第27話 ウォーミングアップ


 5層へ着くとそれまでよりも一段警戒心を強めながら乱立する樹々の間を進んでいく、前衛で進路上のモンスターの警戒をしつつ歩くのは佐久間さんと三浦さん、後ろからの奇襲を警戒するために最後尾に自分と白柳さん、そしてその間に入って前後どちらもすぐにフォロー出来るように真ん中に櫻井さん達といった感じで大まかに2列になって進んでいく。


「止まって」


 佐久間さんの短く静かな一言に全員武器に手をかける。


「...うん、小鬼ゴブリンだね。足跡的に3体。5層この辺で考えるなら一つの群れとしてはほぼ最大かな。現在地から2時の方向」


「樹で視界が遮られてるから確証は無いが鳴き声なんかが聞こえないってことはそこそこ離れてるかもな、どうする?」


「取り敢えず追跡してみようか。6層に行く前に最低でもウォーミングアップは済ませておきたい。皆もそれでいいかな?」


 取り敢えずの行動方針に全員が頷いたのを確認すると佐久間さんは前方の警戒に戻った。

暫く足跡を追いかけるようにして進んでいくと、魔粒子によって強化された耳が自然音とは異なる生物の発する音を捉えた。

それは他の面々も同じだったようで全員静かに武器を手に取った。


「追い付いたか」


 事前の推測通りに数は3体。正直、自分ひとりでも余裕を持って倒せるだろう相手だ。民間最上位のパーティーはどのように討伐するのかしっかり観察させてもらおう、と思っていたのだが...


「大神君頼んでいいかな?」


「自分がやっていいんですか?」


「うん、とりあえず君がどれくらい動けるのかを俺たちが把握しておきたいからね。危なそうだったら助けるけど...」


「いえ、流石に必要ないと思います。動きの確認ということでしたら外套は使わない方がいいですか?」


「いや、普段通りにやってくれればいい。周辺の警戒は俺たちがしておくから多少時間をかけても問題ないよ」


「分かりました。それでは」


 外套を目深に被り周囲の景色に溶け込むのを待つ。完全に溶け込んだのを確認すると出来る限り音を立てないように駆け出した。

今回は周囲との同化にあまり時間をかけていない為、迷彩効果は持って数十秒だろう。それを考えると、木を登って上から奇襲したりする時間は無い。


走りながら手ごろな石を拾ってそれを自分がいる位置とは見当違いな方向に投擲する


突如の物音に驚きそちらを警戒する小鬼たち


最も手近な一体の背後を取ると、鉈の峰を横なぎに思いっきり振りぬいた


ゴキュッ


という鈍い音と共に致命傷を与えた確かな手応えを感じる


背後の異変に気付いた小鬼が振り向くと、その顔に驚愕?の表情を浮かべる


迷彩はとっくに効果切れだろう


(モンスターの表情って分かりにくいな)


驚きから立ち直らないうちにと、今度は斧を正中線に沿うように真正面から叩きつける


固いものが無理やりに砕けるような手応えを感じるが、思ったより深く入り込んでしまったようだ


斧の回収を諦めると、最後の一匹に向けて今倒した小鬼を蹴って行動を阻害する


予想外だったのだろう、慌てる小鬼は手足をバタバタと振り回すばかりで特に意味のある行動をとることは無かった


頸椎に当たらぬように注意して横なぎに一閃


頸動脈を断たれた小鬼は声を上げることも出来ないまま力尽きた


 勢いよく噴き出た血液が服に飛び散らないように素早く離れると、確実に討伐したかどうかを確かめるために警戒しながらゆっくりと近づいていく。

ゴブリンたちが再度立ち上がることは無かった。


#####


「凄いな。見事な奇襲だった」


「ありがとうございます」


 血糊などはダンジョンの分解作用により時間の経過で分解される。そのため、汗や血で衣服が多少汚れてもいつの間にか綺麗になっているので血糊の付いた武器を袖で拭い、刃こぼれなどが特にないことを確認しつつそう答えた。念のため刃を研いでおく必要はあるだろうけど時間がかかってしまうため大きな欠損が無いなら後回しだ。


「ホントはもう何度か大神君の実力を見るために普段通りにやってもらおうと思ってたけれどその必要は無さそうだ。俺たちも早く慣らしてさっさと下へ行こうか」


「編成は?」


 三浦さんの言葉に答えたのは佐久間さんではなく志穂さんだった。


「そうね。この辺じゃ全員で戦っても準備運動にはならないだろうし、いつも通り2:2:1で慣らせばいいんじゃない?」


「そうだな。俺と雄二、志穂と千尋、源さんで1回ずつだな」


「いつも通りじゃの、承知した」


「よし!それじゃ先輩の威厳を保つためにも気を抜かず頑張ろうか」


 話がまとまると、次のモンスターの痕跡を探すために一行は移動を開始した。

5層ではその後、緋色の獣狩りスカーレット・シーカーのウォーミングアップを行ったがあまり特筆すべきことは無かった。

やはりトップクラスの冒険者というだけあって動きに無駄が少なく連携もしっかりとしたものだったが、いかんせんウォーミングアップの相手が彼らにとっては弱すぎた。

実力をしっかり確認出来るのは孤狼アインズヴォルフ猩々熊ショウジョウグマが生息し始める7層からだろう。


「ウォーミングアップは済んだし早速次層へ行こうと思うんだけど、ここからはさっき話したフォーメーションで行く。俺と信也で前方を警戒、中衛に志穂と千尋、最後尾で背後の警戒を源次郎さんと大神君頼んだ」


『了解』


「今回の目標は明日の大神君の10層攻略のためのヌシ討伐だ。今日は10層で野営をするところまで進めたい。それを踏まえて極力モンスターとの戦闘は避ける方向で行こう」


「ありがとうござます」


「いいよ。いずれ必要になるんだから早いか遅いかの違いさ」


お礼を言ってパーティーの後方に回り白柳さんの横に並んで後方の警戒に移る。


「そんなに張りつめんでもいい。警戒を怠らんのは正しいがまだ5層じゃ。足音を立てずに迫ってくるような輩はおらんし今からそんなじゃと下に着いた時がしんどいぞ」


「そう...ですね」


 深くを呼吸をして肩の力を抜く。無駄な力が抜けると視界が少し広がったような気がした。


「うむうむそれでよい」


「ありがとうございます」


#####


Grrrrrrr...


GaaaAAAAA!!



「さて...困ったなぁ」


「おいおいまじか」


「えぇ...?」


「ついてない」


「そうじゃのぉ」


「孤狼と猩々熊の同時遭遇、ですか」


 6層7層を超え、8層も残り半分を切った頃紫苑たちはとんでもない事態に遭遇していた。それまで一度も遭遇することなくやり過ごしてきた10層手前で最強クラスのモンスターと遭遇してしまったのだ。しかも何とも運の悪いことに2体同時に、である。


「さてどうしたものか...」


 リーダーの佐久間さんは何とも困った調子ではあったけれど、それでもその横顔にはどこか余裕が感じられた。

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