第6話 時間の問題
ヌシ個体が率いる群れを討伐した紫苑は一先ず遺物をポーチに仕舞って探索を再開することにした。
みはるを迎えに行く時間まで余裕をもって探索を続けた結果、小規模なゴブリンの群れに2度、森雀に4度、ゴブリンと森雀の混成群に1度だけ遭遇した。
遺物が出ることは無かったが多対一や高所の敵への対処のいい練習になった。
ダンジョンから脱出すると、支部の更衣室に備え付けられたシャワーで汗を流し装備の点検をして受付に向かう。
まだピークの時間帯になっていないのか受付は探索者が数人並んでいるだけだった。適当な列に並んで待っていると順番が巡ってくる。
「ん?君は...」
声をかけてきた受付嬢の顔には見覚えが無かった。
「? 買い取りお願いします」
「あーハイハイ。買い取りね、りょーかいでーす」
不真面目そうな態度とは裏腹に買い取りの手際は良く、淡々とこなしながら話を振ってきた。
「君、名前は?」
「大神です」
「ふーん、下は?」
「...紫苑です」
「いくつなの?」
「...14ですけど...あの、これ答えなきゃいけないんですか?」
「んーん、答えたくなかったら答えなくてもいいよ。ていうか、中学生なら学校は?いいの?」
「休学してます」
「おっ?学校休んでダンジョン潜ってるの?さては不良君かな?」
「さぁ?どうでしょう。そういうあなたは...」
「ン?」
「まだお名前を聞いてませんでした」
「あー確かに。ウチは石渡瑞穂、よろしくね」
「どうも」
「探索証貸して」
「はい」
探索証を貸すと、識別番号を読み取りすぐに返却された。
「買取は魔石だけ?素材もあるの?」
「魔石と遺物、あと遺品らしきものが手に入ったのでそれもお願いします」
「...りょーかい、ちょっと待っててね」
石渡さんはそう言うと奥の方へ引っ込む。
暫くすると大きな篭をもって戻ってきた。
「フゥー重かった。ほい、じゃあここに魔石入れて」
籠を受付に置くと魔石を出すように指示を出す。
魔石を入れたナップザックをひっくり返すと、石渡さんの様子が変わる。
若々しい黄緑の魔石や4層までの小粒程の魔石より少し大きい魔石の数を見て目を見開く。
「...君さ、探索何日目だっけ?」
「2日目です」
「さすがに慌てすぎ。エリ先輩からも聞いてたけどもっと慎重に潜った方がいいよ」
「? エリ先輩?」
「あー、昨日君の受付担当した人。豊島絵里香さん。今日は非番だけどね」
「あぁ、あの方ですか」
思い出されるのは初探索で5層は潜りすぎだと苦言を呈した受付嬢さん。
マニュアルな対応とは打って変わって、忠告の際はこちらを心配していることが伝わってきた。
「まぁそれはいいや、いや良くないけど。とりあえず遺物と回収した遺品も出してくれる?こっちの篭に出して」
そう言って石渡さんが魔石を入れるよう指示した籠とは別の篭を出した。
ゴム製の持ち手に片刃の刃。どこにでもありそうな造詣のナイフだ。
一つ違いをあげるならダンジョン産の鉱物を使っているため市販の物よりかなり高価であることだろう。
「おぉ!ポーションじゃん、ラッキーだね」
「ポーションは買い取るので鑑定だけお願いします」
「はーい」
ポーションを鑑定中に石渡さんがナイフを手に取る。
「これは...」
石渡さんはナイフを見て何かを思い出したかのように表情を変える。
「持ち主を知ってるんですか?」
「あー、まぁ、多分?」
煮え切らない態度に疑問を持つもどうでもいいことかと思いなおし、紫苑は買い取りを願い出た。
「では買い取りをお願いします」
「え?」
こちらを見る石渡さんはキョトンとした顔をしていた。
意図が分からずこちらも首をかしげる。
「えーと、確認してみないとわかんないけど多分このナイフの持ち主さん生きてると思うよ。いつも受付の時に贔屓にしてくれるパーティーなんだけど、この前初挑戦した5層で運よくヌシ見つけて挑んだけど、命からがら逃げてきたうえに焦って新品のナイフ落とした~って嘆いてたし」
「そうですか。買い取りお願いします」
「...」
「...」
「返してあげる気とかは?」
「? 何故ですか?これは自分がモンスター討伐時に入手したもので分類的にはダンジョン内の物資、つまり遺物の扱いとなるはずです。
ナイフを落とした不注意もヌシ個体に敗走した実力不足もそのパーティーの問題であって自分には関係ありません」
「意外と容赦ないね。んー分かった。じゃあウチも確認するだけしてみようかな。えっと査定はっと...」
いまいち納得しきれていないような顔をしつつもこれ以上首を突っ込むことでもないと思いなおしたのだろう石渡さんはすぐに仕事に戻った。
「はい、ポーション抜きナイフの値段込みで53,482円。」
「4層までとはかなり買取に差があるんですね」
昨日の買取価格の約5倍。明細を見る限りナイフ以外でも昨日の2倍以上は稼いでいる。
「あーそれね、5層以降からの買取価格を少し上げてるんだよね」
詳しく聞いてみると、紫苑がダンジョンに潜った時にも感じたように1~4層の探索者が飽和しているらしい。
1~4を探索した探索者が5層に下りてトラウマを抱えたり、挫折し1~4層を狩場にする。
そう言ったことが探索者業が開業した当初からあったのだが年々増加する探索者の何割かがそうなるため1~4層の探索者は飽和、素材などは在庫余りが増え無駄が多くなってきたとか。
そのため、1~4層までの買い取りの値段を極力下げて逆に5層以降からの買い取りの値段をさらに上げたらしい。
「まぁ言っちゃ悪いけど4層まではチュートリアルみたいなもんだからね。協会としてはとっとと深層に潜ってレア素材とか取ってきてほしいんじゃないのかな。
ま、あたしは潜ったことないから探索者さんたちには強く言えないけどね、早く5層に行け!なんてさ」
1~4層の探索者の問題は意外と根が深いらしい。
「あ、でも5層を克服して深く潜れるようになった人が増え始めてるらしいから解決は時間の問題なんじゃないかな」
「そうですか」
「あんまり興味ない感じ?」
「まぁ、関係ないことですので」
「さっすが探索2日目で5層に行っちゃう人は違うねぇ」
「...どうも」
「ほい、これポーションの鑑定書。あんまり無理しちゃダメだよ?」
「お気遣いありがとうございます。別に無理はしてませんけど」
そう言うと、紫苑はポーションを腰のポーチに入れ鑑定書に目を通しながら支部を後にした。
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side:石渡 瑞穂
「おーい読みながら歩くと危ないゾー、って聞いてないし」
受付の椅子に座りなおすと、先程換金した魔石の入った篭に目をやる。
「そりゃあ、エリ先輩が心配するわけだ」
昨夜、飲みに行ったときに敬愛する先輩が頭を悩ませていた様子を思い出し苦笑してしまう。
「さてもう一仕事頑張りますかー」
グイっと背伸びをし、私は今しがたダンジョンから出てきた一団がこちらに向かってくるのを見て気持ちを切り替えた。
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