第9話 小休止、あるいは今後の展開への伏線


 次の日、ダンジョン侵入前に迷宮時計ラビリンスウォッチを買ってダンジョンへと潜った。


 購入の時に豊島さんに昨日のことを心配されけれどあの後は何ともなかったので、そのことをそのまま伝えると安心したような表情を見せてくれたのが印象的だった。優しい人だな。


 それから2週間ほどの間は、5層を狩場として凍結魔法を主軸に狩りを続けた。


 みはる達のアイデアによって実用化された新しい魔法の使い道は二つ。

 一つは空気中の水分を凍結・圧縮して作り出した手のひらサイズの氷塊を生成し、それを投げたり場合によっては野球のノック練習のようにハンマーで打ってみるなどして遠距離攻撃の手段にするというもの。


 もう一つは傷口に触れて、そのまま血管を通して血液を凍らせる方法。それ以外の活用方法も試してみたけど実用には至ってない。


 空気中に含まれる水分では手の平サイズ以上のものは作れなかった。それに現状だと手のひらサイズでもかなり集中しないと打ち出したときの衝撃に耐えられず砕けてしまうこともある。


 感覚的なものだから具体的には言えないが、まだ凍結の魔法が身体に馴染んでいないような気がする。まぁ、解決方法も特にないので時間が解決してくれることを祈るしかないかな。


あと一歩足りないような


 そんな気持ちの悪い違和感を覚えながらも確実に魔法を自分のものにしていった。



#####



 そんなダンジョン漬けの毎日を送っていたある日のこと。


「護衛依頼、ですか?」


「えぇ」


 いつも通りに5層の魔石をジャラジャラと換金に出すと換金作業をしながら豊島さんがそれまでにない新しい話題を振ってきた。


「ある程度の額を安定して稼げるようになった探索者の方々にオススメしているんです。失礼ですが、装備品の手入れなどはきちんとされておりますか?」


「まぁ専門家ではないので調べた知識程度の手入れですけど...」


「そうですか....今回お話している護衛依頼ですが実は複数常設されているものなんです」


「というと?」


「依頼主は探索者の方々が使用する武器の製造・鋳造を取り扱っている企業の方々...いわゆる鍛冶屋と呼ばれる方々なのですが...その、どうやら企業間の仲があまりよろしくないようでして各社個別に依頼をお出しになっているんです」


「競争が激しいのは分かりました。それが手入れとどう関わってくるんですか?」


「協会といたしましてはこの依頼を機に探索者と鍛冶屋の結びつきを強めて探索者の生存率を上げていきたいという意図があります。

 通常、探索者の方々は護衛依頼を受けた鍛冶屋との間で専属契約を結ぶのが定石になっていて探索者は探索に必要な武器を改修・新調でき、鍛冶屋は製造に必要な素材の調達やダンジョン内での護衛を依頼する、という契約を結びます。

 その中で契約中の探索者が名を挙げるようなことがあれば鍛冶屋への注目度も上がりさらに仕事が舞い込んでくる。まぁ、投資のようなものですね。お互いが利益を得られるような関係を目指していこうという話です」


「成る程...依頼を見せてもらってもいいですか?」


「はい、どうぞ」


 豊島さんは受付に常備されている端末を操作し、そこに載せられた依頼を見やすいように差し出してくれた。


(聞いたことのない社名が多いな。目標階層は....深くとも7層か。7層のメインモンスターは食料系モンスターが多かったはずだけど...)


「依頼は緊急性の高いものではないんですよね?」


「はい、今お出ししている護衛依頼は企業からの見込みのある新人に対しての勧誘みたいなものです。深層への護衛は上級の探索者への依頼を別途用意してますよ」


「なるほど、そういうことでしたら今はいいです」


(常設ならすぐに受ける必要はないか。どうせなら出来るだけ深く潜れるようにしてお得な依頼に手を出したいし、武器も多分まだ持つだろうし...ひとまず情報を集めて到達階層を更新していくかな)


「いいんですか?」


「いつでも受け付けているんですよね?」


「えぇ受付で言っていただければご案内はいつでも出来ますよ」


「分かりました。気になった時は声をかけようと思います。査定はいくらでしたか?」


「えっと、魔石のみの買取で総額76,452円ですね」


 ...ここ2週間、5層で乱獲を続けていたせいか買い取り額が徐々に減ってきた。

(タイミングとしては悪くないな、そろそろ狩場を移さないといけないとは思ってたわけだし)


スミダ支部を後にしてみはるの迎えに行く。


 探索者生活を初めて約1か月。


 朝夕のみはるの送り迎えもしっかり板についてきたので遅れることなく小学校へと向かう。


「おにぃちゃーん!」


 ブンブンと手を振るみはるに思わず口角が上がる。


 しかし、いつもとは少し違う様子で隣には担任らしき妙齢の女性が立っていた。

いつも通り、突撃してくるみはるを優しく受け止めてみはるに尋ねてみる。


「みはる、こちらの方は?」


「担任の姫嶋先生!お兄ちゃんにお話があるんだって」


「こんにちは、みはるちゃんの担任をしています姫嶋深雪ひめじまみゆきです」


「こんにちは。いつもみはるがお世話になってます」


 丁寧に挨拶を返し、話を促す。


「それで、何のご用でしょうか?」


「えっと、お兄さんはみはるちゃんの進学についてどのようにお考えですか?」


「あぁ進路ですか、そう言えばまだ話したことなかったな。な?みはる」


「うん!」


なにが嬉しいのかテンションの高いみはるはこちらの手を取ってブラブラと揺らしながら一緒に話を聞いている。


「そうですか...みはるちゃんの進路票がまだだったので時間があるのでしたら今決めてしまいませんか?」


「そんなに簡単に決めていいんですか?」


「えぇ、まだ1年ありますし今回の調査はあくまでも子供たちに進学を意識させるためのものですから」


「なるほど」


「みはる、お兄ちゃんのとこがいい!」


「そうだな、仮ってことなら取り敢えずそこでもいいか。また今度二人で考えよう、今度はちゃんと教えるんだぞ。みはるの将来につながる大事なことだから」


「はーい!」


「それじゃあ書類はこちらで処理しておきますね」


「ご迷惑をおかけします。今後もみはるのことよろしくお願いします」


 しっかりと頭を下げてお願いする。


「もちろんです」


 先生の柔らかい笑顔はこちらに安心感を抱かせるには十分なものだった。


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