第37話 理不尽
16層で起こった異変の調査のためそこから先の探索はこれまでの探索よりもいっそうの警戒心をもって進んでいった。
17層...フィールド壊滅、敵対モンスターなし。
18層...フィールド壊滅、敵対モンスターなし。
19層...フィールド壊滅、敵対モンスターなし。
そして気づけば国内最深の階層へと辿り着いていた。
20層。現時点で国営の探索者パーティーを除けば世界的にも到達した民間パーティーがほとんどいない探索者たちにとって目指すべき目標の一つ。
もし今回20層到達を示すなんらかの証拠を持ち帰ることが出来れば
「...まさかこんな形で辿り着くことになるとは」
「だな。運がいいのか悪いのか」
「イレギュラーな手段ではあるけれど実績は実績よ。できれば20層であることを示す素材か可能なら21層への鍵が欲しいところだけど...」
「流石に厳しいかも」
「目先の欲に眩んで本質を見逃すようではいかん。それに儂らが苦戦した
野営の時に聞いた話だが緋色の皆さんが20層に到達できなかった理由の一つが複数で行動する
単独であれば討伐できても群れを相手にするとなるとその難易度は格段に跳ね上がる。人喰い鬼の群れとの戦闘で毎度撤退する運びとなっていたらしい。
「
「別に無理に討伐することはないよ。今回は調査と割り切って全員で情報を持ち帰ることを最優先にしてくれ。無駄に命を散らす必要はない」
「はい」
「...ふぅ、それじゃあ行こう」
雄二さんを先頭に20層へと侵入していく。視界を埋め尽くすのは――――破壊されつくしたフィールドだった。
倒壊している木の一つ一つがかなりの大きさであることから元は樹海のような場所であったと予想される。
立ち上る土煙の中で目を凝らして周囲を警戒するが物音一つない完全な静寂。
「...いない、か」
雄二さんの一言がどこか、ひっかかる。
「とりあえず進んでみよう」
なんだ?何が引っ掛かっている?
「全員、足元にも注意してくれ。土煙が上がっていて足元が見えないからな」
っ!それだ...!これまでのフィールドは同じように壊滅していても土煙なんて立ち込めていなかった。
なぜか?それは破壊されてからそれなりの時間が経っているから。であれば、今このフィールドで土煙が立ち込めているのはなぜか?
簡単だ。このフィールドが崩壊してから時間が経っていないから。
「皆さん!警戒してください!このフィールドに――――
ドガァアン!!
「きゃっ」「なんだ!」「くっ」
隕石でも落ちてきたかのような衝撃がごく近くで発生する。超重量のナニかが落ちてきた衝撃で辺りに立ち込めていた土煙は吹き飛び視界は鮮明になる。
衝撃が収まった時、
人間の背丈など優に超える長躯
今にも皮膚を突き破らんばかりに膨張した筋肉
身体のあちこちから突き出した血濡れた凶角
醜悪な笑みを浮かべ血走った眼でこちらを見つめるその眼は新たな玩具の登場に喜色を浮かべていた。
凶暴を形にしたような巨人がその手に持つ頑強な金棒を先頭にいた雄二さん目掛け振るった。
すぐさま回避行動に移った雄二さんだが振るわれた棍棒はあまりにも疾い。絶好調の五感が回避が間に合わないことを伝えてくる頃には手がすでに雄二さんの装備を掴み後ろへと投げ捨てていた。
「紫苑君っ!」
叫ぶ声が誰のものかを認識する間もなく全身の骨が砕け散るような特大の衝撃が襲いくる
パン、という小さな音が鳴る。それが体内から発されたと気づく頃にはこの身ははるか遠くへと吹き飛ばされていた
庇った反動で無防備に投げ出された身体はそのひと振りを防御も出来ずもろに喰らってしまった
吹き飛ばされたときに吹き飛んだ意識が着地の衝撃で戻ってくる
再度の衝撃。砕け散った木片が幾つか皮膚を突き破る
内臓がこみ上げてくるかのような猛烈な吐き気を我慢できずに吐き出すと地面が鮮紅に染まった
自分の体の中にこれほどの量の血液があったのかと驚くと同時眼前に迫る絶望をはっきりと認識した
『この量の出血は命に関わる』
朧な意識が死を受け入れるためにさらに霞んでいく
仄かに残る意識で思い出したのは探索者試験の時に初めてオーガと遭遇した時のことだった。
#####
side:佐久間雄二
「皆さん!警戒してください!このフィールドに――――
かなり焦った様子の紫苑君の叫びが最後まで発せられる直前、俺のすぐ目の前の地面が爆ぜた――いや、爆ぜたように感じた。
咄嗟に顔を庇い、その場にしゃがみこんで目の前の爆風を耐えきる。
衝撃が収まってすぐに周囲の状況を確認しようと目を開けると、目の前には暴力をそのまま生物の形に押し込めたような凶悪なモンスターが存在していた。
は?
これまでに会ったどのモンスターよりも殺意にあふれた様相に半歩、動き出しが遅れる。そしてその遅れは致命的なものだった。
昔話に登場する鬼が持つような棘に塗れた金棒が無造作に振られる。身体が回避行動に移るも、巨体の割に速すぎる攻撃に回避が不可能だと分かった俺は少しでもダメージを抑えるべく防御姿勢を取ろうと――――した瞬間、後ろから思いっきり引き寄せられ入れ違いに視界に誰かが飛び込んできた。
紫苑君だ
「紫苑君っ!」
マズいっ!そう思った瞬間には空中で無防備に投げ出された紫苑君の横腹へと無慈悲な金棒の一撃が抉り込んでいた。
轟音と共に吹き飛ばされる紫苑君を気にする余裕もなく、化け物は次の攻撃を仕掛けてくる。
「雄二っ!横に跳べっ!」
源さんの叫びに反射的に飛びのくと振り下ろされた金棒を受け流そうと源さんが飛び込んできた。
「ぐ、おぉぉぉぉおおおおおっ!」
紙一重で受け流しきった源さんだったが、その一撃を受けただけで刀が徐々にひび割れ、砕けてしまった。
次の一撃を放とうと動き出す化け物の動きを阻止しようと信也が横っ面へと奇襲をかけ、数秒の隙が出来たところに急いで後方の二人へと声をかける。
「志穂!後先考えなくていい!最大出力だっ!」
「もう、やってる!」
ちらりと目を向けると最大出力の為に制御に難儀しているのだろう志穂が苦しそうにしている。
「千尋!紫苑君の救助だ!在庫は気にせず
「っ!分かった!」
すぐさま千尋が駆けだしたのを確認して武器を構え前線に戻ると改めて突如現れた乱入者を観察する。
手に持つ武器は棘が幾重にも生えた、まさに鬼の金棒とでもいうべき鉄の塊だ。
人間の身長を優に帰る背丈を持つ化け物の背丈と同じぐらいの長さであることを考えるとリーチはかなり不利だろう。
全身を筋肉の鎧で覆われており、超重量の金棒を軽々と振るっている様からして真っ向勝負は危険すぎる。
志穂の魔法に頼るしかないというのはかなり厳しいが攻撃手段があるだけでも恩の字だ。
「雄二、大神は?」
「千尋に行ってもらった。在庫は気にするなと言ってある、問題はないよな?」
「あたりまえだ」
「では、なんとか隙を作り出して魔法を見舞って貰わねばなるまいな。その効きによっては撤退もありうる」
「あぁ」
とはいえ、炎がよほどの弱点でもない限り最終的には撤退するしかないだろう。
この化け物に挑むには最低でも上位探索パーティーがあと2つは必要だ。それでも最低限下手したらそれでも死人が出る。
今の俺たちだけで勝とうなんて不可能に近いだろう。それほどの威圧感を感じる。
「3人ともっ!10分耐えて!そしたら吹き飛ばしてあげる!」
「了解!...信也、合図が来たら閃光玉を使え。確実に当てる」
「いいぜ大盤振る舞いだ!」
「志穂!閃光を使う!目がくらまないように注意しろよ!」
「了、解っ!」
「お二人さん!来るぞっ!」
源さんの声と同時、ニヤニヤと喜色悪い笑みを浮かべたまま化け物は源さんの方へと突っ込んできた!
全身に搭載した筋肉のなせる業か、やはり巨体に反してかなり速い。
源さんに対し、再度の叩きつけ
紙一重でそれを受け流す源さん
大ぶりの一撃の後で隙の大きいその巨体へと側面から胴体を狙って剣を振るう
反対側でも同じように信也が両刃の大剣を横なぎに振っていた
「はぁっ!」「オラァッ!」
裂帛の気合いと共に放った渾身の一撃は皮膚を切り裂くことはできたがその下の分厚い筋肉を断つには至らなかった
「はっ!」
金棒をいなした源さんは小刀を顔面へと全力で投擲する
が、しかし目を的確に狙ったその一撃は軽く首をひねるだけでよけられてしまった
今度は剛腕による横なぎの一撃
攻撃の為に近づきすぎた。ここは一度耐えてその後隙を――
「っ!いかん!避けるんじゃ!」
「は?――」
盾を構え万全の防御であったはずなのにまるで無防備なまま殴られたかのような絶大な衝撃
身体が吹っ飛び着地の衝撃で一瞬、意識が飛んでしまう
ぼやける視界では信也も大剣を盾にして受けてしまったらしい
大剣は半ばほどから粉々に砕けていた
左手に手を向けると、盾はひしゃげ、指が2,3本いかれてる
一撃で、これか...
使い物にならなくなった左腕を庇ながら立ち上がると収納袋から中等級の
完治までは待っていられない。今も一人で耐え忍んでいる源さんの負担を少しでも減らすために突貫した
「うぉぉぉぉおおおっ!!!」
どれぐらいの時間が経っただろうか?一撃でもまともに食らえば死ぬ。そんな暴力の嵐の中をなんとか時間を稼いでいるとついにその時が来た。
「準備完了!いつでもいけるわっ!」
「っ!信也!」
「全員!目ぇ瞑れっ!」
化け物の眼前へと投擲された閃光玉が眩い光で辺り一帯を包む。次に目を開けたときには視界を奪われた化け物が怒り狂いところかまわず暴れ狂っていた。
「志穂ぉっ!」
「これで終わりよ
周囲を無差別に焼き尽くす超高温の豪炎が着弾と共に一層激しく燃え上がる。志穂が現状打てる最高火力の魔法は発動したが最後、着弾した対象を燃やし尽くし辺りを緋の灰で覆いつくした。
尽きない豪炎の中で苦しみ悶える影がやがてゆっくりと地面に倒れ伏す。ようやく、終わった。
弛緩した緊張感の中で次の行動に移ろうと踵を返して口を開く。
「ひとまず、紫苑君の無事を確認しに行こう。もうこの階層には敵性モンスターはいないと思うけど各自油断せず――――」
%△!!$$%〇#$〇&●〇%△&●%□”△●$%△!△$$●△%●!!!!
言い終わる前にこの世のものとは思えない大音量の絶叫が灰塵と化した化け物の骸があった場所から轟いた。
振り向くとそこには倒れ伏したはずのやつが立ち上がっている。
「嘘、だろ...」
「おいおいおいおい!」
「悪鬼めが...!」
「そんな...」
無傷とは到底言えない。全身が黒く炭化し、所々がボロボロと崩れ去っている。誰がどう見ても致命傷。それでもそいつは両の足でしっかりと立っていた。
%△!!$$%〇#$〇&●〇%△&●%□”△●$%△!△$$●△%●!!!!
声にならない叫びをあげて、最早見えていないだろう視界をがむしゃらに暴れながら駆け出した。その先には――――志穂がいた。
「っ!志穂っ!逃げろぉっ!!」
「っ!」
すぐに回避しようとする志穂だったが間に合わない。スローモーションのように時間の流れががゆっくりになる。
粉骨砕身の凶悪な一撃が今まさに志穂に襲い掛かろうとした瞬間――――
ドガァアン!!
瀕死の怪物は彼方へと吹き飛んでいた。
「ぇ...?」
あまりの出来事に脳の処理が追い付かない。なにが起こった?
「間に合って良かったです」
鮮血に塗れボロボロの装備で淡々と、しかし余裕に満ち溢れた声でそう言いながら俺たちの窮地を救ったのは、紫苑君だった。
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