第11話 ずぅーっと一緒


 虎鉄さんを連れて6層からなんとか帰還する。いつもより少し早かったからか、並んでいる探索者も少なく受付窓口の列はスムーズに消化されていった。


(今日は...この人かぁ)


「あっ!紫苑君!今日はちょっと早いね、どうしたの?どこか具合悪いの?無理しちゃダメだゾっ」


 受付嬢は土日以外が休みになる週休二日制の仕事らしく、ローテーションの都合で週に何度か受付窓口の担当が豊島さん以外になることがある。

 そのうちの一人は石渡 瑞穂さん、そしてもう一人が今受付を担当している愛澤あいざわ 心美ここみさんだ。


「いえ、少し問題が発生したので早めに帰還しました。怪我では無いです」


「そうなの?ならよかった。それで...」


 愛澤さんもとやらが虎鉄さんに関係していることを察したようでそちらに視線を向ける。


「そっちの方は?...もしかして遂にパーティーを組む気になった!...て訳でもないのかな」


「こちらは――」


 かいつまんで今日あったことを報告する。


 途中、虎鉄さんにも補足を入れてもらって鍛冶師が簡単にダンジョンに入れてしまうことを報告した時に、一瞬凄くめんどくさそうな顔をした気がするけど瞬きする間にいつも通りの少し胡散臭い笑顔に戻っていたのでそこについてツッコむのはやめておいた。藪をつついて蛇を出す趣味はないからな。


 何度か受付を担当してもらう中で彼女は極稀に本性らしきものを表に出すことがある。それを一度だけ指摘した時に凄い圧力を伴った瞳で否定されたので、以降は余程のことがない限り見ないふりをしている。


「鍛冶師が単独でダンジョンに潜ってしまう危険性。まぁ、ほとんどあり得ない話だとは思いますが前例が出来てしまった以上、上司への報告は必須になるかと。それと、買い取りお願いします」


「もー、こんなメンド――じゃなくて重要なこと私に押し付けないでよぅ。残業になったら紫苑君責任取ってくれるのー?」


そんなことを言われても、不可抗力だからどうしようもない。


「今度、お詫びしてね?」


 愛澤さんは慣れた様子でウィンクをして話を終わらせると、換金査定の作業に移った。


「フムフム、ゴブリンと森雀が幾つかと孤狼アインズヴォルフが一つ、と。?...孤狼、孤狼!?えっ!?紫苑君、アインズヴォルフも倒したの!」


「なにっ!お前さん、孤狼を倒してたのか!素材は?!なんか素材は持ってねぇのか!」


興奮した様子で尋ねてくる虎鉄さんを押しのけて愛澤さんに先に返答する。


「えぇ、6層に潜ったので。それと素材はありませんよ。遭遇は虎鉄さんと会う前でしたから探索の邪魔になりそうだったので魔石以外はそのままにしてきました」


「えぇ、そんな淡白な...アインズヴォルフといえば機動力がかなり高くて知性も多少あるから6~8層を主軸に活動してるスミダの探索者さんはみーんな遭遇したら撤退必須って言ってたよ」


「必ず単体で行動しているなら、やりようはいくらでもあると思いますけど?探索者はパーティーが基本ですし、囲んでしまえばそれほど苦労しないのでは?」


 強いといっても所詮は単体でしか行動しないのなら数の暴力には勝てないと思うが...どうやらそう簡単な話ではないらしい。


「それがね、大人数で囲めば囲むほど怒りだして手が付けられなくなるんだって。実際に身体能力なんかが上がってるらしくてそういう魔法を使えるんじゃないかって一部の探索者さんたちは考えてるみたい」


 誇狼とも呼ばれる由来を垣間見た気がした。


「その話はまた今度聞かせてください。それより、鍛冶契約を結ぶ際には書類が必要になると思っているんですがその書類はどこにありますか?」


「書類ならスミダ支部うちに置いてるよ、持ってくる?」


「お願いします」


「はーいっ」


 書類を取りに愛澤さんが奥に引っ込むと、虎鉄さんがぼそりと呟いた。


「なんというか、個性的な嬢ちゃんだな」


 書類への記入を済ませると、いい頃合いだったのでみはるの迎えに行くためにその日は解散した。



$$$$$



side:大神 美春


 私のお兄ちゃんは、ダンジョンが出来てから少し変わった。


 世界にダンジョンが出てきてから私たち家族にはいろんな不幸がやってきた。


 私が風邪を引いてお留守番をした旅行の時にお父さんとお母さんが亡くなったと聞いたときは頭が真っ白になって何も考えられなくなった。


 お兄ちゃんも意識不明で5日ぐらい眠ったままで、このまま起きなかったらどうしようとか、もうお父さんにもお母さんにも会えないんだと思うと、何も手につかなくなって。


 一人っきりになった静かな家で、泣いて、泣いて、体中の水分が全部無くなったんじゃないかってくらい泣いてからもうこのまま皆のところに行きたい、って思って――


「みはるっ!」


 お兄ちゃんが来てくれた。


 起きてくれて良かった、とか私は大丈夫だから、とかお兄ちゃんが起きたら言おうと思ってたこと一杯あったのに。


「どう..して...?」


 それが病院で寝てたはずのお兄ちゃんがいることへの驚きから来たのか、皆のところに行かせてくれなかった怒りから来たのかは私自身分からないけど。


「みはるが、泣いてたから」


 その言葉に確かに救われたの。


 あの時抱きしめてくれた時のこと、今でもちゃんと覚えてるよ?


 お兄ちゃん、私を安心させるために力一杯抱きしめてくれた時にお兄ちゃんの体が少し震えてるのに気づいたの。きっと怖かったんだよね。


 また自分の前から家族が消えちゃうかもって...分かるよ、みはるもそうだったもん。


 でもね、大丈夫。


「みはる、今日の夕飯は何がいい?」


 学校からの帰り道、いつも通り迎えに来てくれたお兄ちゃんと手をつないで帰る。


「んーとね、ハンバーグっ!」


「フフッ、みはるはハンバーグが大好きだもんな」


「うん!みはる、お兄ちゃんのハンバーグ大好きだよ」


「そっか、じゃあ張り切って作らないとな」


 微笑ましいものを見るように笑顔を浮かべるお兄ちゃん。


 お父さんとお母さんが亡くなってからお兄ちゃんは変わった。元々、元気いっぱいって感じでもなかったけど。


 いつも感情を表にあまり出さないお兄ちゃんが、私といるときだけは無条件に笑ってくれる。私のことを一番に考えてくれる。


 楓ちゃんも家族だけど、一番は私。


「お兄ちゃん、お仕事大丈夫?無理してない?」


「急にどうした?...兄ちゃんなら大丈夫だよ。あ、そういえば楓さんと話してたんだけど、もう少し稼いだら楓さんも誘って3人で旅行に行こうって話してたんだ。

 だからそれまで兄ちゃん頑張っていっぱいお金稼ぐから、みはるも学校頑張るんだぞ」


「そうなの?!どこ行くの?」


「んーどこがいいかなぁ。みはるはどこに行きたい?」


「えー急に言われても困っちゃうよぅ。んーそうだなぁ...」


 ...ねぇお兄ちゃん、どうして教えてくれないの?


 左腕、いつもよりちょっぴり辛そう。怪我とかは見た感じないないけど、何かあったんでしょ?


 何でみはるに教えてくれないのかな?気づかないわけないのに。


 不意につないだ手から強い圧迫感を感じる。


 ダンジョンから戻ってきてみはるの迎えに来てくれる時はいつもそう、少し痛いぐらいに力が込められてる...多分お兄ちゃんは気づいてないだろうけど。


 無意識に私を求めてくれてると思うと胸の奥がポカポカする。


 でもポカポカだけじゃなくて...なんだろう?なんていえばいいのか分かんないけどざわざわ?もするの。


 お兄ちゃんも今でも怖いのかな?あの頃のみはると一緒なのかな?


 大丈夫だよ、お兄ちゃん。ずっと一緒にいるよ?


 私ね、お兄ちゃんが思ってるよりずっとずぅーっと成長してるんだよ?


 将来のこともちゃんと考えてるよ?時間は掛かるかもしれないけど、上手くいけばダンジョンでも一緒にいられるの。


 それってとっても素敵なことだと思わない?


 何をするにもどこに行くにも一緒にいるの。


「お兄ちゃん」


「ん?」


「旅行、楽しみだね」


「あぁ、楽しみだ」


ずぅーっと一緒だよ?


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