幕間 女子会withスミダ支部受付嬢
「いらっしゃいませー。」
都内でも特に数の多いファミレスのチェーン店。普段なら特に注目するようなものもないような一般的な店だが、今夜だけは別だ。
現在時刻は21:00。夕食にちょうどいいタイミングということもあり、店内は若者から家族連れまで時間帯相応の賑わいを見せている。そんな中、半数の客や一部店のスタッフさえもチラチラと視線を送っている席があった。
「それじゃ、エリ先輩も来たことだし女子会を始めまーす!」
他の客の迷惑にならない程度の声量で音頭を取り、女子会の開始を告げたのはダンジョン協会 スミダ支部所属の石渡瑞穂。
ほどよく日に焼けた肌は健康的な輝きを放ち、明るい茶髪は後ろで一つにまとめられている。男を魅了する起伏に富んだスタイルは協会指定の受付嬢の制服に包まれているが、その魅力を隠すことは出来ておらず店内の男性客の視線を謎の引力で惹きつけている。今どきの若者らしく制服の所々に目立たない程度に施された改造が彼女の魅力をさらに引き立てる。
「かんぱーいっ☆」
まるで、というよりは意図的に周囲に見せつけるように可愛らしくあざとくそう続けたのは同じくダンジョン協会 スミダ支部所属の愛澤心美。
店内の照明を受け輝きを増した金髪は丁寧に手入れされており、均整の取れた細身な体型は童顔気味の顔と合わせてアイドルと言われても納得してしまいそうな魅力がある。石渡瑞穂よりも魔改造された制服がより“らしさ”を演出している。
あざとく狡猾な外面で支部でも受付を担当した探索者たちの心を鷲掴みにしている魔性の彼女の乾杯の声に幾人かの男の顔がゆるむ。
「遅れちゃってゴメンね。かんぱい」
異なる女性的魅力にあふれた2人と同席する最後の一人も例に漏れず、美人であった。2人が可愛さに寄った魅力を持つならば、その女性には綺麗という言葉の方が似合うだろう。ダンジョン協会 スミダ支部所属の豊島絵里香。
艶やかな黒髪は肩程でストレートロブに揃えられ、細縁のメガネが大人らしさを増幅させる。愛澤心美よりもスラリとした体型は華奢という言葉が似合うが、日々の事務仕事に鍛えられ健康的な美を備えていた。
前者二人ほど積極的な性格でもないため、本人は受付嬢としての人気は低いと思っているが、実際には丁寧な仕事ぶりや柔らかい物腰にかなりのファンがおり密かに恋心を抱いている者も多い。
さて、そんな支部でも上位の人気がある3人がファミレスに留まって何をしているかというと、今夜は不定期に開催される仲良し3人組の女子会である。
場所も時期も定まらず、3人のうちの誰かが「今日どう?」と他2人に聞くことで予定が合った時に実現する女子会である。結構な頻度で開催されており、日によっては大人数になることもざらだ。
今日の発起人は仕事が少し長引き、残業になってしまった絵里香だった。注文をし、乾杯を終え日々の愚痴やちょっとした世間話、ドリンクで口を潤しながら頼んだ料理を口に運びつつ女子会を楽しんでいると、とうとう瑞穂から絵里香へと本題が切り出された。
「はぁ~仕事終わりの外食は相変わらず美味しいなぁ。それで?エリ先輩今日はどしたの?エリ先輩から誘うのって珍しい気がする」
「たしかに。大体いつもアンタかあたしの愚痴こぼしだもんね。まぁ、7割アンタだけど」
「ココは一言多いってのー」
そういいながら、じゃれあう二人の様子に店内の客は盛り上がっていたが注目されることに慣れた3人は周囲の様子など気にすることもなく、話を続ける。
「あはは、まぁ、うん。あの子のことなんだけど...」
“あの子”
3人の中で、いやスミダ支部で働いている人間からしたらほとんどの場合、それはただ一人の人物を指す言葉として扱われる。
秋の終わり頃、スミダダンジョンへ突然やってきて数々の話のネタにされている、今年公式の探索者資格取得記録を大幅に更新した期待の新人。大神紫苑君。
探索者資格取得の最年少記録の5歳更新
最年少にして、ソロ探索者としての活動
探索1日目にしてスミダダンジョン5層到達
他の探索者さんとは比較にもならない1日での魔石獲得数(モンスター討伐数/パーティー人数)
などなど、話出したらきりが無い話題の数々は受付嬢の間でも休憩中のちょっとした小話として重宝されるほどだ。
「なになに?エリ先輩どうしたの?あっ遂に恋愛対象に昇格したとか?!よぉーし、エリ先輩の来春記念に飲むぞぉー!」
「ちょ、瑞穂アンタうるさいのよ。ここ個室じゃないから声押さえろっつーの。それはそれとして先輩の変わり身はココミも気になるなぁ☆」
あやふやな話の切り出し方に、遂に浮いた話の1つも聞かない先輩にも春が来たのかと片や大興奮、片や興味津々の後輩2人に私は慌てたように話を遮る。
そして、今日の出来事を2人に話した。
「違う違う!そういうんじゃなくてね、実は...」
#####
「まじか、今日ってそんな大変なことがあったのかぁ」
「ふ~ん、それで今日先輩が珍しく遅刻してきたんだぁ」
「うん、今日も彼の買い取りはかなりの量だったから」
事の顛末を話し終えたときの反応は2人とも同じようなものだった。2人はその時間帯はちょうど裏で事務作業にかかりっきりだっただろうし、知らないのもしょうがないか。
「あーだから山ちゃんが具合悪そうに休憩室で横になってたのか。」
「まぁしょうがないわよね。まだ研修始まったばかりだったっけ?それでモンスターの死骸なんてみたらトラウマものだもん。ていうか、私たちだってそんなの見る機会なんてほぼ無いから未だに見慣れてないし」
2人もショックな現場を目撃した新山さんには同情していた。たしか、新山さんは結構なお嬢様学校出身だったはず。
初研修の時も箱入り娘って感じで全身からお淑やかさがにじみ出てたし、今までショッキングな光景なんてほとんど見たこともないだろう。まぁ、私もあんまりないけど...それはそうとそんな娘がどうして受付嬢なんてやろうと思ったんだろう?
思考が脱線しかけるも瑞穂ちゃんの一言で今日の本題を思い出す。
「ていうか、シオンくん魔法使えたんだ。なぁんでお姉さんには教えてくれなかったのかなぁ」
はぁ、とため息をついて少しショックを受けている様子の瑞穂ちゃんだけど、まぁ瑞穂ちゃんはね...
「いや、アンタ前科あるんだから当たり前でしょ。私でもシオンくんの立場なら話さないっつーの」
「あれはホントに悪かったと思ってるんだってぇ。課長にも凄い怒られたし、シオンくんにもメッチャ謝ったんだから」
自らの失態を思い出して両手で顔を覆う瑞穂ちゃん。
まぁ、うん。心美ちゃんの言う通り、瑞穂ちゃんは少し前に紫苑くんがダンジョン内で他の探索者さんの持ち物を拾ったという情報を落とした本人の探索者さんに伝えちゃったことがあってそれで紫苑くん自身も少し迷惑を被ったことがある。
あの時は凄かったなぁ。ただでさえ、怒ると怖い中条課長が背後にオーラを感じそうな程に怒ってたんだもの。
私は自分が怒られているわけでもないのに、背筋が伸びっぱなしだったし他の娘も似たような感じだった。怒られた本人なら尚更だろう。
「まぁそれはともかく、最年少探索者でソロ探索者として稼いでるってだけでも相当なのに、そのうえ魔法まで使えるって....マジで狙いに行こうかな...」
撃沈している瑞穂ちゃんをよそに心美ちゃんは零すように呟いた。
「えっ!?ココ、マジで言ってる?」
思わず瑞穂ちゃんもガバリと顔を上げ、質問していた。私もびっくりだ、普段男性探索者を手玉に取っている心美ちゃんの口からそんな言葉が出るとは。
「いや、2人とも驚きすぎでしょ。だってよく考えてみてよ?めっちゃ優良物件でしょ、年齢も私たちより若いから養ってもらえそうだし....ンフフッ、養って貰えるようになったら新作ゲームガンガン買ってもらお」
実はかなりのゲーマーな心美ちゃんは既に将来設計にまで妄想の羽を伸ばしている。確かに、心美ちゃんはウチの支部でもトップ層に入るぐらいに可愛いし、そんな彼女から猛烈なアプローチを受けたら大抵の男性はメロメロになると思う。でも...
「んーどうだろう?」
「なになに?エリ先輩は何かシオン君について知ってる感じ?」
私の呟きから何かを悟った瑞穂ちゃんが間髪入れずに尋ねてきた。
「今日誘ったのはそのこともあって、実はね...」
裏口まで案内している時の話を2人にする。あの時の紫苑君の“数少ない家族”とはどういう意味なのか、2人に話しながらも考えてしまう。
もしかしたら、彼のご両親は...
「そっかぁ...」
「ふぅん...」
瑞穂ちゃんも心美ちゃんも思う所があるのか、少しの間無言の時間が出来る。
「まぁ、まだ私の推測でしかないから実際はどうなのかは分からないけどね」
「そだね、変に気ぃ遣って同情されてもシオン君的にもあんまりいい気はしないかもだし...」
「それに、課長も言ってたけど瑞穂ちゃんと心美ちゃんが気にかけ過ぎると他の探索者さん達から変なやっかみを買っちゃうかもしれないしね」
瑞穂ちゃんの言い分に私がそう付け加えると、2人は顔を見合わせて同時にため息を吐いた。
「「はぁ...」」
「えっ?な、なんでため息つくの?」
「先輩、課長はその後こう言いましたよね?『貴女もですよ、豊島さん』って」
「あっ...はい、気を付けます」
「もぉ先輩も結構人気あるんですから、そこらへん自覚持ってくださいよ?」
そういえば、私も注意受けてたっけ?そうは言っても、2人よりは全然だと思うんだけどなぁ。
「はぁ、だめだこりゃ。エリ先輩絶対わかってないでしょ?」
「ま、それも先輩の魅力の一つなんだろうけどねー。あ、そういえばさ――」
女子会は続く。紫苑君のことは気になるけど今の私たちにできる事なんてたかが知れてるし、本人が他人に知られたくないってこともあると思う。
結局、結論は出ることは無く話題は移り変わる。会話は弾み、女子会は楽しく終わりを迎えた。
帰路につく中で、ふと、これまでに紫苑君の笑顔を見たことが無いことに気づいた。
「さしあたっては、笑顔を見せてくれるくらいの信頼関係を築くところからかな。」
一人そう決意する絵里香だった。
《あとがき》
お読みいただきありがとうございます。矛盾ピエロです( ̄▽ ̄)
いつもコメントや質問読ませていただいてます。遅れても必ず返信するので色々話してくださると嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます