第8話 凍結魔法の新たな使い道
一条家で有意義な時間を過ごした日から２日後、再度最短距離を通って5層へと来ていた。
本当なら昨日も探索をする予定だったが、楓さんに止められてしまった。
「定期的に休暇を取ってちょうだい」
小柄な体躯でみはると一緒にそういわれてしまっては流石に断れなかった。
まぁ昨日は新装備の調達のために動く予定だったから、どちらにせよダンジョンにはそんなに長く潜れなかっただろうけど...
５層に到達すると、すぐにゴブリンの足跡を見つけることが出来た。痕跡を追い、見つけた群れは６匹。５層では比較的大規模な群れだ。
みはるやみさきちゃんに魔法に関して意見を聞いてからいくつか遠距離の攻撃手段を思いついたので今日はそれを試してみる予定だ。
ゴブリンの群れに気づかれないよう少し離れた位置に着くと、目の前で何かを持つように手を広げる。
“凍結”
意識を集中して魔法を行使すると、手のひらの上には石ころサイズの氷塊が生み出されていた。それを軽く目の前に放る。
氷塊が重力にしたがって落ち始める前に強かにハンマーでそれを殴りつけた。
氷塊は驚異的な速さで直進し、狙ったとおりに1匹の頭を貫いた。
空気中の水分を凍結させ石ころサイズの氷塊を作り出せるようになった後、次に悩んだのは氷塊を飛ばす方法だった。
凍結魔法はあくまでも凍らせる魔法。氷を操る魔法ではないため氷塊を作り出すことはできても飛ばすことは出来なかった。
ならば、と後ろから強い力を加えることで推進力とすることで遠距離攻撃の手段とすることにした。
この時、特に名前を付けるつもりはなかったけれども二人にこの話をすると大興奮で名前について考え出したので苦笑いしながらその様子を見守ることに...
結果、二人によってつけられた名は“氷弾”。無難なものに落ち着いてよかったと思う。
撃ち出すためのハンマーを近距離の打撃武器としても運用するためにダンジョン産の鉱物を用いた品を購入したため貯蓄していた懐が少し寂しくなったけれど、まぁ...これから挽回していけばいい。
同胞の突然の死に群れが混乱を極める中、物音を立てぬように細心の注意を払って静かに場所を変えまた氷弾を生成する。
氷弾の生成中に静止していることにより、外套の
それを幾度か繰り返せば、何発か外しはしたものの群れは既に最後の一匹まで追い詰められていた。
残った一匹を氷弾で討伐はせずに目の前に姿を現す。
突然姿を見せた人間にゴブリンは半狂乱になりながら襲い掛かってくる。
スルリととびかかってきたゴブリンを脇に避けることでかわし、すれ違いざまに横腹を一閃。
鮮血が飛び散る。
ゴブリンが着地すると同時に振り返るとすぐさま接近し斬りつけた横腹にふんわりと左手を添えた。
優しくいたわるような手つきとは真逆、冷酷な声音から言の葉が紡がれる。
“凍結”
暴れ出したゴブリンの傷口から手を離さないようにしつつ数分もすれば小鬼の意識はゆっくりと闇の中に沈んでいった。
数分をかけて全身の血液を凍らされ右半身には霜さえ下りている死体から手を放すと、支えを失って倒れると右半分が砕け散った。
その様子を情動なく見つめて少しだけ観察すると魔石を回収しつつ、冷静に結果を分析する。
（ゴブリンレベルの小柄な体躯でも半身を凍結させるのがやっとか...血管を伝って内部はほぼ氷漬けにできたはずなんだけどな。
全身くまなく凍結させるには今以上に時間をかけないと駄目だな。
...まぁ、無理に全身を凍らせる必要もないし結構体力を使うから、温存の為にもこのやり方は奥の手にしておこうか）
その後は５層を巡回しつつ獲物を見つけ次第、遠距離から氷弾を使って仕留める練習をしていた。
森雀なんかは耐久力という面で見れば、ゴブリン以上に貧弱なためゴブリンの頭を貫いた氷弾にはひとたまりもなかった。
＃＃＃＃＃
数時間後、今日の探索の問題点が一つ見つかった。
それは見通しの悪い森の中での移動はかなり難しいということだ。
歩きづらさについては探索者試験の２次試験の時に知っていたから然程苦じゃないが、自分が今どこにいるのかが分からなくなり方向感覚が狂わされてしまう。
今までよりも深い森林のフィールドに現在地がどこなのか少し前から全く分からなくなった。
もっと入念に準備をしてから挑むべきだったかと後悔していた最中、なんとか帰り着くことが出来たのは偶然にも５層に入ってすぐに発見したゴブリンの群れとの戦闘場所へと辿り着くことが出来たからだった。
粉々に砕け霜の降りた灰色がかった物体。それが最初に凍結魔法を試したときのゴブリンの亡骸であることはすぐに分かった。
痕跡をたどった距離も４層への階段からは然程離れていなかったのも幸いだった。
ぐるぐると迷っていた時に数体モンスターと遭遇していたこともあり、ダンジョンを脱出する頃にはナップザックはかなり満たされており、探索３日目にすれば上々の成果だろう。
ただ、今後は道に迷うことが無いように
＃＃＃＃＃
「こんにちは」
「...どうも」
探索を終了し、受付に並んでいると２０代後半程だろうか二人組の男性に声をかけられた。
声をかけてきた二人組に対して目を動かし、装備を観察する。
（...武器はどちらも槍。防具に金を割く余裕がある、となると中堅レベルの探索者？もしくは企業のバックアップがついているとか...？）
「そんなに見られると困るな」
二人組のうち、最初に声をかけてきた方が苦笑いをしたことで自分が黙り込んでしまっていたことに気づいた。警戒しているとでも思われたのだろうか。
「不躾にすいません、何か用でしょうか？」
「あー少し話が長くなりそうでね、良ければ買取が終わった後に少し時間をとれないかな」
丁寧に聞かれはしたがあまりこちらが断ることを想定していない様子、しかしこの後はみはるを迎えに行かなければいかないため大した時間はない。
「すいませんが、用事があるので」
「そうか...」
やはり断られたことが予想外だったのだろうか？
男性は少しの時間黙り込んでしまう。
「それなら、明日はどうだい？それ以降でもいいから暇な時間を教えてほしいんだけど」
それまで静観していたもう一人が相方の暴走を見てマズいと思ったのか口を挟んでくる。
「おいおい、いきなりそんなこと言われても彼だって困るだろ？すまない、俺とこいつは同じパーティーの一員なんだが、君が５層で手に入れたナイフの持ち主がこいつなんだよ。ナイフの件で話があるんだ」
「ナイフは既に買い取ってもらった後です。話をするなら買い取りを担当した受付嬢の方では？」
「それは...そうなんだが、石渡さんから君のことを聞いてね。話だけでもできないかな？」
「申し訳ないですけどナイフの件は自分の中では既に終わったことです。時間を取るつもりはありません」
...めんどくさい、というのが本音だ。
話を聞く感じ...どうやら協会側で、というよりも石渡さんから情報が漏れたらしい。個人情報の流出に思わず目を細める。
「そこをなんとか頼むよ。君から申告があれば買戻しのが額が変わるかもしれないんだ」
押し問答を繰り返している間にも受付の列は進む。後ろの迷惑にもなるし、そろそろきっぱりと断るべきか。
「いくら言われてもその件で時間を取るつもりはありません。これ以上は迷惑行為として協会に報告させてもらいます。
今後、この件に関して話してきたときも同様です」
そう言うと流石にこれ以上は不味いと思ったのか、二人組は恨みがましい視線を送りつつも退散した。
「なにか困り事でしょうか？」
受付業務をこなしながらも先程のやり取りに気づいていたのだろう。受付の順番が回ってくると、豊島さんは真っ先にそう声をかけてくれた。
直接的な被害があったわけではないし、今後もああ言ったいちゃもんはよくあるだろう。
他にも気になることがあったから話題を変えて気になることについて質問することにした。
「いえ、大丈夫です。それより、５層にはあまり人がいないようですが理由を知っていますか？」
今日は魔法の練習がてら朝から夕方までを５層で過ごした。その中で気づいたのだが、５層にとどまる探索者がほとんどいないということ。
５層を狩場にする探索者は皆無だし、通過していく探索者は数組いたけれどその人たちも速足で５層を抜けていった。
４層までは飽和状態になるほど混んでいたというのになぜ５層だけ閑散としているのか納得のいく理由が思いつかなかったのだ。
「それはおそらく食料系モンスターの存在でしょうね」
「食料系モンスターですか...なるほど」
モンスターは基本的に６種に分類される。獣類種、鳥類種、虫類種、水棲種、幻想種、異形種。
この中から分類を問わず、食料としての価値が大きいモンスターを便宜上食料系モンスターと呼称している。
「６層～８層の間で獣類種の食料系モンスターが確認されているようですね。必要な情報がある場合は――」
「端末から情報の購入、ですよね。必要になったらそうします」
「ご理解いただけているようで何よりです。それでは魔石をこちらに提出してください」
豊島さんが取り出した籠の上でナップザックをひっくり返す。
ザーーーーッ
横殴りの豪雨がシャッターに叩きつけられるような強烈な音。
目の前に出された灰と翠の魔石の小さな山に受付嬢の豊島さんはポカンと口を開けたまま固まってしまった。
周囲が俄かにざわめいたけどこういうのは気にしたら負けだ。
「お願いします」
「...ハッ、わ、分かりました。少々お待ちください。補助の者を呼んできますので」
そう言うと豊島さんは奥に引っ込んでしまった。
（今のうちに、６層以降について少し調べてみるか。）
端末を取り出して６層～８層のマップを購入する。少し痛い出費ではあるけどより稼ぎがいい狩場が見つかるならすぐに取り戻せる額のはずだと自分を納得させることにした。
相場アプリを起動してマップ情報に載っているモンスターの買取価格についても調べてみる。
（浅層の食料系モンスターだと魔石の価値は薄いのか。相場を見る感じ、魔石の回収だけにとどめるなら５層の方が効率がいいかな）
無論、６層～８層の間にも戦闘に特化したモンスターは出るが等級もほとんどが１０、偶に９等級の魔石を持つモンスターも出るらしいが発見は稀らしい。
顔をあげると換金作業は始まっており、もうそろそろ終わりそうなほどであった。
「...総額１２３,２０６円です。ご確認ください」
（初日の１０倍か、一日の稼ぎとしては十分かな。狩場としての獲物の取り合いの心配もなさそうだし暫くは５層でいいな）
「ありがとうございます。それと、”時計”を買うときはどこに行けばいいか分かりますか？」
「時計、あぁラビリンスウォッチでしたらこちらで申請しておきましょうか？明日の朝には準備できてると思いますよ」
思ったよりも早く手に入りそうで安心した。これで５層以降の探索で迷子になる確率はグンと減るだろう。
「ありがとうございます。支払いは明日でいいんですか？」
「はい、お値段は税込みで５３,０００円となります。かなり高額ですけど、大神君なら大丈夫ですかね」
そう言って、豊島さんはいろんな感情が入り混じった複雑な表情で微笑んだ。
自分より、はるかに若い子供が大金を稼いでいることに対して思うことがあるのか、それとも単純に心配してくれているのか。
なんとなくどちらもあり得そうな気がした。
聞きたいことも聞けて、みはるの迎えに行こうと踵を返したところで――
グラッ
視界が傾く。
咄嗟に屈み込む事で転倒は避けたが、未だに視界がグラグラと揺れて安定しない。
「大丈夫ですか！？」
心配する声がずいぶんと遠くに聞こえる。
（魔法の影響？そういえば一日であれだけ連続して魔法を使ったことは無かったか。やっぱり副作用みたいなものがあったんだな）
目を閉じて呼吸を落ち着け、深呼吸を繰り返す。
少しだけ体調が安定し、目を開ける頃には不調は徐々に鳴りを潜め始めていた。
「あの、大丈夫ですか？」
駆け寄ってくれたのだろう。心配した表情でこちらを覗き込んでいる豊島さんの姿が目の前にあった。
「はい、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
何事もなかったかのように立ち上がると、礼をしてその場を後にした。
去り際、思い出したように言う。
「...そうだった。石渡さんに伝えてくれますか？どこからか個人情報が洩れているようですのでお気をつけて、と」
「？はい、分かりました。あの、それより本当に大丈夫なんですよね？」
「はい、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
みはるの迎えの時刻が迫っていたので間に合うように支部を出るといつもより少し早く駆け出した。
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