第29話 優しい味


 ある時は森狐フォレストフォックスの群れを


「一体抜けた!大神頼む!」


「了解です!」


「...魔法準備できたわ!いつでもいける!」


 ある時は猩々熊の番を


「速くて狙いが定まらない」


「俺と源次郎さんで千尋たちを護衛する!信也!大神君!深追いは禁物だぞ!」


「分かってる!」「はい!」


 8層で唐突に猩々熊と孤狼に出会って以降はそれまでの戦闘とは打って変わって苛烈な戦闘が続いた。流石に無傷というわけにもいかず、擦り傷や打撲を作ってしまったが全体的に見れば重傷者はおらず戦闘の連続で多少ペースは落ちたが1日目の夕方には10層へと下る階段まで到着していた。


「うん、いいペースで来れたね。今日は階段付近で休もうか」


「あぁ事前に立てた計画とほぼ誤差なく来れてる。大神が予想よりも出来る奴だったおかげだな」


 三浦さんはああ言ってくれてるがやっぱり足を引っ張ってしまっている部分も多い。特に連携に関してはフォローされることはあってもフォローすることは無かった。

佐久間さんの指示のおかげで大きなミスにつながることは無かったが、役に立ててるとは言いづらい状況だ。


 まぁ、数年間一緒に探索をしてきたパーティーの中に入っていきなり完璧な連携が取れると思う方が烏滸がましいかもしれないが...もしかしたら今後こういう形で他のパーティーと連携をとる機会が増えるかもしれない。その時今と同じではダメだろう。


「いえ、まだまだフォローしてもらうばかりで全然です。それに結局途中から荷物も持っていただいてますし...」


「あれはアイテムバッグが便利すぎるだけよ。長期の探索だと荷物の重さはとにかく重要だから削れるところは削っていった方が効率がいいのは当然でしょ?」


「むしろ意地になって足を引っ張るより何倍もいい。いい判断」


 たしかに緋色の皆さんの言う通りの部分もある。深く息を吸って落ち着こう。焦ってもメリットはない。今はただこの恵まれた環境から多くを学んで今後に活かすための時間だ。


「少し気になっていたのですがどうやってそんなに遺物を入手したんですか?話したくないのなら無理にとは言いませんけど少し気になってしまって」


 話題を切り替えよう。淡々と野営の準備を整えながら近くで作業をしていた三浦さんに聞いてみた。


「あーそうだなぁ、あんまり吹聴するようなことではねぇんだが...まぁ、大神ならいいか」


 しょうがねぇなぁと言わんばかりににやりと笑ってから三浦さんはその時のことを話してくれた。


「ありゃぁ確か俺たちが5人でパーティー組んでから1ヶ月ぐらいの時だったか。8層で猩々熊の巣の調査をしてた時だ」


「巣の調査、ですか?」


「あぁ、その頃には俺たちもスミダじゃ大分注目を集めるようになってたからな。大神に声をかけるきっかけになった匿名依頼があるだろ?あれと似たような依頼であったんだよ」


「そんな依頼もあるんですね」


「おう。今後お前も依頼される時が来るかもな。そんでだ。巣の調査のために8層をうろうろしてたら全く情報になかった隠しトラップに引っ掛かっちまってな。

一気に12層まで落とされた」


 何でもないことのように言ってるが当時はかなり絶望的な状況だったんじゃなかろうか。

たしかにダンジョン内のトラップの中には現在の層よりも深い層へと探索者を強制的に飛ばす罠もある。そして飛ばされた先で自分の実力以上のモンスターに遭遇し殺される。そんな深い層に飛ばされる準備なんてしてあるはずもないわけで...ダンジョン内の罠の中でも致死率の高さじゃ1,2を争う罠だ。


「よく無事でしたね...」


「いや、実際かなり危ない状態まで追い込まれた。なんとかなったのは源次郎の爺さんがいてくれたおかげだな。戦闘面でも精神面でも頼りになったよ。それでその当時は民間だとスミダの最深層は11層だったからな。国営のパーティーはもっと深いとこ潜ってたし12層はほぼほぼ手つかずの状態だったわけだ。その時に遺物をしこたま搔っ攫ってきたって訳さ」


「なるほど...」


 三浦さんから聞いた話は興味深かったけど実際に体験するのは絶対にごめんだ。ただでさえソロで危険は増しているのにそんなことになったら生き残れるかはかなり怪しいだろう。


「なになに?なんの話をしてるの?」


「信也、手を動かす」


「俺も気になるな、信也だけ大神君と話すなんてズルいぞ」


「はっはっは、坊主は大人気じゃのう。どれ儂も混ぜてもらうとするか」


 それぞれに割り振られた役割をこなすために散開していた緋色の皆さんも仕事が片付いたようで茶化しながら集まってきた。


「おう、バッグを手に入れたときの話だよ。あん時は大変だったな、てよ」


「あ~あれはホントにヤバかったわよね。なんど死を覚悟したことか」


「ん。絶体絶命だった」


「そんなこともあったのぅ。儂もあの時のことは鮮明に覚えておるよ」


 志穂さん、千尋さん、白柳さんはうんうんと頷きながら感慨深そうに口をそろえてヤバかったと言っている。一方で...


「え?そんなにやばかったっけ?俺は12層に一番乗りできてラッキーぐらいだったけど...」


 ポカンとした佐久間さんに緋色の皆さんは一斉にジト目を送り呆れていた。


「はぁ...」


「これだからダンジョンバカは...」


「...」


「流石にあれをラッキーで済ませるのはのぅ...」


 そんな一幕がありつつも野営の準備は着々と完了し地上時間で20:00を迎える頃には野営の準備は完全に終わっていた。


「じゃあ食事の準備も出来たことだし、さっさと食べて交代で番をしつつ休もうか。当番は二人ずつ2時間おきに交代しながら回していこう」


「えぇ、じゃあ一人ずつ渡していくから」


 志穂さんがそう言うと、バッグからアルミに包まれたボリューミーなサンドイッチを取り出し始めた。

それを見て自分も保管して貰っていたリュックからドライフルーツを取り出す。


「はい、大神君の分」


「...え?」


「どうしたの?」


「いえ、まさか自分の分まで用意して貰っているとは思わなかったので」


 少し困惑していると佐久間さんが疑問に答えてくれた。


「一応、俺たちが依頼している立場だからね。そりゃ食料や水ぐらいは負担するさ」


 それに続くように三浦さんから声をかけられる。


「まさかそのドライフルーツだけで凌ぐつもりだったんじゃねぇだろうな?」


「えーと...道中で食料系のモンスターを狩ればいいかなと」


「そりゃ長期の探索日程だったらそうするのはよくあるが...2,3日の探索なら食料は持ち込みが基本だぞ」


「たしかに食事時に都合よくモンスターが出てくるわけでもないですしね...あの、ホントに頂いてもいいんですか?」


 その問いに緋色の皆さんは笑顔でこう答えてくれた。


「えぇ、もちろん」


「気にすんな」


「若いもんが遠慮なんぞするでないわ」


「早く食べよ?」


「皆の言う通り、俺たちに先輩面させてくれよ」


 受け取ったサンドイッチはソロ探索では味わえない優しさに満ちた味がした。この人たちと一緒に仕事ができてよかった。

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