第31話 ただいま


「フゥー...討伐完了、だな」


 信也さんの声を聴いて警戒を少しだけ緩める。周囲を見渡しても他のモンスターが寄ってきている様子はない。


「雄二は?」


 千尋さんの言葉にハッとなる。蔦鰻セルマンギーユとの戦闘の途中で乱入してきた孤狼アインズヴォルフを雄二さんは一人で相手にしていたはず。


「こっちもなんとかなったよ」


 茂みをガサガサとかき分けながら雄二さんがこちらへと来る。その向こうでは生き絶えて屍を晒している孤狼がいた。


「みんなお疲れ。乱入が孤狼一体で済んだのは運がよかったな」


「そうじゃのう。小物が複数群れをなして来るよりはよっぽど対処しやすい」


「解体はどうする?」


「魔石だけでいいかも孤狼も蔦鰻も素材の依頼は無かった」


「ふぃーやっぱヌシになりゃ10層でも歯ごたえあるな」


 今しがたヌシを討伐したばかりだというのに緋色のみんなは通常運転。対して自分は息を整えるので精一杯だ。

10層ぐらいじゃヌシの討伐でさえ余裕を持っていられる。これが民間上位の探索者。

...どうやら自分はいつの間にか勘違いしていたらしい。探索者になって3ヶ月も経たない新参者が役に立つぐらいの活躍は出来るかもとありえもしない理想を。


「紫苑君もお疲れさま。いい動きだった」


「...ありがとうございます。でもまだまだです」


「ま、反省もあるだろうが今はいいじゃねぇか。それより宝箱、開けようぜ」


 雑に背中を叩いて信也さんが話題を変えてくれた。今はその大雑把さがありがたい。

周辺の警戒をしつつ討伐した孤狼と蔦鰻の魔石を回収すると、いつの間にか現れていた木製の宝箱の前に全員で集まる。

リーダーの雄二さんが代表してみんなの期待の眼差しを背で受けながら宝箱を開けた。


「おっいいねぇ!中等級のポーションが入ってるじゃねぇか」


「ん、品質はまぁまぁだけど鉄製のナイフも入ってる」


 信也さんと千尋さんの言葉通り宝箱の中にはヌシ討伐の証である11層へと続く扉を開けるための鍵と一緒にポーションと思しき小瓶と日の光を反射して輝く新品のナイフが入っていた。


「宝箱って武器が入ってることもあるんですね」


 前回5層で小鬼ゴブリンのヌシを討伐した時には宝箱には鍵の他にポーションが一つしか入っていなかったため知らなかったが武器が入っていることもあるらしい。


「まぁ武器が入ってることは稀ね。大体は遺物が一つか二つ入ってるだけよ。一説では討伐難易度が高いヌシ個体ほど宝箱で良いものがドロップするって噂があるけど、まだあくまで噂レベルね。しっかりとした根拠があるわけじゃないみたい」


「武器が入っていたら宝箱の形状で分かりやすいからのぅ。見分けは簡単じゃよ。今回のナイフぐらいのサイズじゃ箱の大きさは変わらんが剣や槍が入っていたなら箱も相応に大きくなるからの」


 ぽつりと零れた疑問に志穂さんと源次郎さんが答えてくれた。


「それじゃあ紫苑君、鍵を使ってくれ」


「はい」


 差し出された鍵を手に取ると鍵は手の上で溶けるように消え、それとほぼ同時に右手の甲の紋様が淡く光り輝いて5という数字が10に書き変わった。


「おめでとう!これで紫苑君も立派な探索者の仲間入りだな!」


「...ありがとうございます」


 探索者全体の共通認識として10層の踏破が一人前の証のような扱いを受けることがある。5層付近で足踏みをしている探索者もいる中で10層を踏破できたというのは客観的に見ても大きな進歩だろう。まぁ、今回は緋色のみんなに助けてもらってばかりだったのでいまいち実感が湧かないけれど。


「よし、それじゃ今回の探索の目的は達成できたわけだし撤収しようか。なにか意見は?」


 特に異論はでなかったためその日の探索はそれで終わった。道中、厄介なモンスターに遭うこともなくサクサク討伐しながら寄り道せずにダンジョンを脱出した。ダンジョンを出た頃には日が傾き始め夕焼けが空に映えていた。


「それじゃあ紫苑君次もよろしく頼むよ」


「ゆっくり休めよ。疲れ溜まってるだろうからな」


「新人とは思えないぐらいいい動きだったわ、次もよろしくね」


「ん、また一緒に行こう」


「あまり無理はせんようにな。坊主は見ていて少し危なっかしいからの」


 緋色のみんながそれぞれに労いの言葉をかけてくれる。その人柄の良さがとても心地よく、自然と口角が少し上がった。


「色々と勉強になることばかりでした。ありがとうございます。次もよろしくお願いします」


 ペコリとお辞儀をしてその日は解散した。2日間の稼ぎは思ったより少なかったけれど多くの学びがあったいい探索だったと思う。



#####



 有明荘に着くと見慣れた後姿が軒先で掃除をしていた。それほど離れていた時間が長いわけではないはずだけどそれでも言いようのない懐かしさを感じてしまう。歩みが自然と早まるのに任せてその後ろ姿に声をかけた。


「ただいま、楓さん」


「!おかえりなさい紫苑君」


 花咲くように笑って出迎えてくれた楓さんの姿に少しだけ、ほんの少しだけ母さんの面影を見た気がした。おかしいな、今までそんなことなかったのに...

緩む涙腺を強引に誤魔化して話を続ける。


「みはるはまだ学校、かな?」


「えぇ、今日は友達と少し遊んでくるって言ってたからまだ帰ってこないんじゃないかな」


「そっか...じゃあ部屋にいるよ。夕飯準備しないと」


「だーめ。今まで頑張ってきたんだからちゃんと休むの。夜ごはんなら今日は一緒に食べよ?私が準備しておくから、ね?」


「でも...」


「でもじゃないの!いいから、ほらお風呂でも入ってきて。そしてゆっくり休んで」


 決して強い口調じゃないはずなのにその言葉に抗う事は出来なかった。背中を押されるがままに玄関の鍵を開ける。

落ち着く匂いが鼻腔をくすぐる。あぁ、自分は帰ってきたのだとどこからともなく実感が湧いてくる。


 風呂から上がるとどっと疲労の波が押し寄せてきて抗うことは難しかった。楓さんが台所で料理をする音を聞いていると小気味のいいその音に合わせてまぶたの重心が落ちてくるのを感じる。まぶたが落ちきるのと意識が暗がりに落ちるのは同時だった。

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