第21話 注目
ダンジョン脱出後、更衣室で汗を流すと混まないうちに受付に並んだ。
「買い取りお願いします。」
「はい、お疲れさまでした。依頼の方も一緒に受け取りますから提出して貰ってもいいですか?」
「いいんですか?秘匿された依頼だったと思うんですけど...」
「えっと、他の探索者さんたちが軒並みこの辺りでは注目を集める方たちばかりなのでいつの間にか公然の秘密、みたいな感じになっちゃって。他所の支部でも同じような感じらしいです。」
「.....分かりました。」
それでのいいのか、と思ったがマズいことがあればとっくに対応しているだろうとも思ったので深くは突っ込まず粛々と提出することに。
「じゃあ、依頼の方から。」
「はい。」
「....」
「?」
「あの、今更なんですけど何体でもいいんですよね?」
今更ながら、嫌な予感がして再度確認してしまう。まぁ、後ろも並んでるし止まっていてもしょうがないので出さないという選択肢ははなっから無いのだが。
「はい、どうぞ遠慮せ、ずに..........」
了承の許可が出たのを聞いて貸し出されていたリュックから牙鼠の死骸を取り出す。次に飛び兎の死骸を、後はそれぞれの血液のサンプルを提出して再度豊島さんの方を向「きゃああああああ!!!」
隣で受付を担当していた受付嬢さんから甲高い悲鳴が上がる。あまりの声量にロビーにいた全ての視線がその受付嬢へと向き、次いでその視線の先へと目をやり、驚きのあまり場の空気が凍る。
豊島さんは完全に硬直し、紫苑も事態の急展開についていけず周囲の反応に困惑しつつ、なんとなく手持無沙汰な右手を武器に添えてしまった。
「ヒィッ!」
紫苑の行動にさらに悲鳴を上げる名も知らぬ受付嬢。現場は混乱し事態はさらに悪化するかのように見えたが―――――
「何事ですか!」
受付の奥から飛び出してきたのは、いかにもベテランの雰囲気を醸し出す壮年の女性が現れた。
女性は周囲を見渡して、紫苑のいる受付に置かれた10体の死骸に硬直したが、咳ばらいをするとすぐに冷静さを取り戻し騒動の中心人物へとゆっくりと語りかけた。
その様子を他の探索者や受付嬢は静かに見守っている。
「大神探索者、その受付に置かれている、その....それはどうしたんですか?」
「依頼されたサンプルです。特定の探索者にだけ依頼される秘匿依頼、公然の秘密らしいですけど。」
「....サンプルは解体したものをお持ちいただくように説明があったはずですが。」
「説明の時にそのまま持って帰って来れた方が都合がいいとお聞きしたので。あぁ死骸は傷んでないはずです。中は凍ってるので。」
「凍って?いやそれよりも一度しまっていただいても構いませんか?奥の部屋で詳しくお聞かせください。」
みはるの迎えの時間も迫っているし、出来ることならさっさと帰りたいのだがそれを口に出せるような雰囲気ではなかった。
「はい、分かりました。」
紫苑が肯定を返すと、女性はロビーにいる人間全てに聞こえるように声を張り上げる。
「皆様も大変恐縮ではありますが、この場はこれで終わりとさせていただきます。後日協会のホームページに事の顛末を掲載いたします。受付は通常通りに業務を行いますので、買い取りをお続けになってください。それでは。」
そう言って一礼すると、女性は紫苑に声をかける。
「お手数ですが、大神探索者はこちらへお願いします。それと、豊島さん貴女も来てください。あぁ、それから末吉さん、受付のヘルプを二人お願い。新山さんは奥で少し休んでいなさい。」
てきぱきと各所に指示を飛ばした後、紫苑は部屋へと案内された。
#####
「遅れましたが、先に自己紹介を。私は中条、受付嬢の統括をしております。それでは、お話をお聞かせ願えますか?」
案内されたのは依頼の説明を受けたときと同じ部屋だった。丁寧だが有無を言わせない口調で詰問される。
事の顛末を簡単に話すと、二人はまず紫苑が魔法を使えるということに心底驚いた様子だった。
「事の顛末は分かりました。大神探索者に非が無いことも分かりましたし、今回の騒動は端に間が悪かっただけのようですね。ホームページへの記載は明日には完了しているはずです。」
「魔法のことは公にはしたくないんですけど....」
「もちろん、個人情報ですから慎重に扱うつもりです。特に魔法持ちということになると、各方面からスカウトを受けることになりますので。豊島たちから大神探索者はソロを希望していると聞いております。その辺りに関しては信頼していただければと思います。」
そう言われ、石渡さんのやらかしが頭の中に蘇るが、それを指摘しても話がややこしくなるだけだなと思ったのでそのことを頭の片隅に追いやって取り敢えず納得しておくことにした。
取り敢えず、買取に関してさっさと話を進めることにした。
「買い取りはこの場でしてくれるんですか?」
「通常の魔石や素材の買取は今すぐ準備いたしますが、依頼の方に関しては少々お時間を貰うことになります。なにぶん初めてのことですので依頼主に確認をしてからになってしまいます。」
まぁ、妥当なところだと思った。その後も魔法について幾つか質問があったのを答えても大丈夫そうな範囲で答えたり、買い取りをしてもらおうと魔石や剥ぎ取った素材をいっぺんに出したらその多さに中条さんがポカンとした顔で固まったり、豊島さんが深いため息を吐いたり、ソロでの探索について2人から同時に説教を食らったりとさんざんな目に遭ってしまった。
結局、買い取り査定の準備に少し時間がかかると言われたため、明日の朝に買い取り金を受付に取りに行くということで最終的には落ち着いた。
「.....そろそろいいですか?この後も用事があるので。」
虎鉄さんに持っていく分の素材をリュックに仕舞い、時計を確認すればみはるを迎えに行く約束の時間ぎりぎりだった。
「はい、本日は支部の者がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。豊島さん、裏口に案内して差し上げて。」
「? 裏口ですか?」
「えぇ、まだロビーは混雑していると思いますから、裏口からの方がスムーズに支部を出れるはずです。それじゃあ、後はお願いしますね。私は先に仕事に戻りますので。」
「あ、はい。」
豊島さんの返事を聞くと、中条さんは先に部屋を出て行ってしまった。仕事熱心な人だ。
廊下に出ると、豊島さんに連れられて裏口を目指す。道中は多少の雑談に興じながら静かに過ぎていった。
「その、新山さんのことはあまり責めないで上げてくださいね。まだ、研修中の新人でモンスターに見慣れてないんです。まぁ、丸ごと持って帰ってこられた方は今回が初めてだったので、私も見慣れてはいないんだけど......」
「こちらこそ、すいません。ちょっとした騒ぎになってしまって、豊島さんにもご迷惑をおかけしました。」
「いえいえ、私は大丈夫ですよ。それより何度も言ってるのでもう聞き飽きているかもしれませんけど、本当に探索は慎重にお願いしますね?ダンジョンにも潜ってない素人に言われるのは納得がいかないかもしれませんけど、帰ってこなかった人、何人も知ってますから。」
「.......」
「.......」
色んな探索者と接点を持つ仕事だ。ダンジョンが世間に受け入れられ、探索者という職業が広まり始めてまだ数年。豊島さんがいつから受付嬢をしているのかは知らないが、いろんな経験をしてきたことはなんとなく察せられる。
かける言葉が見つからず、暫く無言の時間が進む。
「ごめんなさい、暗い話しちゃって。ソロ探索者をしている紫苑君が一番よく分かってることだとは思いますけど、それでもどうしても心配になってしまって。」
「いえ....」
「そ、そういえばこの後も何か用事があるようですけど、もう夕方ですよね?用事って一体.....?」
自分が作ってしまった暗い雰囲気を払拭するように豊島さんが明るい調子で話題を振ってくれる。気にするほどでも無いのだが、せっかく気を使ってくれたようだしそれを無下にすることはできなかった。
「妹の迎えに行かなきゃいけないので。」
「あぁ!それで毎日夕方近くに探索を終えて戻ってくるんですね。妹さんはおいくつぐらいなんですか?」
「小学5年生です。」
「へぇ~ダンジョンの後に毎日妹さんの迎えですか、大変じゃありませんか?」
「.....いえ、数少ない、大切な家族ですから」
「.....え?それって―――」
言葉の真意を探ろうと声をかけた時、裏口へと到着する。
「案内してくれてありがとうございます。明日の朝もいつも通りの時間に来ると思うので、買い取り金の準備お願いします。」
「あ、はい。分かりました...」
エリカに質問する隙を与えない程に素早く言葉を並べると、紫苑はそそくさと足早に去っていった。
見えなくなるまで見送ったその後ろ姿からは彼の今の心情を読み取ることはできなかった。
#####
「おっそーい!!!」
夕焼けが街並みを照らす中、都内にあるなんの変哲もない小学校で少女の声が辺りにこだまする。
近くを通りかかった通行人の幾人かが何事かと視線を向ける。そこには、腕組みをしてぷっくりと頬を膨らませる可愛らしい少女と少女の機嫌を直そうと視線を合わせるようにしゃがみこんで苦笑いをする少女の兄の姿があった。
「ごめんな、みはる。ちょっとしたトラブルがあってね。」
謝罪の意を込めるように丁寧に頭をなでる。ムニムニと口が動くが、それでもなお頬のふくらみは元に戻らない。
「さむかったの!」
季節は12月、登下校用の防寒具を身に着けているとはいえ確かに少女の華奢な身体では酷なものだろう。
「ほんとにごめんな。これ以上身体が冷えないうちに、早く帰ろうか。」
「んっ!」
みはるが風邪を引かないうちにと手を差し出すと、それには応えず何かを催促するように両腕を前に出し背伸びをする。何を望んでいるかをすぐさま察知した紫苑は妹を優しく抱き上げる。
真冬の風に晒された衣服は冷たく、首に巻きついたみはるの腕は暖を求めてがっちりと巻きついた。
「えへへ、おにいちゃんあったかい。」
「そっか...」
「あ!でもみはるを待たせたつみは消えてないからね!おにいちゃんは冬の間、みはるの湯たんぽの刑です!」
「それなら湯たんぽでいいんじゃ.....」
「お湯がもったいないでしょ?それにお湯は冷めちゃうけどおにいちゃんはずっとあったかいままだもんね!」
「ふふっ、そうだな。じゃあ春が来るまでは一緒に寝ようか。」
「うん!」
満面の笑みを浮かべるみはるにこちらまで心が温まる。さて、今日の夕飯は何にしようか。
腕の中の温もりを離さぬようにしっかりと抱きしめて紫苑は帰路についた。
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