いちごジャムみたいだ


「分かったら今すぐ横になって安静にしてて」


「大丈夫です」


「っ!...もういい。大人しく――「志穂っ!逃げろぉっ!!」――ぇ?」


 雄二さんの絶叫に揃って視線を上げる。視線の先では黒く焦げボロボロになりながらも衰えない闘争心で暴れまわる怪物が志穂さんへとがむしゃらに突貫している最中だった。


 助けようと思った


 助けられると思った


 ふわふわと安定しない身体の感覚が志穂さんを助けるという明確な目的を持って動き出す


 一歩踏み込んだ


 蹴りだした地面がポップコーンみたいに弾ける


 倍速で流れる視界のなかで四肢を器用に使って空中で姿勢を変更する


 そのまま勢いをつけて化け物の横っ面に全体重を乗せて蹴りを叩きこめば化け物は漫画みたいに吹っ飛んでいった


「間に合って良かったです」


「紫苑、くん」


 ポカンとした呆け顔でこちらを見つめる5対の目。なんだか皆が同じ表情をしているのがすごく可笑しいことのように思えて少し笑ってしまう。


 吹き飛んだ怪物はもうすでに立ち上がっていた。目を抑えて視力の回復に専念している。


 そちらへ向かおうとして、少しだけ足を止めて雄二さんたちの方を見る。


「あの...」


「あ、あぁ...どうした?」


「アイツ貰っていいですか?」


「?...それはどういう――――」


 許可を貰った(?)のでもう気にせずに駆けだした。



#####



 背中に翼でもあるようだ


一足飛びに突っ込んできた敵意に対して怪物は野生の勘で腕を振り回す


 飛んで 跳ねて 駆けて 回って


ようやく視力が戻ってきたようで徐々に攻撃の正確性が増してくる


 いつの間にか握っていた歪な二刀流でウェルダンになった筋肉に斬りつける


硬い外皮は炎に焼かれても健在で


 熱したチーズみたいに蕩けた頭じゃもう何も考えられない


よくよく観察してみれば斬りつけた傷が徐々に塞がっていくのが見えた。

再生力がけた外れに高い


 神経を直接削られるような内側ワタからの痛み


剛腕の薙ぎ払いを反射で避ける


 貰ったポーションが回復に向けて身体を作り替えていく感覚


全身のバネを使って飛び上がり攻撃後の無防備な顎に蹴りを叩きこむ


 それらに合わせるかのように身体中を妖精たちが飛び回る


殺意が強まるのを感じる


 しゅわしゅわ


思考を追い越して身体が動く


 ぱちぱち


思考が追い付いて攻撃を避ける


 フワフワ


全身が脊髄になったみたいだ


 ガリガリ


思考が追い抜いてこの戦いの行く末を見届けた。なんだ...もうすぐ終わっちゃうのか


 暴力の嵐アトラクションで鬼と戯れながらタップダンスを踊ってる


振るわれる凶器を紙一重で躱し


 そういえば今気づいたんだけどコイツは人喰い鬼オーガの一種みたいだ


全身から無作為に突き出た棘?角?牙?を踏み台に


 今となっては懐かしさすら感じられる致死の罠ムエルテ=アクシデンの時に見た個体に少しだけ似ている


敵意と殺意を混ぜて狂気で包み込んだようなその凶悪な顔面に


 そうだ!晩御ご飯は煮込みハンバーグにしよう


斬撃の乱舞をお見舞いする


 中にチーズも入れてチーズin煮込みハンバーグ、いや煮込みチーズinハンバーグか?


籠手を纏った右腕でひるんだ怪物オーガの脇腹に貫き手を見舞う


 きっとみはるも喜んでくれる


凍結魔法でチェックメイトをかけようとするも振り払われた剛腕が迫る


 機能不全の重石の使い道に悩みながらなんかいい感じの方に身体を動かす


腕を引き抜きすんでのところで回避すると怪物は警戒したのか少しだけ距離を取った


 今ならなんでもできそうだ


全能感に支配された重石では危険も絶望も感じなかった


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