第33話 暖かな日常と一抹の不安
目を覚ますと見慣れた天井が視界いっぱいに広がる。
「寝てたか...」
気だるい体をベッドに投げ出したまま少しの間放心していると右半身にだけ感じる温もりがあることに気づいた。布団の中の同居人の顔を拝もうと布団をめくるとそこには右半身に抱き着くように丸まって寝ているみはるがいた。なんとも幸せそうな寝顔で口の端から涎を垂らしている。
「まったく...しょうがないな」
布団をめくったことで中に入り込んでくる冷気からなんとか逃げようとモゾモゾと動いている妹を気遣いながら体を起こして時計を確認すると午後6時。もう夕飯の時間だ。
「みはるー?起きないと夜寝れなくなるぞー」
体を揺すってみはるを起こす。寝る前の記憶が確かなら楓さんが夕飯の準備をしてくれているはずあんまり待たせるわけにもいかない
「ぅ~?あ、おにいちゃ...おはょ」
寝ぼけ眼のみはるが目をくしくしと擦りながら大きな欠伸をする。そしてそのまま抱き着きなおすと二度寝を決め込もうと――――
「いやいやみはる夕飯の時間だよ。楓さんが準備してくれてるから待たせないように起きよう、な?」
「......だっこ」
うつぶせのまま両手だけがだらしなく伸ばされ連れていけと催促してくる。もう小学5年生になる女の子がこんなにも兄離れできなくていいのだろうか?
一抹の不安を抱きながらも妹に甘えられて断るという選択肢は自分の中になかった。
年の割に小柄なみはるを抱えることは容易で軽々と抱きかかえてリビングの方に向かう。短い廊下を歩きながら調理をする生活音が耳を打った。
「あっ起きたんだ。おはよう二人ともご飯もうできてるから」
「おはよう、楓さん。夕飯ありがとう」
「どういたしまして。それより一度顔でも洗ってきたら?二人ともまだ眠そうよ?」
促されるままにみはるを連れて洗面所へと向かい顔を洗う。氷を直接喰らったかのような強烈な冷たさが夢うつつだった意識を現実へと引き戻す。
みはるもどうやらすっかり目が覚めたようで満面の笑みで鼻歌を歌っている。
「ご機嫌だなみはる」
「うん!お兄ちゃんがいるから!」
「...そっか...家空けちゃってごめんな。寂しかった、よな?」
「ホントだよ!スゴイ寂しかったし心細かった...でも、また行くんでしょ?」
こちらを見つめる瞳は不安で揺れていて、一縷の望みに賭けるかのようになにかを願っていた。それが何か知っている、だけど今の自分にその望みを叶えるだけの力はなかった。だから優しく諭すように口を開く。
「うん。行ってくるよ」
しょんぼりとうなだれてしまったみはるの頭に手を置いてやさしく撫でる。
「もうすぐクリスマスだ。サンタさんへのお願いはもう決まった?」
「...まだ」
「ならなにが欲しいか、うんと悩んでみな。みはるは今年もいい子だったからきっとサンタさんもみはるにプレゼントを渡したくてうずうずしてるはずだから」
「...うん」
「今度の探索が終わったら楓さんと三人でどこかに出かけよう。楓さんとも話してたんだ。だから...行きたい場所、考えといてくれるか?」
「行きたい場所...」
「うん。みはるが行きたい場所」
「わかった。考えとくね」
「うん」
「でも、お兄ちゃんあんまりそういうの言わない方がいいんだよ。みさきちゃんが教えてくれたけどそういうのシボーふらぐ?って言うんだって」
「あはは、大丈夫だよ。兄ちゃんはみはるを置いていったりなんて絶対しないから」
「うん!だよね!うーん、クリスマスかぁ。プレゼントどうしようかなぁ。ねぇお兄ちゃんはいいプレゼントのアイデアある?」
「うーん、みはるが今一番欲しいもの、とかでいいんじゃないか?」
「えーだってそれ、もうみはる持ってるもん」
「...? 持ってるのに欲しいのか?」
「うん!」
「気になるなぁ、兄ちゃんにも教えてくれないか?」
「んふふっ、ひみつ!」
「そっかぁ、秘密かぁ」
先程までの沈み込んだ表情が消えたのを確認して楓さんが待つ食卓へと戻っていく。さて、クリスマスプレゼントどうやって聞き出そうか。
#####
夕飯は天ぷらだった。サクサクの衣に包まれたエビや薩摩芋、かぼちゃなどの多種な食材をいただきながら三人で和やかに談笑していると、つけっぱなしのテレビから気になるニュースが耳に飛び込んできた。
「――次のニュースです。数年前より進行していました未成年の探索者志望向けの学園建設計画についてです。本日はスタジオに計画の総責任者であり、5大財閥の一角として国内のダンジョン産業を一手に引き受ける
「本日はよろしくお願いします」
液晶の中で優雅に一礼したのは実年齢である40手前といった風情を感じさせない随分と若々しく穏やかな印象を抱かせる男だった。
ニュースのスタジオでは大物の参加に緊張し、ぎこちない様子を見せる人が多数で画面越しでも緊張感が伝わってくるようだった。
「ふぅ~ん、探索者用の学園なんて建ってたんだ。全然知らなかった」
「そうね、うっすらと聞いた覚えはあったけどたしかダンジョンが出てきた初期に反対運動が起きたんじゃなかったかしら。未成年を危険に晒してる、みたいな。もう始まってたのね」
自分が探索者をやっているということもあり、みはるも楓さんもこのニュースにはかなりの関心を寄せているようだ。
「いや、たしかまだ生徒の受け入れは始めてなかったんじゃないかな」
「そうなの?」
「うん、やっぱり色々面倒事もあったみたいだし5大財閥直属の運営ってことで学園の規模がすごく大きくなりそうだからこの間まで建設中だったはずだけど...」
聞きかじった知識でそんな風に会話をしていると学園について簡単なVTRが流れ、進行役の女子アナが壬祁 朝臣へと質問を始めた。
「早速ではございますが、壬祁さんに学園について詳細を窺っていきたいと思うのですがよろしいでしょうか?」
「はい、もちろん。といってもどこから話し始めましょうか...そうですね、では学園建設の大まかな目的から話していきましょうか」
「お願いします」
「やはり、良質かつ可能な限りの安全を確保したうえで国内の探索者全体の水準を上げるためですね。現状、国内の探索者というと皆さんが思い浮かべるのはメディア露出もしているような国内探索者全体の中でも上位の実力を持った方々でしょう」
「そうですね、関東でしたら
「彼らは皆かなりの経験を積んだ強者達ですが全体の割合で見ると非常に少数です。そしてじつは探索者になること自体は未成年でも可能なんですね」
「そうなんですか!?」
「えぇ、親の同意という一応のセーフティはありますが親御さんからの許可が出れば不可能ではないんです。めったにないケースではありますがこれは非常に危険なことです。なんせダンジョンは命がけで探索しなければならない。警察や自衛隊ですら命を落としかねないような非常に危険な場所ですから」
「未成年の探索者の方というのは実際にいらっしゃるんですか?」
「えぇ、成人間近で待ちきれなかった成人式直前の17才の方達を除けば非常にごく少数ですが存在します。世界的にも最年少記録保持者が数か月前にわが国で更新されました」
「そうだったんですね...ちなみに年齢などは?」
「個人情報に抵触しますので」
「ですよね、申し訳ございません。気を取り直して続きをお願いします」
「えぇ、肉体の全盛期と言われる20代前半から経験や技術が豊富になる30代後半。一部の例外を除いて、探索者の職業寿命というのはスポーツ選手などと同じくらいあるいはそれ以上に短いです。ですから我々5大財閥が将来、探索者を志す未来ある若者をサポートすることでダンジョン産業の活発化を図ろうというのが本来の目的ですね」
「なるほど、先々までを見越した素晴らしいお考えだと思います。それでは次は学園の――――」
「ねぇ、もしかして今言ってた最年少記録保持者って...」
よほどびっくりしたのか箸を止めて楓さんがこちらを見てくるがそもそも更新される前の最年少記録が分からないので何とも言えない。
「どうだろう?元々の最年少記録が分からないしさっきの話だと少ないけど他にも未成年の探索者はいるっぽいし違うんじゃないかな」
「そうかなぁ?うーん、まぁ...そう、かも?」
納得のいかなそうな顔をしている楓さんは海老天を口に運びながら再びテレビへと視線を映した。会話に入らずに静かに食事を続けるみはるに目を向けるとテレビにくぎ付けになっている。その集中力に少しだけ嫌な予感を覚えたが深く追及はせずにそのまま天ぷらへと手を伸ばした。
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