第24話 新装備


「わざわざ取りに来てもらってすまねぇな」


「いえ、もともとそういう話でしたから」


 まだ日も上りきらないような早朝、紫苑は昨日メールをくれた虎鉄の元へと出向いていた。頼んでいた新装備が完成したので受け取りに来てほしいとのことだ。


「こちらこそこんな早い時間に尋ねてしまってすいません」


「気にすんな。鍛冶なんてやってりゃあ気づいたら徹夜なんてのはよくあることだ。ただ嫁も娘もまだぐっすり寝てるからよ。そこだけ気を付けてくれな」


「もちろんです」


 音量を絞って会話をしながら連れられてきたのは前回モンスター素材を持ってきたときにも案内してもらった整理整頓の行き届いた工房だった。

唯一前回と違うのは作業用の大きなテーブルの上に布で隠されたなにかが置いてるぐらいだろうか。


「なんというか...意外と子供っぽいところがあるんですね」


「そういうなよ。客の喜ぶ顔驚く顔が見たいってのは生産者の本能なんだからよ」


「あまりリアクションに期待されても困るんですが...」


「飛び跳ねて喜ぶような奴じゃないことは短い付き合いでもわかる。率直な感想だけ聞かせてくれりゃあいい」


虎鉄さんが布に手を伸ばし少し大げさなくらいに大きい動作で布をめくる。


「御開帳だ」


 目の前に現れたのは何とも禍々しい雰囲気を纏った籠手だった。

まず最初に目が行ったのは全体の大部分を占める大ぶりな2本の骨で構成された手首から前腕にかけてを覆う部分。

 人間の骨格に沿うかのように2本の骨は組まれており前腕部を通す布地が黒いこともあって尚更に骨の存在感が増している。また、籠手の側面にはずらりと手首から昇順になるように「返し」として牙や爪がつけられており素材となったモンスター、猩々熊ショウジョウグマの凶暴性のようなものを表しているようにも感じる。

 手の甲を覆う部分は毛皮で覆われているがやはり側面には返しがついているし、毛皮の内側ナカはいくつもの骨が手の甲を保護するように配置されている。

 そして今回の籠手に関する要望、空手でいう貫き手のような動作を可能とするための指先はこれもまた人体の骨格に沿うように骨と先端には側面につけられた返しとは大きさが全くことなる太く鋭い牙が組み合わさって指先を構成していた。


 その全体像は骨や牙で構成された灰白色のもので見た者に死を連想させるほどに凶悪なものとなっていた。


「何とも物騒で凶悪そうな外見ですね」


「だろ?外見にはあまりこだわらないって言ってただろ。お任せなんて中々ないからな。好き勝手作れて楽しかったぞ」


「着けてみても?」


「おう」


 装着してみると思っていたよりも軽く、関節の可動域などに不便を感じることもない。すこぶる身体に馴染むように感じる。

 事前に魔法について話しておいたためか、指先は紐の輪っかに指を通す感じで掌のほとんどが空気に触れているため魔法を使う際にも邪魔になることはないだろう。

想定していた以上の仕上がりだった。


「籠手というよりはガントレットに近いかもな。注文通り、貫き手を前提としたもんだから指先には持ってきてもらったショウジョウグマの牙の中でも犬歯を中心に研磨したものを使っている。軽さ重視ってことだったから素材の骨や牙は相性が良かったな。手首から前腕部を覆うような2本の骨は人間でいう所の橈骨とうこつ尺骨しゃっこつに似せて組んでみた。その2本の骨は手の甲を保護する骨なんかよりもかなり頑丈だ。だから攻撃を受ける際にはそこで受けるといいかもな。他にも――」


 虎鉄さんの説明に耳を傾けながらも装着したガントレットから目が離せない。

研磨され工房内の蛍光灯を反射するガントレットの指先が無数のイメージを浮かばせる。

飛び兎の肉を小鬼ゴブリンの皮膚を森狐フォレストフォックスの毛皮を容易に切り裂く。猩々熊も孤狼アインズヴォルフでさえ、その命の近くまで凍結魔法を届かせるにたる鋭利さを持っていることを伝えてくる。


「...名前」


「あん?」


「名前は無いんですか?」


説明を遮ってそう尋ねると、よくぞ訪ねてくれたと言わんばかりに虎鉄さんは顔を綻ばせた。


猩骨凍爪ショウコツトウソウ。略称は......そうだな名前の真ん中を取って“コットウ”だ。」


「猩骨凍爪...」


 自らの腕に収まった二つの新しい武器を見たままその名を小さく呟く。心の内の昂揚を収めるように深く呼吸をして紫苑はガントレット“コットウ”を丁寧に外した。


「それで?俺の仕事は坊主を満足させられたか?」


 どこか誇らしげに尋ねてくるこの鍛冶屋のドヤ顔には物申したいと思わなくもないが、まぁこれはしょうがないだろう。

もはや文句のつけようなどなくこの人との出会いには感謝を示さなくてはならない。出会った当初は考えが足りない人間だと鍛冶仕事に関してもそれほどの期待は正直していなかったが、鍛冶の腕は本物らしい。今となっては鍛冶契約を結んで正解だったと言える。


「正直なところ想像以上です。今後もお願いします」


 自分でももう少し何か言うことがあるだろう、とツッコミを入れたくなるほど簡潔な言葉。

しかし、虎鉄さんにはそれで十分だったようだ。


「おう!今後とも鍛冶屋 虎鉄を御贔屓に頼むぜ!」



 代金はクレジット払いでいいとのことだったので後ほど振り込んでおくことにして新たな装備を受け取ると、早々に帰宅することにした。

どうやら前日まで細かな調整をしていたらしく虎鉄さんももうひと眠りするとのことだ。

再度お礼を述べて静かに鍛冶屋 虎鉄を後にした。



#####



「ただいま」


 真っ直ぐに家に帰ってきた紫苑は休日ということもあり、まだぐっすり眠っているみはるを起こさないようにひっそりと装備を片付ける。


 普段の休日のサイクル的にみはるが起きてくるまでまだ時間があり、朝食の準備をするにはまだ早い。手持無沙汰になった紫苑は三浦さんの助言を思い出し、探索証のオークションを覗いてみることにした。そういえば他のアプリもたまにしか使っていない。


「せっかくだし一通り覗いてみるか」


 スマートフォンとほとんど相違ない端末。強いて違いを上げるなら音量調節ボタンが無いことくらいだろうか。

探索証を起動するとまず指紋認証タイプのロック画面になっている。ディスプレイに指を押し当てて開くと、スマホと同じように幾つかのアプリが入っている。



《ダンジョン侵入履歴》

 今更な話ではあるが、ダンジョンへとつながるゲートの前には探索者たちから迷宮改札と呼ばれている機械が設置されている。

探索者は探索証をこの機械にかざすことでダンジョン侵入日時を記録し、ダンジョン脱出時にもその日時を記録するようになっている。


 また、探索証からある程度のダンジョン探索期間を迷宮改札に対して指定することができ、その期限を超えても脱出が確認されなかった場合その探索者が侵入したダンジョンの支部に連絡が行き捜索隊が組まれることになる。何も指定しない場合は自動で3日間の探索と判断されるようになっている。


 まぁ、3日以上ダンジョンに潜り続けるような場合以外は基本弄らない機能だが探索証に入っているアプリは探索期間の指定と自分が潜ったダンジョン履歴を確認することが出来るようになっている。この履歴はダンジョン協会も確認することが出来るものでランク査定の一つの基準になるらしい。



《ダンジョンマネージャー》

 討伐したモンスターの魔石や素材、遺物などを買取に出すと換金されたお金は探索者側から現金支給の指定が無い限りは基本的に口座に振り込まれる。


 それらのダンジョン関連の換金・預金を一手に管理するアプリがこれだ。直接の引き出しは防犯の都合上出来ず支部の受付に行くか、銀行やATMで引き出すしかないが気軽に現在の資金状況を確認できるだけ恩の字だろう。ただ、手軽な分周囲の人間には気を付けなければいけないだろうが。



《クレジット》

 その名の通りクレジットカードとしての役割を担うアプリで提携店で使うことが出来る。少し前までは少なかったようだが、世間に探索者という職業が広まってからは提携店も増えてきた。貯金の確認が手軽にできる影響からか探索証を使っての衝動買いも探索者にはよくあることだ。

こうやって経済は回るんだろう。探索者の財布のひもを緩めやすくするアプリだ。



《ダンジョン情報》

 国内のダンジョンについて情報が掲載されているアプリだ。ある程度は無償で見ることが出来るが、ダンジョンの深層のマップ情報や出現モンスター一覧なんかは有償になっている場合も多い。


 基本的に無償で閲覧できるものは各ダンジョンの場所、最寄りの交通情報、支部の基本情報、周辺地理の簡単な紹介、浅層のマップ情報や浅層に生息しているモンスターの情報。5層まではどこのダンジョンでも無償で情報を提供している。

 有償情報は5層以降のマップ情報、生息モンスター情報、そのダンジョンで発見された遺物の詳細などがある。



《モンスター情報》

 ダンジョン情報と連携して使われることが多いものでその名の通りにモンスターに関する情報が掲載されている。とはいえ、初期の段階でこのアプリに掲載されているモンスターの情報はそれほど多くない。  


 ではモンスター情報をどのようにして増やしていくのかというと、先程のダンジョン情報のアプリが関係してくる。ダンジョン情報で有償提供されているモンスター情報を購入した際、このアプリにデータが追加される仕組みになっている。

これによって新しいモンスターの情報を手に入れることが出来るのだ。



《パーティー募集》

 探索者がパーティーメンバーを募集する際には幾つかの方法がある。受付嬢からの斡旋であったり、直接的な勧誘であったりとその方法は様々だがこのアプリもその中の一つだ。


 パーティーの名前やパーティー等級募集する探索者に求める最低限のランクなど色々な条件で募集することが出来る。探索証を通しての募集のため一定以上の安心感がありつつ、受付嬢からの斡旋よりも敷居が低いためメンバー募集の手段として重宝している者も多いとか。



《フリークエスト》

 このアプリは探索者が他の探索者に対して依頼を出すためのアプリだ。本来、依頼というのは企業やダンジョン協会から特定の探索者に出される指名依頼、新人探索者が企業とのつながりを作るための新人用の護衛依頼、あとは前例はほとんどないが暴走事件スタンピードなどが起きた際に全探索者に対して発令される緊急依頼。


 これらが依頼として主なものになる。しかし、探索者が探索者に対してダンジョン探索のヘルプを頼む場合はこのどれにも当てはまらず他の手段を取ることになる。


 その手段は大きく分けて2つ。

一つ目は紫苑がスカーレット・シーカーから指名依頼を受けたような助っ人制度を活用する場合。

そしてもう一つが探索証に入っているフリークエストというアプリを使って募集する場合だ。


 助っ人制度は特定の個人あるいはパーティーに対して呼びかけるときに使われるが、フリークエストでは不特定多数の探索者に声をかけるために使われる。

フリークエストの利点は先程のパーティー募集と同じく手軽であるという点だろう。機会があれば自分も活用する日が来るかもしれない



初期の探索証に入っているアプリは8つ。次で最後になる。


《オークション》

 スカーレット・シーカーの副リーダー三浦さんからも「偶に覗くと掘り出し物がある」と言われたようにこのアプリは玉石混交。相場より少し安めなお得品からガッツリボッタくる気満々の地雷までありとあらゆる商品が売りに出されている。


 オークションのシステムについて先にヘルプを読んでみると、『探索者が出品物に初期値段とオークションの期間を設定して出品。その後期間内でその出品物に対して最も高い値段を付けた者に購入権が認められる。出品物の受け渡しはダンジョン協会の本部あるいは支部にて仲介されなければならない。』との記載がある。


 ほんとはもっと詳細に書いてあるが概要はそんな感じだろう。後は出品者・購入者それぞれの注意点が書いてある。両者それぞれ違反内容によっては罰金が科せられる場合もあるらしい。


 なお、一通り出品されている物には目を通してみたが特に気になるようなものは無かった。やたらと高価な中古品など悪目立ちする物は幾つかあったが......あんな値段で買う人間なんていないだろうに。無駄と分かっていてやる者の心情はまったくもって不可解だった。



 探索証に入っているアプリについて一通り目を通し終えた紫苑は一度探索証から目を離す。

仰ぐように天井に顔を向け、無意識に入っていた肩の力を抜き眉間を揉み解す。

はて、そういえば今何時だったかと時計に目をやろうと首を動かそうとした瞬間――


「だーれだ♪」


自分のものと比べ小さな手が優しく目を覆った。


「おはよう、みはる」


 2人暮らしゆえに答えは簡単だった。というか逆に違う方が怖い。

可愛い妹の声を間違うはずもなく淀みなく朝の挨拶をする。すると手はすぐさま離れ......かと思いきや今度はソファに体重を預けている紫苑の首に後ろから巻き付くように腕を絡ませる。


「ぶー、おにいちゃん?こういう時はもう少しもったいぶってから答えるんだよ」


 頬を膨らませてはいるが演技であることは言うまでもなく、後ろから抱き着かれているため顔は見えないがなんとなくドヤ顔でこういった場合の正解を教えてくれたいる気がする。まぁ、今後人生で役に立つことは無いだろうが......


「ごめんごめん。それより朝ごはんの準備をするよ。だから......みはる?」


 軽くいなしつつ朝食の準備のために立ち上がろうとするが首に絡まった腕は解けない。

それどころか、腕と首との隙間が徐々に少なくなっていく。終いにはぴっとりと肌と肌がくっつくのが首筋の感覚から分かった。

耳元にかかる息がいつからか熱を持ち始め、その熱さを明確にこちらへと伝えてくる。

明確には分からないが直感的に少しばかりの不安を覚え、再度呼びかける。


「みはる...?」


 少しばかり渋るような沈黙の後で、緩慢な動作で腕は解かれる。耳元に熱い吐息の余韻が残る中、言い知れぬ不安感の正体を確かめるように振り向くとそこにはいつも通りの妹の可愛らしい顔があった。いつもと少し違う点があるとすればその顔がニヤニヤと悪戯っ子のように口角を上げていたことだろう。


「ええへっ驚いた?驚いたでしょ?」


ようやく先程の行為が可愛らしい悪戯であると理解でき、苦笑いしながら安堵のため息を吐いた。


「あはは、ほんとにびっくりしたなぁ。なんか急に不安になった」


 腕を組んでドヤ顔する妹様の頭をぐりぐりと強めに撫でると気を取り直して朝食の準備に取り掛かることにした。

罰としてみはるにもお手伝いをお願いしよう。


「兄ちゃんを揶揄う悪い子は罰としてお手伝いだな。朝ごはん、なにがいい?」


「ハンバーグ!」


元気のいい返事を聞きつつ、兄妹は二人仲良くキッチンに向かった。




《あとがき》

どうも矛盾ピエロです。まずは更新遅れてすいません。

新作の世界観構築やその他のやりたいことで時間を取ってしまっていました。

今後も更新が滞ることは度々あると思うので気長にお待ちいただければ幸いです。


もう一つ、読者の方からの疑問などによって本作の修正点などが見えてきているのでコツコツ修正作業に入ってます。ストーリー上の大きな変更はないと思いますが、気になる方は読み返していただけると本作をより楽しんでいただけると思います。

今後も本作をよろしくお願いします。

フォローとかもよろしくです(/ω・\)チラッ

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