第16話 迷宮街ナカノ 2


 中距離武器、具体的に言えば槍や薙刀、ハルバードなんかが分かりやすいだろうか。

 それらの長柄武器を専門に扱っている3階は鑑賞という意味ではとても面白かったが、やはり自分で使うことは無いだろうという結論に至った。


 槍術や薙刀術が武道の一体系として確立されているように長柄武器というのは相当量の技術を使い手が持ち合わせていないと十全に力を発揮できない武器種の一つだと思う。


 近接戦ではその射程は頼もしいかもしれないけれど、それも使い手の技量次第。

 極論、斬りつけるだけで敵にダメージを負わせられる刀剣類に比べれば素人にとってどちらが扱いやすいかは明白だ。


 見て回る中で気づいたのは中国の武器に長柄武器が多いということだった。メジャーなのは偃月刀えんげつとう方天戟ほうてんげきだろうか。

 その他、近距離武器の方でも見かけた打撃のメイスやモーニングスター、それとフレイル系の武器。


これらは2階近距離のものよりも柄がかなり長く作られており、遠心力などによる一撃の重さが上がっているんだと思う。まぁ、その分さらに扱いづらくなってるだろうけど。


 でも、収穫もあった。携帯性を上げるために伸縮性の構造になっている物や、さらに射程距離を伸ばすために刃と柄の間にバネ仕掛けが施されている物、その他自分では思いつかないようなギミックが複数あり2階の時と同じように楽しい時間だった。


 続く4階は遠距離武器、といってもこれまでの階層に比べればその種類は少ない。

 迷宮内で使われる主な遠距離武器は弓だ。というか、現状だと弓だけというべきだろうか。


 探索者試験の座学で習ったことだけど既存の銃火器は対モンスターへの評価としてはかなり低い。


 序盤こそ多少の活躍するものの、深く潜るほどに効果は薄くなり2桁層になったあたりからちらほらと出てくる非生物系モンスター、特にゴーレム系に対して驚くほど無力になってしまうらしい。


 浅層であってもモンスター1体に対して数発も弾丸を消費しないといけないのは時間的にも経済的にも効率が悪かったようだ。


 だから探索者にとって遠距離武器というと基本的には弓を指す。遠距離武器といえば、遠くから敵を一方的に攻撃することが出来るかなり強力な戦法だと思われがちだけど現実はそう甘くはない。


 まず何よりも当たらない。それまで弓になど触ったことのない素人が簡単に扱えるほど容易くはない。難易度で言うなら先ほど見てきた中距離の武器を軽々と超える難易度。


 経験者であってもそれは所詮、競技の範疇でしかなく...立ち止まったまま、その場を一歩も動かないモンスターを狙えるようなそんな生ぬるい状況は絶無だと言える。


 和弓、洋弓の違いはあれど、弓は総じて使われることのない不人気な武器だというのは探索者にとって当然の結論だった。


 それに問題は扱いづらさだけじゃない、矢にはモンスターに効果的にダメージが与えられるようにダンジョン産の資源を使わなければならない。当然、素材は高価になるし矢は消耗品だから浅層の探索では赤字が必至だった。


 かといって、深く潜るにつれてモンスターの外皮はより頑丈になっていくため急所を正確に狙い撃つ熟練の腕が必要になってくる。


 そういう理由から弓を使ってる探索者はいない。全体の1%にも満たないと断言されていた。そんな訳で4階も軽く流すように見ていくだけになると思っていたのだが...


 ショートボウ、ロングボウ、コンポジットボウに和弓、少し変わったところだとクロスボウ。


 どのメーカーだろうと、どの弓だろうと今後使うことは無いだろうなと思いながら見ていくと、思わず足を止めてしまうような衝撃的な商品をみつけてしまった。


 そこには、銃が置いてあった。


 立ち止まり、暫くの沈黙。ここが探索者用の道具を幅広く取り扱う専門店であることを確認し、思わずの前まで足早に駆け寄ってしまった。


 それは、商品棚の片隅に目立たないようにひっそりと陳列されており、まじまじと見入ってしまう。


 大げさすぎるリアクションかもしれないが、しょうがないのだ。

自分の常識から考えるならば、はあり得ない物だったから。


 探索者試験の2次の講習の時に聞いた話を思い出す。




「――遠距離武器というのは基本的にオススメしない。扱いが難しいのもあるが、何よりも消耗が激しすぎる。

 ダンジョン内に出現するモンスターに一部を除いた既存の武器の効果が薄いというのはこれまでに話したが、これはダンジョン産の資源が一切含まれていないことに起因すると研究により分かっている。

 詳細な理由は現在調査中だが、ダンジョンのモンスターにダンジョン産以外の武器は効果が薄い。


 当然、ダンジョン産の資源が流用された武器を使うわけだが、新米探索者にとっては武器一つ手に入れるにもかなり苦労することになる。まず、物価が高い。


ほぼ無限に近しいダンジョンの天然資源であっても本格的な探索が出来るようになったのは、いち早くダンジョン探索に乗り出した二ホンでもわずか数年前。少しづつ下がってきてはいるが、まだまだ高価な部類に入るだろう。

 それに武器自体が危険物ということもあって簡単には手が出ないような値段になっていることも少なくないな。

 これらの理由に加えて矢が消耗品であるということが遠距離武器をオススメしない理由の大部分だ」


 至極真っ当な理由をいくつも述べて遠距離武器が如何にマズいかを受験者に教える笠松主任に誰かがこんな質問をした。


「なら、銃火器をダンジョン産の資源で作ったらいいんじゃないでしょうか?」


 確かに、それなら銃器本来の力をモンスターに向けることが出来て効率よく討伐できるのではないかと、多くの受験者が賛同するような質問だったが――


「いい質問だが、現状では不可能だな」


 笠松主任はバッサリと切り捨てるように返答し、理由について語りだした。


「そういう意見は我々の中でもかなり初期の頃から上がっているが、いまだに実現には至っていない。ダンジョン産資源について研究する部署と銃火器に関する部署が共同で研究を進めているが、進捗は好ましくないんだ。


 理由については...まぁ、国家機密というわけでもないし少しばかり話しておくか。

 モンスターにはダンジョン産の資源を用いた武器が有効。これはつい先ほど話したな、加えて言うと研究によって銃弾だけでなく、銃身にもダンジョン産資源を使わなければ十分な威力が発揮されないことが研究成果により分かっている。


 つまり銃身と銃弾をダンジョン産の資源で作らなければならないわけだが、現在までの踏破済み領域の中で見つかるモンスターの素材を含めたダンジョン産の資源の中に発砲時の熱量や衝撃に耐え続けるだけの耐熱性を持つ鉱物資源は見つかっていないんだ。


 正確に言うなら1度や2度ならば使えるんだが、銃身の方が数十回の使用に耐えられず、変形してしまう。

 この問題を解決する手法が見つかるか、耐熱性に優れた資源が発見されるまでは銃火器のダンジョン内での常用はほぼ不可能に近いだろうな」


 講習からそれほど時間が経ったわけではないが、遂に耐熱性に優れた資源が見つかったのだろうか。そう思いながら、商品棚の片隅にひっそりと置かれているハンドガンサイズの銃を手に取ってみた。


 見た目は完全にハンドガンのそれだ。重さも特別重いわけではない、と思う。

 まぁ、本物に触ったことがないから何とも言えないが携帯したとしても特に重いとは感じないだろう。


 よく見ると、銃身は純粋な黒ではなく不純物が混じったような少し濁った黒になっていることに気づいた。製造に使用したダンジョン産素材の色が出てしまっているのだろうか。


 よくよく観察して一度商品棚に戻そうとした時に近くに薄めの小冊子が置いてあることに気づいた。


 手に取ってみると、どうやら銃に関する説明書のようでパラパラとめくって内容を斜め読みしてみると...あぁそういうことか。


「なるほど、つまり何も変わってないと」


 冊子に書いてあったのは、銃の取り扱いと幾つかの注意点についてだった。


*****


注意点

 一つ、本商品は一度目の発砲から数十分のクールタイムを必要とします。連続での発砲には銃身が耐えきれず重大な不具合が発生する恐れがあります。

 一つ、本商品にはクールタイムが終了した際に終了を知らせてくれるアラームが付いていますが、音量の調節は出来ません。

 一つ、本商品のダンジョン内での探索中に起こった不具合に関して、一部の不具合については責任を取れない場合がございます。ご使用の際は十分に注意してください。


*****


「...つまり、一発ごとに銃身を冷却する時間が必要。そのうえそれを知らせるアラームが他のモンスターを引き寄せる可能性がある。そしてそういう状況によく陥ってしまう、と」


 3つ目の注意点は、要は「責任取らねぇから、気をつけて使えよ」ってことだろう。

 よくあることだから気をつけろと、なんというか―――


「....驚いて損した気分だ」


 結局、何一つとして既存の問題を解決できてない欠陥品だった。ちらりと製造元を確認してみると、アルシェ・ドゥ・バル株式会社と書かれていた。

 聞いたことは無いが、まぁ気に留めるほど有益な会社ではなさそうだし別にいいか。そう結論付けてその場を後にした。


「...帰るか」


 最後に微妙な商品を手に取ってしまったが、全体的に充実した品揃えの店だったと思う。あの後、遺物を取り扱っている最上階にも行ってみたが入り口で止められてしまった。


 警備の人から聞いた話だと、最上階で買い物ができるのは紹介があった人間か、高ランクの探索者だけらしい。

 そんな訳で気になりはしたが、まだ初めてのランク査定もされていないような新人は中に入ることはできなかった。

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