第25話 初志貫徹
「ごちそーさまでした!」
「お粗末さまでした」
朝ごはんを済ませるとみはるは友達と約束があると言って出かけてしまった。話しておきたいことがあったのだが、まぁ夕食の時にでも問題ないか。
来週からは
「流石に話しておかないといけないな。楓さんのところに行ってみるか」
思い立ったが吉日と部屋を出て楓さんの元へと向かう。有明荘の周りで掃除をしている姿を見かけなかったのできっと部屋にいるだろう。
チャイムを鳴らすと「はーい」という鈴を鳴らしたような声が扉の向こうから薄っすらと聞こえてきた。
ドアが開くと、訪問者を確認した楓さんは嬉しそうに出迎えてくれた。
「紫苑君、おはよ」
「おはようございます楓さん」
部屋に入れてくれた楓さんはお茶請けのお菓子を準備してくれながら急な訪問について尋ねてくれた。
「今日はどうしたの?連絡もなしに来てくれるなんて珍しいね」
「思い立ったが吉日、て感じですかね」
「?」
「いえこっちの話です。すいません次からは事前に連絡を入れるよう気を付けます」
「んーん、どんどん遠慮が無くなってきてるみたいで嬉しいからそのままでいいの。あと敬語、はやくやめてちょうだいね」
そう言うと、楓さんはお茶請けの羊羹を持ってきて腰を下ろした。
「そういえばみはるちゃんは?」
「友達と出かけまし...出かけたよ。多分夕方ごろには戻ってくるんじゃないかな」
「そうなの。じゃあみはるちゃんの分の羊羹は別で残しておくわね」
「ありがとう」
「気にしないの。それで?今日はこんな時間にどうしたの?」
「ええと...ダンジョンのことで少し話しておかないといけないことがあって」
「お仕事の事かぁ。それって私が聞いても大丈夫なの?」
「もちろん。それで...今まではダンジョンの浅い階層で日帰りできるように探索していたんだけど」
「フムフム」
「少し前に依頼が来て」
「依頼?」
「まぁ『お試しでパーティーに入らないか』みたいな感じかな。来週の金曜まで一緒に探索することになったんだ」
「そうなんだ。...良かった、のかな。やっぱり一人よりも安心なんだよね?」
「そうだね。顔合わせもしたけどいい人たちだと思うよ」
「そっか、それならよかった」
「それでこれからは日帰りでの探索以外もすることになりそうなんだ」
「それって......」
「うん、まぁダンジョンの中で寝泊まりしながら探索することになる。そのことについて話しておきたくて」
「...」
「...正直に言って欲しいな」
「え?」
「楓さんにはいつもお世話になってるし感謝してもしきれないほどの恩がある。だから出来る限り楓さんに迷惑をかけたくないと思うし、楓さんが嫌がることはしたくないよ。もしダンジョンでの外泊をして欲しくないなら素直に言って欲しい。楓さんはよく「遠慮するな」って言ってくれるけど自分もみはるも楓さんにも遠慮してほしくないって思ってるから」
「紫苑君...」
「家族だからね」
少し照れくさくなり目を逸らして頬をかく。口数が多い方ではない自分にとってはこれが限界だったが思いは伝わっただろう。
その証拠に楓さんは嬉しそうに笑ってくれていた。
#####
「それじゃあそろそろお暇しま...するよ」
「もう行くの?もう少しゆっくりしていってもいいのに...」
楓さんの言葉につられて時計に目をやると時刻は昼前を指し示していた。ダンジョンでの外泊について話した後はすぐにお暇しようと思っていたがなんだかんだと話が弾んでしまい、気づけば休日の半分が終わってしまっていた。楓さんと過ごす時間は穏やかで好ましくはあるが、土日の間にやっておかねばならないこともあるため流石に潮時だ。
「実はまだ野営用の道具の準備が終わってないんだ。準備は早いうちがいいだろうし、今から少し出かけてくるよ」
「車出そうか?野営の道具だったら大きな買い物になるんじゃない?」
「探索道具が結構嵩張るからね。野営の道具って言っても携帯食料を少し買ったり、細々したものを揃えるだけのつもりだから大丈夫だよ。依頼人の人たちも少しぐらいなら負担してくれるって言ってたし」
「そうなの...」
どこかに外出したい気分だったのだろうか?なんだか少し残念そうな様子に心が痛む。
探索者を生業にしている人間は大なり小なり一般人よりも力が強い。日常生活の一部に暴力が存在しているので荒事への抵抗が薄い者もいる。
常識的に考えて街中で暴れるような考え無しなどいるはずがないが、万が一楓さんがそういう事件に巻き込まれたりしたら悔やんでも悔やみきれない。
(そういえば、ある程度お金を稼げるようになったら3人で旅行に行こうって話してたっけ...)
「あー...そういえば前にいつか3人で旅行に行こうって話してたの覚えてますか?」
「?うん。夏ぐらいだったかな...紫苑君が言ってくれたよね」
「もうすぐ年の瀬ですし、みはるも冬休みが近くなってると思うのでみはると楓さんが良ければ行ってみませんか?旅行」
「...いいの?」
「流石に地方まで行くような遠出は出来ないかもですけど、近隣の県ぐらいの小旅行だったら行けるかなって思ったんですけど...」
「うん...うん!行こっ!楽しみにしてるねっ!」
「はい。みはるにも話してみます」
満面の笑みがどれだけ楽しみにしてくれているかを物語っている。思わずこちらの口角まで上がってしまう程にその表情が本当に嬉しそうで。
来週の探索で必ず結果を出して年末の小旅行を気兼ねなく楽しもうと決意して、野営の準備のために玄関に向かった。すると、部屋を後にしようとしたとき楓さんから声がかかった。
「あっ、一つだけ......紫苑君ちょっとしゃがんで?」
「?どうしました」
しゃがんでみると楓さんはこちらに両手を伸ばしてくる。何をするのかと疑問に思っていると......頬に柔らかな痛みが走った。
「敬語」
「ふぁい、ほめんなふぁい」
#####
楓さんにダンジョン泊の許可を貰った後、野営に足りない道具の買い足しの為に迷宮街ナカノへと久しぶりに足を運んだ。土曜日ということもあってか凄い賑わいだ。
人の濁流に流されるようにしながらも辿り着いたのは野営用の道具を専門にしている店でダンジョン出現前はキャンプ用品を主に取り扱っていたらしい。
「事前調べは一応してみたけどこうも品揃えが多いと何を買うべきか...困ったな」
出入り口で立ち尽くしていても他の客の迷惑になるため、一先ずは店内を回りながら必要になりそうなものを決めていこうと歩き出す。探索者用の店に子供が来ていることを不思議に思う周囲の視線が煩わしい。
いつかこの煩わしい視線にも慣れる日が来ることを祈りながら嘆息すると気を取り直して店内へと歩を進めた。
まず見に行ったのは荷物の中でも特に重要な飲料水や食料が置いてあるコーナーだ。
広い店内の一角を牛耳る食品コーナーにはやはり野営を前提としているのだろう携帯食料やドライフルーツなどの持ち運びが簡単そうな物が多く並んでいる。
「そういえば、野営用の荷物を詰めるためのリュックが必要になるな。普段のやつじゃ容量オーバーだ」
ということで、食料品コーナーをいったん離れ大型のリュックサックが置いてあるコーナーへと来た。
大容量リュックが並んでいる様は壮観ともいえたが自分がどのくらいの荷物を探索に持っていくのかもしっかりと把握出来ていない今の自分にとってはこれも難しいものだった。
そもそもキャンプなどの経験も全くと言っていいほどない素人なのだ。いきなり完璧な準備を完了させるのは難しだろう。
(いったん整理しようか。まず食料に関してだけど...探索期間は2日だ。それを考えるなら今回は少なくてもいい、か?最悪道中の食料系モンスターを狩れば飢えることは無いはず...なら今回は調理器具なんかが要らないすぐに食べられるタイプの物がいいな。それと栄養価の高そうなやつ。となるとドライフルーツなんかは案外いいのかもな。さっき売ってるのも確認できたし。
次に水だけどこれはあればあるだけいい。ただ、嵩張るし重量も馬鹿にならないからな長距離の移動も考えると...うーんどうしたもんかな。水系の魔法でも覚えてたら違ったのかもしれないけど...待てよもしかして凍結魔法で解決できるか?
飛び道具として使ってる氷弾、あれは空気中の水分を凝縮させてそれを凍らせてるわけだから実質水みたいなもん、だと言っても...過言じゃ、ない?試してみる価値はあるかもしれない。水に関しては
悩みに悩みながらもなんとか買い物を完了させることに成功した。
購入したのは、ドライフルーツを5袋、太陽電池内蔵のランプ、着火剤、携帯トイレ一式、最小クラスの折り畳み式テント、様々な用途で使えそうなロープや小型のナイフ、懐中電灯、あとは鉄製の串を数本。そしてそれらを余裕をもって入れられるようなリュック。
水に関しては佐久間さんと連絡を取ってから水道水でも用意していくことになるだろう。店の中にはダンジョン内の水資源を飲料水へと濾過する装置などもあって非常に興味を引かれたが今回は見送った。
来週の月曜~火曜にかけての探索はいわば予行練習みたいなものだ。民間トップレベルの探索者チームの探索の様子を観察して木曜~金曜にかけての探索の準備の参考にすればいいと考えた。
買い物にかなり時間がかかってしまい、帰り着く頃には日も暮れ始めていた。
夕食の準備を進めているとまもなくして扉が開かれる音が聞こえてきた。
「ただいまぁ」
おかえり、と返事を返しながらも料理をする手は止まることなく動き続ける。
腰に巻きついてじゃれてくるこの可愛い妹に来週の予定についてどう切り出すべきか料理が終わるまで答えが出ることは無かった。
#####
「いやっ!!」
こじんまりとしたリビングに拒絶の叫びが響いた。
結局あの後も上手い切り出し方が分からず、ずっと上の空だったようで訝しんだみはるに尋ねられ素直に言うことにした。
結果ものの見事に拒否されてしまったわけである。
「まぁまぁ落ち着いてみはる」
「落ち着いてるよっ!」
なおも激昂するみはるは何を言っても全てを拒絶しそうな勢いだ。まずは冷静になってもらわないといけない。
夕食を終え、ソファに座ってそっぽを向くみはると目線を合わせるように床に膝をつく。
「やっぱりダメ...かな?」
「...」
「勝手に依頼受けちゃったのは...ごめんな。でも凄い人たちと一緒の仕事だから今後の探索での役に立つかもしれないと思ったんだ。そしたらもっと稼げるようになって、もっと――――
「...ダンジョンばっかり」
ぽつりと呟かれたその一言がやけに胸の中にストンと落ちたのを感じた。否定の為に開こうとする口がまるで固まってしまったかのように動かない。
「おにいちゃんが頑張ってくれてるのはもちろん分かってるよ?みはるの学費のことで迷惑かけてるのもちゃんと知ってる」
「迷惑なわけ――
「んーん、探索者試験?の時もおにいちゃん凄い怪我だったって聞いたよ?お仕事するようになってからも怪我してるでしょ。隠さなくてもみはるだってそれぐらいわかってるもん」
否定の言葉が見つからない。いくら否定したところで信じてくれないだろうし、みはるに噓をつくことははばかられた。
「多分これからもいっぱい怪我するんでしょ?それでみはるとか楓ちゃんとかの前では強がって平気な顔するんでしょ?」
瞼の端に涙を溜めながら「そうするに決まってる」と言わんばかりにこちらを睨みつけてくる。その顔に恐怖なんて感じるはずもないけれどそれでも胸を締め付けるような苦しみはまるで心臓を握りつぶさんばかりに強くなる。
「...可愛い妹の前でくらい格好つけたいんだ」
絞り出すように口を開いた。だって二人の為なら、みはるの為なら別に苦じゃなかったから。痛みだってあってないようなもんだったから。
「可愛い...えへへ...じゃなくて!もう!何言おうと思ってたのかおにいちゃんのせいで分かんなくなっちゃったじゃん!とにかく!おにいちゃんはもっとみはると一緒にいないと駄目なの!もっと甘やかさないと駄目なの!」
「えぇ?これでも大分甘やかしてるつもりなんだけどなぁ...」
冗談交じりにそう言うと、怒ったフリをしてみはるが言い返す。
「全然足りませんっ!」
そう言うと可笑しくなって二人で笑う。仕方ないけど今回の依頼は諦めよう、一度受けた依頼を反故にするペナルティが少し気になるがしょうがない。
そう思っていると、遠慮がちに袖を引っ張られた。視線の先のみはるはこちらを見ないようにそっぽを向きながら
「あと、ダンジョンでの泊まりだけど...しょうがないから許してあげる。でも!絶対埋め合わせしてもらうからね!」
「うん」
「買い物、付き合ってもらうからね!」
「うん」
「ご飯も...いつも作ってもらってるけど、美味しいの作ってね!」
「うん」
「あと、あと...」
うんうん唸りながら他にどんな埋め合わせがあるかと頭を悩ませるみはるの様子がどうにも可愛らしくて思わず頭をなでてしまう。
「あ、えへへ。もっと撫でて」
弛緩しきった表情でこちらに抱き着いてきたみはるの暖かさに心が癒されるのを感じる。
忘れてはいけない。この温もりを守るためにこの身を削っているのだと。
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