第7話 一条家にて
買い取りを済ませた紫苑はみはるがみさきちゃんの家に遊びに行っていることを思い出し、一条家へと向かった。
一条家は両親が共働きで朝から晩まで働いているだけあって富裕層が住む住宅街の中でも大きめの一軒家だ。
玄関に付けられたチャイムを鳴らす。
『はーい、どちら様ですか?』
「大神紫苑です。みさきちゃん?みはるはいるかな?」
『あ、お兄さん。ちょっと待ってくださいね、今開けますから』
みさきちゃんはそう返事をして、インターホンを後にする。
数秒待つと鍵を開ける音がして中から可愛らしいエプロンに身を包んだ少女が現れた。
「おかえりなさい、お兄さん。今みはると夕飯作ってて。とにかく上がってください、もうすぐご飯も出来るらしいですから」
そう言うと、みさきちゃんはみはるの手伝いに向かう為バタバタと玄関をかけていった。
どうやら夕飯は二人が頑張ってくれているらしい。焦らせないようにゆったりとドアをくぐった。
食器を運んだり、調理器具の洗浄だけ簡単に手伝ったりして三人で食卓に着く。
みはるとみさきが作った料理に舌鼓を打っていると、つけっぱなしにしていたテレビから気になるニュースが流れていた。
『ソフィア・G・ロゥクーラ博士がアメリカの探索チーム“
こちらをご覧ください。【バベル】と名付けられたこの小型の装置は52層で発見された共鳴石と呼ばれる鉱石を用いて作られており、なんと!このバベルを身に着けている間は言語が異なっていても会話が成立するんです!
実際にその効果を試したVTRがございますのでそちらをご覧ください』
ニュースで流れてきたのはダンジョン研究の第一人者で最近名前を聞く機会が多かったロゥクーラ女史の新たな研究成果についてだった。
なんでもバベルを所持してる人物が話すと、声が聞こえる範囲内ではその声が聞き手の母国語で聞こえるらしい。またバベル所持者には他国の言語も母国語として理解できるようだ。
この研究成果にスタジオは大いに盛り上がり、様々な議論を交わしている。
「へぇ、このソフィアさんって人凄いんだね」
みはるはいまいちどういう状況なのか理解できていないようで隣で夕飯を食べていたみさきちゃんが分かりやすいように噛み砕いて教えていた。
「つまり、このバベルってのを持ってたら外国人とも簡単にお喋り出来るよって事。ちゃんとわかってる?」
「ふぅーん?」
ほぇー、とテレビを見て感嘆のため息を漏らす妹に苦笑し、みさきちゃんは溜息を吐いた。
「はぁ...そういえばお兄さんはダンジョンの方どうなんですか?学校でみはるに聞く感じ大怪我とかはしてないようですけど」
「まだ2日目だからね、それなりに慎重にやってるよ。浅層では探索者が飽和状態になってるらしくてね。
5層以降の買取価格が上がってるから今なら少し深く潜ればそれなりには稼げてる」
「へぇ!」
いつもの物静かな印象はどこかへ行き、美咲は目を輝かせて聞いてきた。
「やっぱりモンスターって怖いんですか?ゴブリンとか、ドラゴンとか出てきたりしますか?宝箱とかは?お兄さんはレアアイテムとか持ってるんですか?魔法は?使えるんですか?属性は?やっぱり火とか水とかオーソドックスなのもいいですけど私的には雷とかかっこいいなって思うんですよね。あ、あとあと―――」
「ストーップ!」
みさきちゃんの怒涛の質問にみはるが待ったをかける。
ハッとした様子のみさきちゃんを見るにどうやらかなりヒートアップしてしまったようだ。
「すいません、少し取り乱しました」
えへへ、と恥ずかし気に頬を掻くみさきちゃんを見てみはるがため息をつく。
「最近ね、ずっとこんな感じなの。多分お兄ちゃんがダンジョンに潜れるようになったから、みさきちゃんのダンジョン好きにまた火がついちゃったんだと思うけど...お兄ちゃん、答えられる範囲でいいからみさきちゃんの質問に答えてあげて?」
「別にいいけど、みさきちゃんは探索者になりたいの?」
探索者は誇張無しに危険な仕事だ。
モンスターは文字通り命がけで向かってくるし、まだ到達してない階層では狡猾な罠や厳しい自然環境によって死亡率がそれまでの階層から跳ね上がっている危険な階層もあるという。
そもそも人間は他者の命を奪うことに対してかなり忌避感が強い生物だ。
ダンジョンには人型も偏りなく出てくるし、トラウマを負う者も多い。
その結果が現状の4層までの飽和なのだから。
浅層では稼ぎも少ない。紫苑はソロだから自分は儲けている方だと自覚しているが、その分命の危険があると考えれば割がいいとは決して言えない。
「んーまだそこまでは。ただ、興味はかなりあります。私ゲームとか結構好きですし、魔法とか使ってみたいなって」
どうやら、まだはっきりと断言するまででは無いらしいが、かなり惹かれているらしい。ここははっきりと現実を教えた方がいいだろう。
...探索者なんてロクなもんじゃないのだから。
それからはみさきちゃんの質問に可能な限り答えた。勿論、自分もまだ2日しか潜っていないのだから答えられないことも多い。
それでもお茶で喉を潤し、一息つく頃にはみさきちゃんもかなり冷静に考えられるようになっていた。
「うーん、意外とダンジョンって夢が無いんですね」
「まぁゲームみたいにはいかないっていうのは事実だよ。さっきのテレビに出るような探索者はホントに一握り、大半の人間は20層にも到達してない」
ここまで話してきて、みさきちゃんがかなりこういったジャンルの話に詳しいことを察した。
...思い切って目下の悩みの種となっている凍結の魔法について聞いてみることにする。
「あー、二人ともこれから話すことは他言無用にしてほしいんだけど...」
急に雰囲気を変えた紫苑に対して二人は困惑する。
それほどまじめな話を私たちに話していいのか、と。
ごくり、と喉を鳴らす音がどこからか聞こえたところで話を切り出した。
「とある経緯を経て、魔法を覚えたんだけどどうにもうまくいかなくてね。魔法を使うための具体的なイメージが難しいんだ。
みさきちゃんはそっち方面にも強いようだし、何か知っていたら教えてほしい」
『......』
一瞬の静寂、そして――――
『ええええぇぇぇぇぇぇ!!』
二人同時に叫んだ。
二人が落ち着きを取り戻すまでに数分を要し、二人そろって今はお茶をすすっている。
「はぁ、びっくりだよ。お兄ちゃんなんで急に言ったの?」
「えぇ、突然すぎますよお兄さん」
どこか非難するような二人の目つきに紫苑は悪いと思いつつも、話を進める。
「ごめんな、でも早めになんとかしておきたかったから。この先ダンジョン探索はさらに困難になってくるだろうし...二人は民間の探索者の最高到達階層を知ってるか?」
「ううん」
「世界的に見ても20層を超えた民間の探索者はまだいない。20層以降にいるのは国営の探索者パーティーだけになる」
「? それは魔法を使うことと何か関係あるんですか?」
話の展開が分からないのかみさきちゃんが尋ねてくる。
国営の探索者の方が探索進度が進んでいるのはしょうがないことだと言いたいのだろう。
「二人はダンジョンの最下層の話を聞いたことはある?」
『...?』
話の飛躍に二人はついて来れない。遠回しな自分の言葉にみはるはしびれを切らして尋ねた。
「何層なの?」
「最低でも100層という説が一番濃厚らしい」
「えぇっ、じゃあまだまだ続いてるんだ?」
自分の言葉にみはるもみさきちゃんもその果てしなさに呆然としてしまう。
「最低でも100層はあるダンジョンで民間の最高到達階層はその5分の1以下、つまり今が一番のチャンスなんだ」
「チャンス、ですか?」
「あぁ当然ダンジョンは深く潜れば潜るだけ探索の難易度が上がる。
だからこそ今最前線で探索をすることが最も安全で最も効率がいいはずなんだ。
さっきのニュースを見れば、これから先探索者は国境を超えてパーティーを組む事が出来るようになる。そうなると探索者全体の到達階層の平均は深くなるはずだ。
稼ぐためにはさらに深く、さらに危険に身を投じないといけない」
自分の言葉を受けて二人には同時に疑問も生じたらしい。
「お兄さん、そこまでして急がないといけないんですか?
最前線なんて他の人に任せて情報が出てきた美味しい場所でモンスターを倒すだけでも十分だと思うんですけど...」
みさきちゃんの言うことは正論で確かにその通りだ。
「...まぁ、確かにその通りではある。みさきちゃんの言う通りコツコツ稼ぐことも出来る。
結局のところ、自分の我がままなのかもしれないし...いや、この話は特に重要じゃないんだ。
どっちにしろ魔法を十全に使えるなら今後の探索でも役立つだろうからね。それだけの話なんだ」
誰も気づかない。
紫苑が無意識のうちにより深くより早くダンジョンへ潜る理由を探していることを。
その欲求は当人の潜在的なものなのか、それとも...
その場には当人ですら気づかないその小さな違和感に薄っすらと首を傾げる者はいても、それを危険と認識できる者はいなかった。
奇妙な違和感を感じながらも、みはるもみさきも一先ず同意する。
「それで、お兄さんの使える魔法はどういった者なんですか?」
瞳をキラキラと輝かせ迫ってくる美咲に紫苑は苦笑いを浮かべながらも答える。
「凍結と分解、だね。液体を凍らせる魔法と凍らせたものに限って細かく分解させることが出来る魔法だよ」
「へぇ、お兄ちゃんそれ見せてもらえたりするの?」
みはるもどうやら魔法という超常の現象には年並みに興味があるらしい。
#####
ということで、実際にやってみることに。
コップの水を掌に落とし、意識を集中する。
“凍結”
パキッ、という音と共に掌には氷の球体が出来る。
目の前で起こった超常の現象にみはる達は沈黙する。そして次の瞬間――爆発した。
『ええええぇぇぇぇえぇぇええっぇえぇぇぇぇぇぇ!!』
一軒家で防音がしっかりしていて良かったと思う。
「すごい!」「えっ?えっ?」「わぁー!!」「えぇー!!」
興奮冷めやらぬ二人が冷静になったのはそれから数十分後の事だった。
「...落ち着いたか、二人とも?」
「えぇ、もう大丈夫です。すみません、うるさくしちゃって」
「うぅ、ごめんなさい」
反省もそこそこに紫苑は二人に対して先程の質問をもう一度してみる。
「それで、この魔法を戦闘に生かすにはどうすればいいと思う?俺はそういった話には詳しくないから二人の意見を聞かせてほしいんだ」
「んー、お兄さんその凍結ってどれくらい出来るんですか?」
「というと?」
「例えば、凍らせられる範囲とか、凍らせておける時間とか」
「成る程...多分水でつながっている範囲ならどこまででも範囲は伸ばせると思う。
ただ、水に触れてないと駄目だな。時間に関しても簡単には溶けないはずだ、まぁどっちも感覚的なものなんだけど」
「フンフン、なるほど」
「ねぇ、お兄ちゃん。それって水じゃないと駄目なの?」
「どういうことだ?」
「例えば、血とか凍らせることが出来たら一撃必殺!って感じで凄いと思うんだけど...」
「うわぁ...」
みはるの考えは盲点だった。
液体と聞いて直感的に水だと思い込んでいたが、確かに水にこだわる必要はない。
みさきちゃんはみはるのアイデアに若干引いているようだが、かなり強力な使い方であると思う。
「あ、あと空気中の水分を凍らせて使うとか。
その後も二人の意見には驚かされた。
戦法の幅を広げるためにも自分も情報収集してみようと思うぐらいには有意義な時間となった。
夜も更けてきたので、紫苑はみはると共に一条家からお暇することにした。
「今日はありがとう。色々参考になったよ」
「いえ、こちらこそまほ――貴重なものを見せてもらえて楽しかったです。また今度どうだったか聞かせてください」
思わず口を滑らせそうになる美咲に苦笑して二人は帰路に就いた。
「ねぇお兄ちゃん」
「ん?どうした?」
「無理しちゃヤだよ?」
「...あぁ分かってるよ」
安心させるようにみはるの頭をなでる。
兄妹二人、仲良く手をつないで帰路につく。家に着くまでその手が解かれることは無かった。
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