第30話 10層のヌシ


 食事をしながら緋色の獣狩りスカーレットシーカーの皆といろんな話をして過ごした。


「そういえば10層のヌシってどんなやつですか?」


「ん?あぁ...5層ではゴブのヌシを倒したのか?」


「はい」


 三浦さんの質問の意図を考えていると櫻井 千尋さんと櫻井 志穂さんが話に入ってきた。


「紫苑、少し勘違いしてる」


「そうね、5の倍数層にヌシ個体が生息していて討伐時に次層へと続く特別な扉の鍵を落とすっていうのは知ってるわよね?」


「はい、遭遇率が低くダンジョン探索の進みが遅い原因の一つだと学びました」


「えぇ、でもヌシ個体が階層に複数いることもあるって教わったでしょ?それは同種の中に複数のヌシ個体がいるんじゃなくて別種のヌシ個体が複数存在してるってことなのよ」


 5層を例に考えると、5層には小鬼ゴブリンの他にも森雀リェス=バラベーイ牙鼠ファングラットなども生息している。そしてその中にヌシ個体がいるわけだが、ゴブリンの中にだけヌシ個体がいるわけではなく、森雀や牙鼠の中にもヌシ個体がいるということ。


「つまりその階層に生息しているモンスターの種類分のヌシ個体がいるってことですか?」


「そういうことだ。とはいえ、全種のヌシが揃ってることは稀だけどな。探索者俺たちが血眼で探してるし、どうやらヌシが討伐された後は新しいヌシが生まれるまでそこそこ時間が必要みたいだし」


「今回の狙いは蔓鰻セルマンギーユよ。10層じゃ一番穏やかな気性だし厄介な魔法を使うこともないしね」


「ん、樹海にしかいないレアもの」


 千尋さんの言葉に首を傾げる。


「樹海?森林ではなく、ですか?」


「ん、スミダは5~9層は森林だけど10層は樹海エリアと判断されてる。さっきまでより樹が多い」


 言われてみれば確かに樹々の密度は先程の9層までよりも高くなっている気がする...ような?首を傾げていると三浦さんがそれを察したかのように補足してくれる。


「たしかに分かりにくいが森林と樹海じゃ出てくるモンスターも変わってくる。見分けには慣れが必要だが早いうちにこういう環境の変化は見分けられるようになってた方がいいぞ。場合によっちゃ判断ミスが命取りになるからな......まぁ、ダンジョンの中じゃそれはどこも一緒か」


「樹の密度以外で見分ける方法は無いんですか?」


「今回のヌシの目標でもある蔦鰻セルマンギーユなんかは樹海にしか生息しないっていう特徴を持ってるわ。そういう特定の環境下でしか生息しないモンスターを見かけたら環境の特定は可能でしょうね。あとは探索証のマップ情報を買うとか...あぁ植生で見分ける人もいるわね」


「マップの情報を買うのが一番楽」


「だな。パーティーで分担して買えば個人の負担も減らせるしな」


「なるほど」


 そんな風に探索をするうえで有益な情報を緋色の皆は惜しげもなく教えてくれた。いつの間にかお互いを名前で呼び合い就寝の時間まで会話が途切れることはなくその居心地の良さに自分の気持ちが揺れ動いていることに気づく。このままソロとして探索を続けていくのか、それとも.........



#####



 翌日、野営の後始末が終わったあと佐久間さん、改め雄二さんの一声で再び探索へと動きだした。


「今日の目標はヌシ個体の討伐だ。目標は蔦鰻だけど直近で討伐されてまだ復活していない可能性もある。だから他のモンスターのヌシ討伐も視野に入れていこう。とにかくモンスターの痕跡を見逃さないように注意してくれ」


『了解』


 それから数時間何度かモンスターとの戦闘がありつつ、蔦鰻の痕跡を注意深く観察して探す。事態が大きく動いたのは地上時間で午後1時を過ぎたあたりだった。源次郎さんが本日何度目かの蔦鰻の痕跡を見つける。これまでよりも明らかに大きなに場の空気が一段と引き締まった。


 細心の注意を払ってその痕跡を追った先に.........いた。


蔦鰻セルマンギーユ

 その名が示す通りにウナギに非常によく似た姿をしている。全長は大きいものになれば4mを超える。普段はその身に植物の蔓を自身の姿がすっぽり隠れるまで纏っており、生活している。気性は穏やかだが身の危険を察知すると反転攻撃的になる。

 主な攻撃手段は身体全体を使った体当たりや尻尾の薙ぎ払い。一見して打撃的な攻撃に思われるが蔦鰻が纏う植物の蔦の中には鋭い棘がついているものなども多く、攻撃を受けたら人間の皮膚を容易に切り裂く鋭さを持っている。


 発見した蔦鰻セルマンギーユはヌシ個体ということもあって最大全長の4mを優に超え、目算では6,7mはあるように思われる。

悠々と空中を泳ぎながらどこかへと向かっている


 その姿を目視で捉えると少し離れた位置で声を潜めて作戦を練る。


「まずは俺と信也で先制を取る。志穂は頃合いを見て詠唱に千尋は志穂の傍で他モンスターの接近に警戒しながら支援してくれ。源さんと紫苑君は怪我に注意しつつ蔦を斬り落としていってくれヌシレベルとなると蔦が邪魔で本体に攻撃が届かないだろうから。二人がある程度蔦を斬り落としたのを確認したら志穂の魔法で本体を叩く。俺と信也はヌシの目の前に出て注意を引いておくから。何か意見は?......じゃあ作戦開始だ!」


そういう言うや否や雄二さんと信也さんはヌシへと特攻し、重い一撃でヌシの注意を引く。


ヌシの視線が二人を捉えたのを確認すると志穂さんは詠唱に入る


「行こうか坊主」


短い言葉。だけど意図を察するには十分だった。


詠唱の開始を視界の端にとらえながら駆け出す。狙うは内臓ワタがある中心部の蔦


源次郎さんがより攻撃の激しい尻尾の方へと駆けるのを見ながらも初撃、斧の一撃を叩きこんだ


手応えは薄い


数本の蔦がパラパラと地面に落ちるがまだまだ本体まで遠い


続けざま左手に持つ鉈で今度はその蔦に覆われた表面のみを狙うように調整して斬撃を見舞う


先程よりも多くの蔦が宙へと舞う


「よしっ」


より確かな手応えに小さく感想が漏れた時、千尋さんの声が耳に届いた


「孤狼が来てる!応援お願い!」


一瞬の空白――その隙を見逃すほどヌシは甘くはなく、蔦を纏うその身が唸ったかと思うと想像よりも素早いタックルで突っ込んでくる


(思ったより早い!横っ飛びじゃ間に合わない!)


反射的に大きく上体を逸らし膝を大きく曲げて倒れ込まないようにバランスをとる


目の前を鋭い棘を含んだ蔦の束を通過していく


顔すれすれで攻撃を避けながら雄二さんの声が耳に届いた


「孤狼は俺が行く!全員ヌシに集中!千尋は引き続き周囲の警戒を怠るな!騒ぎに釣られて何匹か来るかもしれない!」


「了解!雄二も気を付けて!」


返事をする余裕はないがなんとか斬撃を見舞いながら少し距離を取ると今度は志穂さんの声が飛んできた


「詠唱完了!いつでもいける!」


「尻尾の方の蔦はあらかた斬った。そこそこ危険度は下がったじゃろう」


「おう!紫苑の方はどうだ!」


「魔法ちょっと待ってください!2分で片づけます!」


「いや徐々に注意が俺から紫苑と爺さんに移りつつある!三人で一気に片ぁつけるぞ!」


『了解!』


三浦さんの一声に狙いを絞る。狙うはさっき傷をつけた腹部のあたり


源次郎さんの鋭い斬撃が太い蔦のほとんどを斬り飛ばす


信也さんの力強い一撃が広範囲の蔦にダメージを与えつつ内部の本体まで衝撃を届ける


そして両の手に持つ歪な二刀流で残った蔦の悉くを手数で本体から切り離し灰褐色の皮膚を空気にさらした


「避けて!」


その声に反射的に身を投げ出すと数秒後にすぐ横を火球が通り過ぎた


その火球はこれまでよりも凝縮され加速しながら露出した蔦鰻の皮膚に着弾すると周囲の蔦を焼き払いながら爆散した


流石のヌシもこれには大きなダメージを受けたようでのたうちながら暴れている


しかしまだ致命傷とはいかないらしい、怒りのままに最も近くにいた自分に頭から突っ込んでくる


即座に身構えると、その目の前に源次郎さんが飛び込んできた


「ちょいと失礼仕る」


源次郎さんは突っ込んでくる蔦鰻の頭に横から刀を突き刺し貫通させると――


大曲オオワダ


流れるように身体を捻り突っ込んできた頭のベクトルをずらして地面へと叩きつけた


「よし!ここで決めるぞ!」


 少しだけその鮮やかな技に見とれたが信也さんの一声で我に返ると、薙刀を構え近接戦に参加した志穂さんと同時に瀕死の蔦鰻セルマンギーユの息の根を止めるために鉈を振るった

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る