第15話 迷宮街ナカノ


 鍛冶屋 虎鉄を出た後、昼食を適当に済ませてナカノ区に来ていた。


 ナカノは元々、交通的な利便性が高い住宅地が多かったがダンジョンの出現とスタンピードの影響によって近隣の区にダンジョンが多数発生したことでダンジョンに周囲を囲まれた区になった。

 そして当時、ダンジョンに恐れをなした人々が次々と引っ越しをしてしまったために一時期は売地や空き家が増えていたこともあるらしい。


 しかし、周囲に複数のダンジョンがあり交通の利便性も高いことから、一般市民の代わりに探索者が好んで引っ越してくるようになったんだとか。

 そしてそれに便乗するようにダンジョン関連の企業が続々と店を構えだし、現在ではナカノは迷宮街ナカノとしてダンジョン一色に染まっている。


「初めて来たけど、なんというかホントに迷宮一色って感じなんだな」


 テレビをあまり見ない自分でも聞いたことがあるような迷宮関連企業の名前がビルやショッピングモールなどの電光掲示板にいくつも流れている。

 来てみたはいいものの、実のところ特に目的があるわけではない。迷宮街とまで言われるナカノがどんな感じなのかを見に来ただけだ。


 スミダ支部の2階にあるような迷宮関連の品物を扱っている店はどこにでもあるわけじゃない。

 ナカノほど探索者向けの街は全国的に見てもそう多くはないだろう。


「取り敢えず、大型のショッピングモールに入れば何かあるか」


 というわけで、手近なところに入ろうとすると―――


「君、ここは探索者専用の店だよ。探索者資格を持つ人以外の立ち入りは固く禁止されてる」


 ...成程、入り口にいるのは警備員兼門番なわけか。一応、探索証は身分証代わりにもなるわけだから持ち歩いてはいるけど...どうしようか。この調子だと中に入ったら入ったでめんどくさいことになりそうだしなぁ。うーん、でも一度くらい中の様子を見てた方がいいはず...仕方ない。面倒事覚悟の上で様子を見に行こう。


「分かったらはやk――「これでいいですか」


「えっ?え、あ...え?」


 まだ中学生の子供が探索証を持っているとは思いもよらなかったんだろうな。案の定というか探索証を提出された警備員は困惑し、数秒フリーズしてしまった。


「入っても問題ないですよね?」


 少し圧をかけるように質問すると、フリーズしていた警備員が思い出したかのように動き出し質問に肯定で返した。


「は、はい!失礼いたしました!」


 そんなに怯えなくてもいいだろうに。いや、でもここにいる探索者は大体が探索時の装備のままで此処へ来ている。

 そう考えると、見た目は子供でも探索者である以上、何かしら武器を持っていると思われているのかも。まぁいいか。


「あ、ひとつ質問なんですけど」


「はい!な、なんでしょうか?」


「他の建物も、此処のように探索証の提示が求められますか?」


「はい、一般人向けの飲食店や幾つかの店を除いたほぼすべての店で探索証の提示が必須になるはずです。なにぶん、店内には武器やその他戦闘用の各種商品がそろっておりますので安全性の面から一般人は入場できません」


「自分は大丈夫ですよね?」


「は、はい!重ねて!先程は大変失礼いたしました!」


「いえ、勘違いは誰にでもありますから」


 ちょっとした騒動を聞きつけた周辺の人も集まってきた。早く中に入ってしまうか。


 試験の時や初めてスミダ支部を訪れたときに似てるな、こちらを見る目に幾つかの感情が見て取れる。すごく...不快だ。


 店内に入ってみると、大型モールを余すとこなく使い切って様々なジャンルに分けられて所狭しと探索に必要な商品が並べられていた。


「...凄いな」


 思った以上の規模の大きさに少し気圧されてしまう。

 とりあえず、入り口にあった案内掲示板を見てみると1階には野営に必要な道具やあった方が便利な各種商品が寝袋やテント、携帯食料などに区分けされて売られているらしい。


 2~4階は近距離、中距離、遠距離に別れて武器が販売されている。この規模の大型モールで各武器種ごとに階を分けて販売されているということはそれだけ豊富な武器があるということだろうか。


 武器に関しては虎鉄さんに頼むつもりだから現状ここで買うことは無いだろうけどそれだけ豊富なら見ているだけでも楽しいものかもしれない。


 5階には防具や戦闘で使える小物を売っているらしい。6階には何が売っているのかと掲示板の文字を追って首を動かしてみると――


「...へぇ、遺物まで取り扱っているのか」


 ダンジョン産の取得物の中でも圧倒的に確認が稀な遺物を商品として販売できるだけの量を取り揃えている。流石に簡単に手が出るような値段ではないと思うけど見てみるのもいいかもしれない。


「今のところ野営をしてまでの探索の予定はないし、2階から見てみるか」


 2階に足を踏み入れると1階とは雰囲気が一変した。

 武器を眺める同業者は皆真剣な顔で握り心地を確認したり、値段とにらめっこをしていたり。


 爪も牙も持たない人間が怪物モンスターに抗うための武器を身に着ける。ダンジョンにおいて最も大事な道具だからこそ手を抜く人間は皆無だった。


 道中同様に足を踏み入れると、不躾な視線がいくつも集まる。不快なことに変わりはないけど気にしないことにした。

 一々気にして気疲れするのも馬鹿らしいと割り切る。


(とりあえず今使ってる武器の辺りから見てみようか。虎鉄さんに政策を依頼するときの参考にできるかもだし)


 刃物系統の取り扱いをしているところまで行くと、クレイモアやツヴァイハンダー等の大きく重い両手持ちの武器には目もくれず、ショートソードやグラディウスなどの短く軽く小回りが利く両刃の武器が置いてある所へと歩を進めていく。

 自分が現在使っている鉈を始め、片手で扱える斬撃武器といっても多種多様だ。


 比較的刀身が短くつばが小さいグラディウス、片手で扱える一般的な剣としてロングソードやショートソード、持ち手を保護したブロードソード、片刃ならサーベルやファルシオン、刀だって長さによっては片手で扱える。片手斧だってそうだ。


 共通点は取り回し、機動力、瞬発力。

 ソロで探索者をやるような酔狂な人間にとって最も重要なのはダメージを受けないことだと思ってる。

 フォローしてくれる他人がいないなら敵の攻撃にあたらないぐらいの速さ、身軽さが必要だ。


 ...それにしてもすごい量の武器が用意されている。

 斬撃武器の基本となるロングソード、ショートソードはもちろんのこと、サーベルや打刀うちがたな、両手持ちならツヴァイハンダーやフランベルジュ。


 それだけじゃない。11~16世紀にヴァイキングが使ったとされるファルシオンや19世紀のインドの部族が使っているコラという武器まである。(ちなみに商品説明用のポップに武器名や概要が載ってた)


 しかもそれらがメーカー毎に複数種置いてあるとなれば買い手としてはどれを選ぶべきか悩み込んでしまうのもよく分かる。

 じっくり見てみると、ギミックが仕込まれている物もある。


(今度虎鉄さんに相談してみるか)


 小1時間ぐらいだろうか、斬撃武器だけじゃなく刺突や打撃の武器も見て回って今後の装備に活かせそうな部分もいくつかあったし収穫があって良かった。


 まだ、中距離武器と遠距離武器も残ってる。ほとんど使ったことのないジャンルだけど、これを機に別の武器の使用感を確かめる練習に時間を割いてもいいかもしれない。


 実りの多い時間に足取り軽く次の階へと歩を進めた。

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