第23話 緋色の獣狩り
その旨をその日のうちに豊島さんに伝えると、その日スカーレット・シーカーは定休日だったようで運よく早く連絡が付き翌日には顔合わせを兼ねて一度どこかに集まろうという話になった。
やはり民間の探索者はフットワークが軽い。こういった点は民間の強みだと改めて思う。
そんなわけでスカーレット・シーカーのパーティーメンバーとの待ち合わせ場所に向かっている。
事前にパーティーリーダーとメールで連絡を取り合ったところ、今日の顔合わせにはメンバー全員が参加するとのこと。
指定された待ち合わせ場所はこじんまりとした喫茶店だった。
待ち合わせ場所に間違いがないか、何度も指定された住所と照らし合わせていると...喫茶店の扉が開き中から人が出てくる。邪魔にならないようにと少しわきに逸れようとすると突然声をかけられた。
「君が大神君、であってるかな?」
声をかけられた先にいたのはカジュアルな私服に身を包み隙の無い立ち姿でこちらを見つめる30代の男だった。
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唐突な問いに答えるべきか少しばかり悩んだが、このタイミングでそのような質問をするということはそういうことなのだろう。
「はい、大神紫苑です。
「あぁ、リーダーの佐久間だ。よろしく」
「よろしくお願いします」
「取り敢えず立ち話もなんだし中に入ってくれ。他のメンバーももう揃ってるから」
促されるままに店内へ入ると、内装は華美にならない程度に抑えられており静かな雰囲気と相まってどことなく上品さを感じさせる。
視線だけを動かしざっと店内を見渡してみるが、客入りは全くない。店内にはスタッフらしき制服の男性を含めてテーブルを囲んでいる4人と今しがた入ってきた自分と佐久間さんの7人だけだった。テーブルの方からの視線に軽く会釈を返す。
佐久間さんに促されてテーブル席へ、途中テーブルの方からも声がかかる。
「お!来た来た」
「あの子が...?」
「うん、更新の時に見た子と同じよ」
「ほぉ、聞いてはおったがやはり随分と若いのぅ」
6人でテーブルを囲み直すと、佐久間さんの一声で顔合わせが始まった。
「まずは自己紹介か、俺たちからがいいかな?...え~では改めて。
自己紹介を終えた佐久間さんが隣へと視線を向ける。視線の先にいたのは佐久間さんと同じぐらいの歳の男性だ。
がっしりとした体格で腕を組み、リラックスした様子で座っている。
「ん?あぁ次は俺か。
「じゃあ次は私ね。
「...
「ふむ、では最後に儂が。
民間最高位の探索者ともなるとかなり変わった人物もいるなぁ、と一遍に自己紹介されてパンク寸前の頭で軽い現実逃避をしていると次はお前だと言わんばかりに全員の視線が自分へと集中する。
「大神 紫苑です。短い間ですがよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げての簡潔な自己紹介。特段おかしなところはなかったはずなのだが、リーダーの佐久間さんを除く4人が不思議そうに首を傾げている。
「あ...そういえば大神君には依頼の目的の方はまだ伝えてなかったんだったか」
おいおい、と呆れたような4人分の視線が佐久間さんに集中する。しょうがないだろ...と呟きながらも佐久間さんは咳払いをして誤魔化すように話を続けた。
「ン゛ンッ......大神君は依頼内容についてどんな風に聞いてる?」
「たしか...15層までの探索におけるサポーターでしたよね?期限は間に休息日を挟んで5日、実質4日だったかと」
「あぁ、間違いないね」
探索者業界においてサポーターとは探索中の荷物持ちのことを指す。
ダンジョンは広い。1層1層が広いのもそうだが、なによりも未だ最深部に到達できていないほどの深さを有している。
そんな広大すぎる空間を数日探索するならばパーティーの補給物資は潤沢でなければならないし、その警備は最重要といっても過言ではないだろう。
また、道中のモンスターの討伐によって手に入る魔石や素材は移動の妨げになってしまうこと必至。
それらの戦闘の妨げになるような荷物をまとめて運ぶ役割の者をサポーターと表現することがある。
サポーターと聞くと、ただの雑用のように聞こえるがその実態はまるで違う。
先程も説明したようにパーティー全員分の荷物の管理を任されるサポーターはモンスターからそれらを守るだけの戦闘力を必要とされる。
また、探索中の物資の消耗は出来る限り抑えなければ探索が赤字になってしまう可能性もある。
そういった一見細々とした作業だが効率のいい探索の為に必要不可欠な業務を担うサポーターという存在は長期探索には絶対に必要な人材である。
今回の依頼を受けるか迷った理由もここにある。民間トップパーティーのサポーターなんて完璧に勤め上げる自信が無かったため依頼を即決することは出来なかった。
その他にもちょっとした理由があるが、今回は探索期間2日というボロが出にくい短期間と15層という数字に惹きつけられ依頼を受けたのだ。
まだ10層にも到達していない紫苑からすれば10層と15層のヌシ討伐を格上の探索者に協力してもらえるということ。それに、今後探索者として活動する中でサポーターという役割を経験しておくのは決して悪いことではない。
そういった理由で今回の依頼を受けたのだが...
「あの、依頼の目的というのは?」
「もちろん今から詳しく説明するよ。実は
“ギルド”
探索者関連の法律の一つ「ギルド制度」で定められた企業形態の一つでギルドとは複数のパーティーの合併等によって集められた集団のことを指す。
事務員等を含めたギルド構成最低人数30人を超えた探索者たちによって作られる一つの企業として扱われ、ギルドに所属する探索者を手厚く支援しダンジョンのさらなる踏破を目的として設立されるものだが世界全体を見渡しても有名なギルドというのは少ない。というよりもギルド自体が少ない。
一つの企業として扱われるギルドは比較的簡単に加入・脱退ができるパーティーと違って一度入ったら簡単には脱退が出来ない。
そのうえ、そもそもの設立手続きがかなり面倒だったりもする。現時点でも協会からある程度満足のいく支援が探索者全体に施されていたりもするため面倒な手続きを踏んでまで大勢の探索者を支援してダンジョンの踏破を勧めようという人間は探索者をやっている中にはほとんどいなかったのだ。
それにダンジョンは生存競争の
そんな現状では旨みの少ないギルド制度を活用しようとしていることには正直驚きを隠せない。自分にとってはあまり関係のない話題だと思っていたから猶更困惑する。
「まぁ、驚くのも無理はないな。実際まだまだ人集めの段階でね法律とか手続きとかのめんどくさい部分も勉強中だから今すぐってわけじゃあない。...でもこの先もダンジョン内に広がる未知の景色を誰よりも一番に目にしたい、誰よりも先に進みたいって連中が集まって出来たのがスカーレット・シーカーなんだ。だから今回の依頼はその一歩目、優秀な人材の勧誘の一環っていうのが依頼の本来の目的だね。もちろん無理強いをするつもりはない。自分には合わないと思ったらギルド加入の件は流してくれてもいい。ただ、まぁ...そういう打算込みでの依頼だってことは理解していて欲しい」
楽しそうに今後の展望を話す佐久間さんの目は童心に帰ったかのように輝いていて、そんなパーティーリーダーを見るメンバーも若干の呆れを含んだような目を向けながらも自分たちも同じような目をしていたのがとても印象的だった。
「目的というのは分かりました。ギルドに加入するかどうかは正直分からないですけど、サポーターの仕事は皆さんの足を引っ張らないよう精一杯頑張ります」
「あぁ、今はそれでいいよ。よろしくな!」
その後は親睦を深めるためということでいろんな話をした。例えばパーティーの馴れ初めについては佐久間さん、三浦さん、櫻井さんたちは学生時代からの付き合いがあったらしい。
その後、一度は就職を機に疎遠になっていたのだが3人ともそれぞれの理由で退社。これからどうしようかと悩んでいた時に佐久間さんが発起人となって探索者をやってみることに。
探索者として少しだけ安定してきたときに当時大学4年で就活に苦労していた櫻井 千尋さんがパーティーに加入し、少ししてからダンジョンで窮地に陥っていたところをソロでダンジョンに潜っていた白柳 源次郎さんに救われて今の形に落ち着いた、と。
その他にも、白柳さんが総師範をしていた柳生白心流の道場は探索者が世間に広まってから入門者が一気に増えたらしい。まぁ、本人が言うにはどこの道場や流派も入門希望者が多数押し寄せたことは変わりないと言っていたが。
そんな中、話題は自分の魔法の事にも広がっていった。
「そういえば紫苑君の魔法って結局どういうものなの?」
ダンジョンについて話をしている最中、そう質問してきたのは櫻井 志穂さんだった。
しかし、質問の意図がよく分からず首を傾げてしまう。
「どういう、といわれましても...」
「質問の仕方が悪かったわね。私が君を見つけた時、モンスターを買い取りにそのまま持ってきてたじゃない?そのモンスターから魔法の残滓?みたいなものが見えたから君が魔法を使えるってことに気づいたんだけどその魔法がどういうものかまでは流石に見えなかったのよね」
「櫻井さんだったんですか...」
「そうね、ちなみに私は炎の魔法が使えるわ。詳しい原理は違うけど一般的にイメージされる炎の魔法で大体はあってるかな」
私も話したんだからちゃんと話してね?と言わんばかりの圧が視線に込められているように感じる。
(凍結魔法に関しては入手法さえ誤魔化せば特に問題ないか。個人的にはかなり強力だけど魔法という分類においてはあまり強いとも思えないし...)
「自分の魔法は液体を凍らせるだけですね。しいて言うなら氷魔法?になるのでしょうか?」
「...へ?それだけ?もしかして凄く範囲が広いとか...?」
「いや、素肌で液体に触れないと発動しません」
「それ結構使いどころが難しくないか?普段はどうやって使ってるんだ?」
話を聞いていた三浦さんが一見使いどころのない凍結魔法の活用方法を尋ねてくる。
「傷口から血液を凍らせて仕留めるか、空気中の水分を凍らせて礫みたいにして使ってます」
「なるほどのぅ、それならば確かに致命の一撃にはなる。浅い階層ならともかく深いところのモンスターには外傷をものともしない輩も多い。或いは外皮や筋肉量で中々刃が命まで届かないこともあるが......坊主の魔法なら関係ないというわけじゃな」
白柳さんは納得するように頷き、それを聞いた佐久間さんは他の魔法との相対的な凍結魔法の評価を思案する。
「なるほどな。そう聞くとかなり優秀な部類に思えるが、実際は接近戦が出来ないと使えないことを考えると...」
「まぁ、魔法としてはかなりハズレの部類かと。自分としてはかなり助かってますけど」
「そりゃあ、あるだけ便利だしなぁ。自分たちで言うのもなんだが
三浦さんの言葉にそういえば最近はオークションにはほとんど目を通していない事を思い出す。
「いえ最近はほとんど見てないですね」
「そうか、こまめに確認だけはしておいた方がいい。遺物関連は
「分かりました、ありがとうございます」
「紫苑...武器は?」
「鉈と片手斧とハンマーです。基本は鉈と斧ですけど」
「遠距離は?遠距離の攻撃手段も、必要」
「凍結魔法で礫を作ってハンマーで飛ばしてます」
「...ハンマーで?」
「はい。こう後ろから殴りつける感じで...」
「なるほど...」
櫻井姉妹の妹の櫻井 千尋さんと武器や攻撃手段について話し合った。終始表情も変わらず掴みどころのない人だと思ったが悪い人ではなさそうだ。
武器の話の時には目を輝かせていた...ような?気もするし、
「今日はありがとう。それじゃあ来週からよろしく頼むな」
「はい、こちらこそ依頼ありがとうございます。来週、頑張ります」
今日が金曜日ということもあり、依頼開始は週初めの月曜日からということで相談の結果落ち着いた。
喫茶店を出てスカーレット・シーカーの面々と別れた後、携帯に一通のメールが来ていることに気づいた。
差出人は――
「虎鉄さん...?」
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