第14話 鍛冶屋 虎鉄


 3人でグルートンの肉を初めて食べた翌日、電車を乗り継いで虎鉄さんに教えられた住所へと足を運んでいた。


 ちなみに、グルートンの肉は絶品だった。みはるも楓さんも口内で溶ける脂の甘みや柔らかくも噛み応えのある食感に、こんなに美味しいものは食べたことがない、と笑顔で食事を楽しんでいた。


 これなら取ってきた甲斐があった。まだ肉は残っているし、あれだけ美味しいのなら定期的に討伐して肉を持ち帰ってもいいかもしれない。


 そんなことを思いつつ、いつも通りにみはるを学校まで送り届けた後、虎鉄さんが経営する鍛冶屋 虎鉄へと辿り着いた。


 到着した場所は思っていたよりも小綺麗な外観をしており、鍛冶場というよりは2階建ての少し大きめの一軒家のように感じる。

 表札がないとここが鍛冶屋だとは判断が難しいのではないだろうか。


 ピンポーン


『はい、どちら様ですか?』


 インターホン越しに聞こえてきたのは虎鉄さんのものでも昨日聞いた娘さんのものでもなく、穏やかな印象を抱かせる女性の声だった。


「探索者の大神紫苑です。虎鉄圭造さんに呼ばれて伺いました」


『まぁ!主人より話は伺っております。今、ドアを開けますね』


 ガチャ


「こんにちは、妻の恵美めぐみです。立ち話もなんですから、まずはこちらへどうぞ」


 そう言うと、虎鉄恵美さんが先導して客間らしきところへと招いてくれた。


「この時間だと、主人は工房にいると思いますから少々お待ちください。今呼んできますから」


「分かりました」


 お茶を出されたことにお礼を言いつつ、少し待って欲しいとのことなので素直にその場で待つことに。


 待ち時間にすることが無かったため、必然的に通された客間の内装に気が向く。


 ...客室ってこんな感じなんだな。

 床に張られた畳は天井の明かりを受けて心無しか輝いているように見えるし、申し訳程度に飾られている調度品はここに招く客に鍛冶関係者が多い影響か、模造刀や見覚えのない武器らしきものが置かれている。


 遠く、ほんの僅かに軋む床板の音や床を踏みしめる些細な足音が聞こえる。

 音が徐々に大きくなっていることと一人分の足音であることからおそらく恵美さんだろう。


(耳が良くなってる...?普段からこんなに繊細に音が聞こえるわけじゃないけど集中して聞こうとすると一気に聞こえる範囲が広がるな...聴力だけじゃない、視力も嗅覚も、恐らく味覚も前に比べて鋭くなってる)


 最初にレベルアップによる恩恵をはっきりと実感したのは2回目のゴブリン討伐の時だ。あれから随分と戦闘を重ねている。


 孤狼や猩々熊の討伐も経験しているから体内の魔粒子ナグラダはますますその数を増やし、宿主である紫苑の身体能力や感覚器官を強化している。


 紫苑本人は気づいていないが、探索者としての生活が始まってからまだ数か月しか経っていないにも関わらず、強敵との邂逅がに多かった紫苑のレベルは今や民間の探索者の最上位帯に位置づけていた。


「ごめんなさい、主人ったら「作業を中途半端にはしておけない」って。もう少し作業が長引いてしまいそうなんです。もう少々お待ちしていただいても構いませんか?」


 申し訳なさそうに言われてしまっては首を横には触れない。そもそも今日は、ここ最近連日探索していて休暇を取っていなかったのでその休暇も兼ねている。

 そのため、時間には十分余裕があるから特に気にするほどのことでもなかった。


「構いません。虎鉄さん...あー圭造さんには今後も探索に必要な装備を作っていただくことになると思うので」


「若いのに、しっかりしてらっしゃるんですね。主人からは中学生だと聞いていたんですけど、本当なんですか?」


 なんというか、純粋な好奇心というやつなんだろう。特に悪意がありそうな感じでもないし、制作された装備次第ではあるけど今後もお世話になる鍛冶屋の奥さんともなれば無下にするわけにもいかない。


 別に話して困るようなことでもなかったので、聞かれたことには素直に答えることにした。


「はい、一応中2です。今は休学していて学校には行ってませんけど」


「まぁ!うちの娘も中学2年生なんです。小さい頃から主人の工房で仕事を見ていたせいか、将来は私が鍛冶屋 虎鉄を継ぐんだーって今から張り切っちゃって。

 母親としてはもう少しオシャレとかにも気を使ってほしいんですけどね...って他人様にお話しするようなことでも無いですね、ごめんなさい私ったら」


「いえ、将来の目標があるのはとてもいいことだと思います。そして努力に最適な環境があることも。

 やる気があっても周りの環境がそれを許してくれないというのは往々にしてありますから。もしかしたら、娘さんに装備を作ってもらう日が来るかもしれませんから頑張ってほしいです」


「...ホントにあの子と同い年とは思えないくらい。ありがとうございます、娘にも伝えておきますね」


 それから数十分程、恵美さんと談笑していると慌てたような足音が近づいてくるのが分かった。


「どうやら来たみたいですね」


「えぇ、大変お待たせしてホントにごめんなさいね」


「いえ、気にしないでください」


「すまんっ!遅くなった」


 先程まで工房で作業をしてそのまますぐにこちらへ来たのだろう。虎鉄さんは煤や汗染みが残る作業着を身にまとい、肩で息をしている。

 それでもその眼だけは新しい鍛冶素材と新しい鍛冶の仕事を前に欄爛と輝いていた。


「それで素材はどこにあるんだ?」


 詰め寄るようにしてこちらにきた虎鉄さんを見て、恵美さんは宥めるように言った。


「あなた、まずは謝罪が先なんじゃないですか?自分から早く来るように言っておいて、お客さんを長い間待たせるなんて...社会人として失格です」


「うっ、そうだな。すまないな。坊主には契約のこともあるし今度からは気を付ける」


 虎鉄さんが言っているのは恐らく鍛冶契約のことだろう。今はそれほど切羽詰まってるわけでもないから構わないが、毎度こうなると確かに契約については考え直さないといけないか。


 まぁ、今後は気を付けると言っているのなら一先ずは水に流しておいても損はない。


「次回から気を付けていただけるなら、問題ないです。この話はもう大丈夫ですから、早速本題に入りましょう。素材はどこに出せばいいですか?」


「工房に案内する。一応、広めの作りになってるから多少多くても大丈夫なはずだ。それじゃあ行くか」


 立ち上がり、客室を後にする虎鉄さんに続くように廊下へ出ると恵美さんも後をついてきた。疑問が顔に出ていたのか、恵美さんは説明してくれた。


「経営は私がしてるんです。主人はホントに鍛冶ばっかりでお金には無頓着なところがありますから」


「なるほど、確かにそんな気がします」



#####



「着いたぞ、ここが工房だ」


 案内された工房は想像よりも小綺麗に保たれた空間だった。鍛冶に必要なのだろう見たこともない大小さまざまな器具が丁寧に整頓され、先程までの和風な内装とは異なる硬質な床はパッと見た感じでは埃一つ落ちていない。


 以外に几帳面に整頓されているな、と思っていたところ表情かおに出ていたのか、またしても恵さんに話しかけられた。


「意外でした?」


「えぇ、まぁ」


「うふふ、初めてここ来る方は皆さん同じような表情をしますから」


「それじゃあここに素材を出してくれ」


 虎鉄さんが指さした大きめの卓にリュックサックに入れていた素材を順に出していく。

爪20、牙30、毛皮1m²、骨3。


「おぉ、思ってたより多いな」


「素材の指定が無かったので、とりあえず移動の邪魔にならない範囲で持てる限りは持ってきました。足りない素材はありそうですか?」


「いや、十分だ。これだけあれば研究の後にも1つか2つなら何か装備を作れると思う。何か希望はあるか?」


 どうやら十分な量を確保できていたようで、一先ずは安心だ。


 ...しかし、装備か。武器は今のところ問題ない。鉈、斧、ハンマー。どれも日頃から手入れをしているためか、ガタが来ていたりはしない。


 となると、防具になるんだろうがこれもまた難しい。

 自分の戦闘スタイルは遠距離からの魔法で奇襲、相手が混乱から立ち直る前に一気に討伐まで持っていくことが多い。


 そのための迷彩蜥蜴ステルスリザードの外套だし、機動力を削ぐような重装備は出来ない。ソロ探索は常に迅速な撤退を視野に入れておかなくてはならないという理由もある。


 どうしようかと悩んでいたところ、ふと思いついた。


「籠手、ですかね」


「籠手?」


 てっきり武器の注文が来ると思っていたのか虎鉄さんが聞き返してきた。


「あ、もしかして防具は専門外ですか?」


「いや、ンなこたぁねぇよ。鎧系にも布系統の衣服の扱いにも自信がある。だから、毛皮もありがたいしな」


「なら良かった。お願いしたいのは籠手なんですが、幾つか条件があるので...その前に前提として話しておきたいことがあります」


「少し席を外しましょうか?」


 気遣いはありがたいがここは敢えて隠さない。今のところ秘密にしておきたい情報というわけでもないし、信頼を勝ち取るためには隠し事は出来るだけ無い方がいいだろう。


「いえ、積極的に吹聴してもらいたいわけではないですけど別にバレて困るようなことでもありませんから」


 その言葉に身構えていた二人は肩の力を抜き、聞く姿勢を取ったのを確認したところで凍結魔法について簡単に話した。


「...なんというか、俺はすこぶる運がいいらしい。ダンジョン探索から無事に帰って来れただけじゃなく、まさか命の恩人が世界中見渡しても希少な魔法使いだったとはな」


 少し大げさな気もするが、話を聞いた二人を見た感じ周りに言いふらしたりはしなさそうなので一安心だ。


「魔法使いというほど上等なものではないですが、まぁ今説明した通り凍結魔法これは液体を凍らせることが出来ます。それを利用してこれまでもモンスターを内側なかから凍らせてきたのですが...発動には条件があるらしく、凍らせたい液体と素肌が触れていないといけないんです」


「おぉう、かなりえぐい気もするが、まぁ確かに有効な手段だわな」


「ただ、傷口を経由した凍結だとどうしても凍らせる範囲が広くなる分1回あたりの消耗が激しいんです。効率良く討伐するためには無駄が多い」


「....つまり、お前さんが望む籠手ってのは防御が目的じゃなくて任意の場所に最速、最高効率で凍結を発動させるために必要な貫き手が出来る攻撃的な...いわゆる鉄鋼鉤みたいなもんか」


「そうなりますね。ついでに言うなら指貫きされていないと魔法は使えません。それに指先の武器化が出来れば討伐はより楽になりますし、素材も残しやすいです」


「取り敢えず要望は分かった。まずはこの素材がどういう性質を持っているのか、そこら辺の検証だったり研究だったりから始めないといけねぇから少し時間は掛かると思うが、希望通りの物を作れるように最善を尽くす」


 力強い虎鉄さんの宣言は任せても大丈夫そうだという安心感を抱かせた。


「それでなんだが、契約したてでこんなことを頼むのもどうかと思うんだが暫く護衛の仕事は中止でいいか?その分、仕事は全力でやらせてもらいたい」


「構いませんよ」


 話がひと段落すると、今度は恵美さんが話を切り出した。


「それじゃあ、ここからは私の番ですね。まず大神君に確認ですけど、夫と交わした契約はダンジョン内での護衛の代わりに装備品の改修の優先権と装備購入時の金額を定価の半額にすること、護衛中の解体作業全般、モンスター素材をすべてこちらが譲り受ける代わりに魔石をすべてそちらへ譲渡すること、他にも諸々はありますけど大きくはこの5つであってますか?」


「はい」


「でも、今回はこれらのどの場合にも当てはまりません。大神君は護衛をしてないですし、ウチがただ素材を持ってきてもらっただけです。なので今回は迷宮省の規定通りに買い取りをさせてもらいます」


「別にこれぐらいは構わないと思いますが、そちらが買い取ってくれるというのなら異論はありません」


「えぇ、ありがとうございます。それじゃあ次に...」


 その後も話し合いは続き、今後の指名依頼の細かな日程調整や装備が完成する大まかな期日、今回依頼した籠手の詳細を詰めていくなど一通りの話が終わる頃には正午に差し掛かろうかという時間だった。


「あら、もうこんな時間。大神君さえ良ければお昼食べていきませんか?」


 この数時間、話をしていくうちに二人とはそこそこ打ち解けたように思う。それでも、今日のところは帰ることにした。


「いえ、話もひと段落したので自分は帰ります。お二人とも今後もよろしくお願いします」


「おぅ、お前さんも探索頑張ってくれ。なにか、珍しい素材が見つかったらすぐに教えてくれ。それと装備の方も期日までには仕上がってるはずだ、手間を取らせるがその時は取りに来てもらっていいか?」


「えぇ、分かりました」


「本当にありがとね大神君。主人もここ最近で一番生き生きしてるわ」


「それは良かった。それでは失礼します」


 挨拶もそこそこに鍛冶屋 虎鉄を後にした。

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