第22話 分岐点
「...また依頼ですか」
肌を刺すような寒波が街並みを抜けるような12月の前半。みはるから湯たんぽの刑を言い渡されて数日、またしても紫苑に依頼が回ってきた。
「あはは...まぁ、そうですね。大神君はスミダ支部では結構有名人ですから」
苦笑いで答える豊島さんの言葉に嘆息し、チラと辺りを見てみると朝の少ない時間のロビーでさえ数人がこちらの方を見て様子を窺っていることが分かる。
(実害がない以上気にしても無駄か)
最終的にそう判断した紫苑はこちらに目線を向ける探索者たちを意識から除外し、今回の依頼の説明を求める。
「説明、お願いしてもいいですか?」
「はい、もちろん。それではこちらに」
案内されたのは毎度恒例となった待合室だった。促されるままに椅子に座り資料を取りに行った豊島さんを待つ。
「では、今回大神君に来た依頼について説明しますね。とその前に...大神君は助っ人探索者制度については知っていますか?」
「まぁ講習でも習いましたので概要くらいは...」
「なるほど...一応説明しておくとですね――」
助っ人探索者制度とは固定パーティーを組んだ探索者達が臨時のパーティーメンバーを募集する際に利用する制度のことだ。
受注した依頼の難易度が自分たちには少し厳しいとパーティーで判断した場合や受注したい依頼の最低人数をパーティーが満たしておらず依頼を受けられないときなどに臨時メンバーとしての加入を依頼することが出来る制度だ。
本来は受付嬢からの言伝や探索証を用いたネットでの募集がなされることが多いのだが、特定の人物に直接依頼として出すことも出来る。
「でも助っ人制度は自分たちと同じくらいか、より実力のある探索者を臨時加入させるための制度ですよね?まだ探索者稼業を始めて3か月経っていないような等級なしの探索者に助っ人制度を利用するのはおかしいと思いますけど......」
「制度的には不可能ではありませんよ。確かにパーティー等級よりも下の等級、といっても大神君はランク査定がまだですから正確には違うんですけど...自分たちよりも下の等級の探索者に対して助っ人制度を使うこと自体は違法ではないんです。まぁ、かなり厳密な審査が多いので全くと言っていい程に前例はないんですけど...」
ちなみにパーティー等級とはそのパーティーに所属している探索者個人個人の等級を平均にしたもので依頼を受ける際などにパーティーの実力を表す基準にされたりもしている。
「うーん、少し悪い言い方をしてしまうと“強制的な勧誘”といった感じでしょうか?...あっ!もちろん協会も厳しく審査していますので問題が起こる可能性は限りなく低く抑えてありますよ!等級が上の探索者から等級が低い探索者に圧力をかけられるようなことがあってはいけませんから本当に厳しいんです。そのパーティーの普段の態度や依頼の達成度とか支部に対する貢献度とか隅から隅まで調べ上げなくちゃいけないんです。...おかげで最近は少し残業が増えちゃって」
「あー...お疲れ様です」
説明の後半には言葉尻が下がり最近の仕事のことを思い出したのかなにやら暗い雰囲気を漂わせ始めた豊島さんにどう声をかければいいのか分からずとりあえず労ってみる。
「コホン...気を取り直して、そういった事情もあるのでこれは指名依頼として正式に発注されたものです。ですのでその点については安心してください。あとは詳しい内容を聞いてから受けるかどうかを判断してください」
「分かりました」
「ではまず依頼主についてですね。依頼主は
「
「聞いたことは?」
「まぁ、少しぐらいは」
いつだったか、世界全体でのダンジョン攻略について調べたとき当然自国の探索者についても調べた。
二ホンでも警察や自衛隊出身者が多数を占める国営の探索者パーティーが上位に位置取っているのは変わらなかったが、民間の探索者パーティーの名前を見なかったわけではない。民間についても幾つか知ることが出来た。
その中の一つが
確か、探索中に偶然祝福の果実を発見したこともあり魔法を使えるメンバーもいたはずだ。
民間の探索者パーティーが20層を超えたという話はまだ聞いたことが無いが、今最も20層に近いと謳われるトップクラスの探索者パーティーだ。
「でも...なんでわざわざ自分なんかに?」
探索者の中でも上澄みの彼らが今更自分なんかに何を求めるというのだろうか、目的が不明瞭な分余計に怪しく見えてしまう。
「えーっと、ですね......その、数日前の買い取りの時なんですけど」
そういわれて思い起こされるのはサンプル回収の秘匿依頼を初めてこなしたときのことだった。
モンスターの死骸を見慣れていない新人の受付嬢さんが運悪く隣で研修をしていたらしく、ちょっとした騒動にもなった例の件。
結局、騒動はその日にはスミダ支部のホームページでも上手く理由付けをされており自分の注目度も急激に上がるわけでもなく平穏に解決したはずだった。まさかまだ厄介ごとの火種になりうるとは...
あの日以来、紫苑はみはると一緒に寝るようにもなりあの騒動もポジティブに捉えられるようになっていたのに。
「どうやらその場にメンバーの1人が偶然いらっしゃったようでして。しかも魔法を取得していた方だったとかであの日のサンプルが魔法によって氷漬けにされたものだとすぐに分かってしまったらしく......他のパーティーメンバーの方々との相談の末に助っ人制度を利用して依頼を出すことになったとのことです」
「...ずいぶん偶然が重なったんですね」
「あはは...どうやら探索証の更新に来ていたらしいです」
「一応、確認なんですけど...」
「? はい」
「...作り話ではないんですよね?」
$$$$$
ゾクッ
こちらを見つめる視線に隠しきれない懐疑的な感情が混じっているのが分かる。こちらの全てを見透かそうとするような無機質で冷たい視線にまだ私は完全に信頼されてはいないのだと、そう突きつけられたような気がして。
知り合ってから1ヶ月くらいになるかな、週に5日探索者として活動している彼とは結構な頻度で会話をする機会があるし、少しくらい仲良くなれたと思っていたけれどまだまだ先は遠いみたいだ。
未だに信用を勝ち取れていないことには若干ショックを受けたけどめげてはいられない、こっちだって少しは社会の荒波に揉まれた経験もあるのだからこれしきでへこたれるほどメンタルは弱くない。
「断言します。そのようなことはありません」
「...」
「...」
「...失礼なことを言いました。ごめんなさい」
「いいえ、気にしないでください。大神君は探索者ですからそのぐらい憶病な方がいいと思いますよ」
「それは......褒めてるんですか?」
「ふふっ、もちろん褒めてますよ♪」
“喜んでいいのか分からない”
瞳の揺れや僅かな所作からそういった感情が読み取れる。出会った当初は表情の変化に乏しく歳不相応にすごく落ち着いた子だと思ってたけれど...なんだ、そんな
前は気づかなかった彼の些細な変化に気づくことが出来ていると思うと、なんだか自分の成長を感じ思わず笑みがこぼれてしまう。
久々に実感した成長が10歳近くも離れた男の子の表情の変化を読み取れるようになっただなんて...なんともアレではあるけれど。
その後も笑顔を絶やすことはなく依頼の説明は終わった。
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