第26話 探索開始


 装備の最終確認をし、漏れが無いことを確認して家を出る。扉を開けると早朝特有のひんやりとした空気が肌を突き刺すほどに寒々しい。

朝に弱い妹の心配が頭をよぎるも、今だけは思いとどまって外へと一歩踏み出す。今日から2日間に渡るダンジョン泊探索が始まるのだ。


「よ、早いな」


 スミダ支部についた時には既にスカーレット・シーカーの面々は集まっており、探索用装備に着替えて出発前の時間を各々ゆったりとリラックスして過ごしていた。到着と同時、比較的近くにいた副リーダーの三浦さんから声がかかる。


「おはようございます、皆さんこそ早いんですね」


「いや、今日はたまたまだ。基本的には昼前頃に潜ることが多いからな、ウチは。その証拠にほら...」


親指を立てて、指さした先では櫻井志穂さんが妹の千尋さんの肩に寄りかかって静かな寝息を立てていた。


「ま、今回は2日で一旦戻ってこなくちゃいけないからな。少しでも黒字を出すためには時間を有効に使わなきゃいけないわけだ」


「なるほど自分もすぐに着替えてきます」


「おう、時間を有効にとは言ったが別に焦らなくていい。準備は万全にな」


「はい」


 確かに出発時間には少し余裕がある。更衣室に着くと、てきぱきと着替えを済ませつつ入念に柔軟をして身体をほぐしていく。

柔軟が終わると、装備に不備が無いかの最終確認をしつつ得物を身に付けていく。武器を携帯するための専用のベルトを腰に巻き、その右側にハンマーをベルトの背中側に横向きで鉈と斧を固定する。

そして猩骨凍爪ショウコツトウソウを腕にはめて迷彩蜥蜴ステルスリザードの外套を羽織る。迷宮時計を猩骨凍爪の邪魔にならないようにベルトに巻けば装備完了だ。


 前日までに用意した野営用の荷物も不備が無いことを確認すると更衣室を出た。

更衣室を出ると5対の瞳がこちらに向けられた。


「うん!流石ソロで潜ってるだけはあるね。随分と様になってる」


「なるほどな、迷彩蜥蜴の外套か。確かにそれがあればソロでも多少はやりやすくなるか」


「あら、結構しっかりしてるわね。この感じだと先輩として教えることは少ないかしら?」


「うむうむ坊主は過不足なく探索者じゃったようじゃな、さて後は実践を経て確認するとしようかの」


「あの腕...ガントレット?それにしては随分攻撃的なかたち...気になる」


 スカーレット・シーカーの面々はそれぞれに紫苑の評価を少し上げる。お試しとはいえ、これから2日間の間自分たちの仲間に加わる人物が想定よりも新人らしくないことに嬉しさを覚える。これならばただのお荷物になることは無いだろうと。


「お待たせしました」


「全く問題ないよ。それじゃあ予定より少し早いが準備が万端であるなら早いに越したことは無い。行こうか、緋色の獣狩りスカーレット・シーカー


 佐久間さんの掛け声とともに迷宮ダンジョンへの一歩を踏み出す。これまで一人で潜る時とは違う腹の奥で微かに燻る高揚感を確かに感じながらそれに続くように一歩を踏み出した。



#####



 意気込んでダンジョンに潜ってはみたが、モンスターの攻撃性が活発化する5層までは道中のモンスターには構わず淡々と移動するだけだった。

もちろんただ移動しているわけではなくスカーレット・シーカーの基本戦術や連携などについて話をしながらではあるが。


 また、今回の探索は一応サポーターとしての参加であり多くの荷物を抱えての移動になると覚悟していたがそれも杞憂だった。

というのもスカーレット・シーカー全員が荷物の収納が出来る遺物持ちだった。今回の探索のきっかけになった「モンスターの生態調査」のために貸し出された背面携帯式格納空間拡大収納、もといアイテムボックスと同類のものをパーティーの人数分用意していたのだ。


 そのため荷物は各自で保管することになっている。自分の荷物もメンバーの誰かに預けようかという提案があったが流石に遠慮した。

ソロに慣れてしまったのか自分のものは自分で管理していないと安心できないのだ。それにまだ正式なパーティーメンバーになると決まったわけでもないのだ、おんぶに抱っこじゃ格好がつかないだろう。


 少し話は変わるが、今一度スカーレット・シーカーのメンバーの装備について道中で聞いた話をもとにまとめてみる。


 まずはリーダーの佐久間 雄二さん。

メイン武器は片手での取り回しに長けたショートソードとラウンドシールドとバックラーの中間のような円形の盾だ。ショートソードは重い一撃よりも斬り傷を与えることを目的としており頑丈さよりも切れ味を優先したもので、盾で相手の攻撃をさばきつつ隙を見て攻撃を加えていくという最もオーソドックスな戦い方を得意とするらしい。

派手さには欠けるかもしれないが同格以下との戦闘においては防御手段が明確にある分、最も安定して成果を出すことが出来るだろう。

サブ武器には斬撃効果が薄い相手への対策として打撃武器を用意しているらしいが、収納されていてまだ見ることはできていない。


 次に副リーダーの三浦 信也さん。

メイン武器は身の丈ほどもある大きな両刃剣でその肉厚な刀身は斬るというよりも叩き潰すことを主としたものだ。三浦さん曰く、分類としてはツーハンデッド・ソードもしくはツヴァイハンダーと呼ばれる剣らしい。その巨大な刀身から繰り出されるパワーは並のモンスターなら一撃で致命傷を与えることも出来る、らしいが取り回しはすこぶる悪いとのこと。

武器が大きい分動作が重たくなりモンスターにも隙を晒しやすい、だからメイン武器とは言っても複数体のモンスターを相手にする時はサブ武器を使うことの方が多いとのことだ。

また、刀身が大きいということは攻撃範囲が広がるというメリットもあるがその分味方への事故の確率も上がるということ。使いこなせるようになるまでは事故が怖くて満足に振り回せないこともあったというのだから十分な連携があって初めて真価を発揮する武器ということだろう。


 パーティーで唯一の魔法持ちの櫻井 志穂さん。

メイン武器は薙刀だった。道中で話を聞いた限り、自分の凍結魔法とは違って魔法の発動までにそれなりのタイムラグがあるタイプの魔法らしい。

いわゆる詠唱のようなものが必要なのだろうか?その辺りは「実際に見るまでのお楽しみ♪」とはぐらかされてしまったが、魔法の発動時間を稼ぐということなら確かに距離を取りやすい長柄武器は相性がいいのかもしれない。学生時代には道場に通っていた時期もあったらしく習熟は比較的早かったらしい。

これは長柄武器全般に言えることだが、懐に潜り込まれると十全な効力を発揮しづらい。その欠点を補うためにサブ武器は短刀を使用しているらしい。


 そして薙刀よりは幾分習熟度が落ちる短刀での戦闘を妹の千尋さんが補佐している。

メイン武器は短刀の二刀流で、短刀などの刃物に関しては姉の志穂さんよりも千尋さんに軍配が上がるぐらいには扱いに長けているとのこと。投擲手段としても用いるらしくかなりのストックを収納しているらしい。また、サブ武器にはパーティーに足りない遠距離攻撃の手段としてクロスボウを使っているとのこと。

仕方が無いことだが矢や投擲用の短刀など消耗品として使用する武器の量がパーティー内で頭一つ抜きんでており、また本人の武器好きも相まって常に財布が軽いことが大きな欠点らしいが、それでもそのスタイルを貫いているということはそれに見合う働きをしていることの証左に他ならない。


 最後に、パーティー最年長でもありパーティー内で最も戦闘経験が豊富な白柳 源次郎さん。

他のパーティーメンバーによれば、武芸百般を体現するほど様々な武器を習熟しているとのことだが特に好んで使うのは刀、詳しく言うのなら打刀と脇差を用いた戦闘を主としているらしい。サブ武器には様々な武器を収納しておいて使い分けるているとのことでもしかしたら千尋さんよりも収納の中に武器が入っているかもしれない。

自己紹介の時にも言っていたように柳生白心流という流派の武術を用いると聞かされた。


 防具はモンスターの外皮を使用したレザーアーマーに急所などを覆うように随所をさらに金属で厚く保護されている間接の可動域を邪魔しない機動性を重視したもので白柳さん以外の全員が統一していた。所々に細かな違いが見られるのは恐らく個人の趣向や戦闘スタイルに合わせているのだろう。全体の色彩は少し彩度を落とした紅を基調としたものでパーティー名を意識しているのだろう。

白柳さんだけは時代劇などで見られるような着物をようなものを着ているが、こちらも落ち着いた紅を基調としたものでパーティーにおいて疎外感を感じさせることはない。


 基本的な戦術は防御手段のある佐久間さんと戦闘経験の多さから対応力の高い白柳さんが最前衛で敵の足止め役を担い、隙を見て三浦さんが重い一撃を入れる。櫻井姉妹は中・遠距離からサポートしつつ、魔法での殲滅も狙っていくというものだ。ここに今回は自分が加わることになる。まだ、本格的な戦闘にはなってないし仮定でしかないが取り敢えずスカーレット・シーカーの基本戦術に当てはめると自分は三浦さんと一緒にモンスターの隙を見てダメージを与えていく役割になりそうだ。

迷彩蜥蜴の外套を最大限活用してモンスターの死角から不意打ちの一撃を見舞う。ソロの時とあまり変わらない戦い方だし、これなら足手まといにはならないだろう。


 そんな感じで道中情報交換をしながら暫し歩いていくと、早くも5層へと辿り着いた。


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