第5話 5層にて
スミダ支部に着くと、探索者が行列を作っておりダンジョン侵入まで数十分程かかりそうだったので一度併設されている喫茶店に入ることにした。
探索の準備をする前に昨日購入した5層までのマップと今回の目的の確認を改めてする。
まずはマップの確認。
1~4層は基本的に草原が広がっていて、低木の木がたまに生えている程度。
各階層ごとの変化といえば、その木の密度が階層を下るごとに若干高くなるぐらいか。まぁ、ほんとに若干なのでそんなに気にしなくてもいいだろう。
次層への階段は中央の丘の麓にある洞窟の中。これは1~4層まで共通しているらしい。
小高い丘はいくつかあるが、見晴らしはかなりいい階層が続く。
不意を打たれることはまずないと思っていいだろう。
そして最初の難所となる5層だが、4層までとは雰囲気ががらりと変わる。
階層全体で樹々の密度が非常に高く、木の葉に遮られて日の光も届きにくいため道に迷いやすい。
薄暗いために奇襲に気づきにくく、樹々が邪魔をして移動にも手間がかかる。
これだけでもかなりやりにくい、それに加えて初の人型の登場。
2次試験の講習の時の笠松さんの言葉が思い出される。
「5層を十分に探索できるかどうかが新人探索者として一歩目の成功に直結しているといっても過言ではない。
実際初期のダンジョン探索を担当した自衛隊員の中にも
くれぐれも慎重に探索を行ってほしい。人型との戦闘を乗り切ったとしても直後に空からの奇襲を受けて大怪我を負ったケースはごまんとある」
思い出した後で昨日の5層での行動を省みて嘆息し、さらに昨夜の反省を踏まえてようやく自分が冷静ではなかったと自覚した。
(少し急ぎすぎたのかもしれないな。今日の予定を少し変更しよう。
5層まで下りた後は階段付近から離れすぎないように注意して、空からの攻撃への対処と多対一の正面戦闘の練習にするか。時間ならあるんだ焦らずいこう)
入念に準備運動をして着替えると、探索者の列は少しだけ解消されていた。
(この感じだと、あと十分ぐらいか)
列の最後尾に並んで1~4層の最短距離を確認しつつ時間を潰す。
入り口で探索証をかざし、機械に潜行時間を入力して入り口をくぐる。
次の瞬間には視界を明るい青と若々しい緑が埋め尽くした。
昨日よりも人口密度が高いようでそこら中から連携をとるための掛け声がうっすらと流れてくる。
過剰なほどではないが、モンスターが自然発生する傍から狩られている様子を見るに下手にちょっかいを出すと、他パーティーとの揉め事に発展しそうだ。
実際に揉めている所もある。
「...取り敢えず行くか」
1層から探索者が飽和している様子を見るに、この先でも同じようなことになっていないといいが...と嫌な予感をヒシヒシと感じながらも他パーティーの戦闘に巻き込まれないように気を付けながら5層までの最短距離を走り出した。
道中を一息に走り抜け5層に着いたのは潜行してから1時間が経過したところだった。
予想通り1~4層は多数のパーティーが飽和している状態で遠目でもモンスターの数自体が少なかったように思う。
あちらこちらで人の声が聞こえたし、賑わいのようなものを感じた。
しかし5層への階段を抜けると雰囲気が一変する。
シンと静まり返った樹海は無音の圧力で侵入者を拒んでいるように感じた。
「辺りに他の探索者はいないか」
気を紛らわすように呟く。
(一度階段まで戻って休憩を挟むか?ここまで通しで進んできたからそろそろ一度休憩を入れてた方がいいか)
十分に警戒したうえで、階段で休息を取っている間に自分の身体能力について考えてみる。
(1~4層まで休憩を挟むことなく下りてきたけど...やっぱり身体能力、というかスタミナが上がってるよな。
浅い階層を最短距離で走ってきたとはいえ、かなりの距離になるはずだし...昨日は気づかなかったけど腕力なんかも上がってるかもしれない。
...やっぱりオーガの討伐が影響してるのか?)
最新の研究でダンジョン内には
魔粒子は近くの生物の体内に寄生する性質を持っており、宿主が死ぬと汗腺などを通って体外に出て一番近くの生物へと新たに寄生する。
さらに少しでも長く宿主に寄生するために宿主の身体能力の向上を手助けし、感覚器官や神経にまで好影響を及ぼすという研究結果も出ている。
これによって何が起こるかと言うと、モンスターを討伐した際に寄生していた
すると、体内の魔粒子が増え討伐者の身体能力や各種感覚器官、神経系の能力が上昇。
ゲームで言うレベルアップのような現象が起こるのだ。近くに複数の生物がいた場合、つまり討伐者が複数人だった場合は魔粒子は近くにいるほど寄生しやすい。
自分の身に急激な身体能力の向上というイレギュラーが起きたのは
「まぁ、身体能力が上がること自体は嬉しい誤算か。日常生活を送る中で力加減を間違えるようなこともないようだし」
#####
休憩を挟んだ後、まずは空からの奇襲への対処の練習のためにモンスターを探して階段付近を歩き始めた。
5層は樹海のようなフィールドだがまだまだ浅層ということもあってか出現するモンスターの種類はそう多くない。
空から攻撃を仕掛けてくるような鳥類種のモンスターともなると1種類しかいない。
Chuii!
雀を2回りほど大きくしたような外見のこのモンスターは空気を圧縮して弾のように射出する風魔法を使う。
速度自体は見切れないほどでもないが、直撃すれば大怪我は免れない。
後は突発的な刺激に非常に弱いため――
「フッ!」
放たれた風魔法を最小限の動きで避けてあらかじめ用意していたものを森雀に向かって投げつける。
パァァンッ!
Chuea!
強烈な破裂音に混乱した森雀は墜落し、ピクピクと痙攣している。
「想像以上に効いたな...」
投げつけたのは音爆弾。
武器を購入しに支部の2階に行った際に小物を取り扱っているコーナーで見つけたものだ。
何かしらの役には立つだろうと少しだけ購入していた。
(効果は抜群だが流石に毎回これに頼るわけにはいかないな。それなりの値段だったし、複数個持つだけでも嵩張るし次は他の方法を試してみるか)
そう結論付けると、紫苑は痙攣したまま動かない森雀にとどめを刺し魔石を回収した。
森雀は鳥類種という戦う上で厄介な相手にもかかわらず5層のモンスターの中では探索者たちに好印象なモンスターである。その理由は――
「これが”色付き”の魔石か」
回収した魔石は透き通った若緑色をしており、風属性の魔力を宿していることを現している。
属性を宿した魔石は通常の魔石よりも買取価格が高い。
ゆえに探索者は見つけたら率先して討伐している。
「よし、次」
その後、探索を再開するとすぐに樹の枝に泊まって休んでいる個体を発見した。
周囲を見渡す。一見すると、樹木が乱立し移動を制限されているだけのフィールドだ。
しかし樹にも個体差があり足掛かりとなりそうな突起はいくつもある。
「...いけそうだな」
小さく呟くと右にある樹に向かって助走を開始する。
勢いそのままに跳躍、突起に右足をかけ身体を上に押し上げる。
次は左足、右、左、右、左。
周囲の樹の位置を適宜確認しつつ壁キックの要領で上へ。
樹を蹴る音で森雀が目を覚ます頃にはすでに同じ高度にまで達していた。
Chuii!!
慌てて風魔法の準備をするも――
「遅い」
縦に力いっぱい振り下ろした斧は森雀を枝ごと叩き斬った。
樹の突起に斧を引っ掛けるようにして冷静に落下の勢いを殺す。
「...場所にもよるけど直接攻撃することも出来なくはないか」
斧の叩きつけと落下の衝撃で見るも無残な姿になった森雀の亡骸から魔石だけを回収すると、紫苑は次の獲物を探して階段付近の捜索を再開した。
「...」
10分ほど周囲を探索していると5匹のゴブリンの群れを見つけた。
しかも、そのうちの1匹は他の個体と比べて体格が一回り大きい。
間違いない、ヌシ個体だ。
(武器は棍棒4とナイフ1。ナイフを持ってるのがヌシだな。ナイフは見た感じまだ新しそうだけど...探索者から奪ったのか?)
ヌシ個体が持つナイフは日の光を薄く反射していることからまだ使われてそれほど日が経っていないのではないかと推測できる。
ゴブリンが武器の手入れをするとも思えない。
(買い取ってくれるんだろうか?一応、回収はしておくか。それよりヌシに出会えたのは大きいな)
ダンジョンの5の倍数層に登場するヌシ個体は非常に討伐需要が高いモンスターだ。
次の階層に進むためのカギとなるうえに、素材や魔石も通常個体より良質であることが多いから。
しかし、ヌシ個体は稀な存在である。
基本的に階層に1体以上は必ず存在する。しかし1体、通常多くても2,3体しかいないヌシ個体を広いフィールド内で見つけるのは中々骨が折れる作業だ。
しかも見つけたら即討伐されるのが基本のため探索者同士での競争にもなる。
民間のダンジョン探索がうまく進んでいないことの要因の一つに数えられるほどだ。
「今日の目標は空からの攻撃への対処の練習と奇襲を伴わない集団戦闘の練習」
隠れて様子を見ながら呟き、暫し考える。
ヌシ個体の討伐は狙った方がいい。
次に遭遇するのがいつになるか分からないし、先に進まないにしろ鍵を取っておいて損はない。
オーガを討伐したことによる身体能力の向上をしっかりと実感できた今、討伐自体は比較的簡単だと思う。
問題は多対一の正面戦闘の練習とするかどうか。
奇襲を交えれば戦闘はすぐに終わるだろう、だがそれでは練習にならない。
かといって、慣れない正面戦闘を挑んでヌシを取り逃がすようなことも避けたい。
果たしてどうするべきかと悩んだものの、今回はヌシ個体の討伐を優先し正面戦闘の練習で余計なリスクを負わないように決めた。
浅層とはいえ、ヌシ個体は通常より強い場合が多い。
普通の群れと遭遇した時に正面戦闘の練習をすることにしよう。
方針を決めたら、即座に行動を開始する。
外套の効果で
頭上に来ると、タイミングを見計らって――落ちる。
猫背気味な体格の首を狙って、両手で斧を持って目一杯振り下ろす。
サクッ
小気味良い音と共に首を落とすと、すぐさま次へ。
突然群れのボスの首が落ちたかと思うと、次々に仲間が致命傷を負っていく。
混乱を極めたゴブリンたちは狂気に陥り、ろくな抵抗も出来ず
下手人の姿を見ることなく地に伏していった。
時間にして数秒の出来事。
探索初日とは打って変わって冷静なまま死体から魔石だけをくり抜く。
その作業が終わると、ヌシ個体の死体へと目を向ける。
傍にはいつの間に現れたのか、一般的にイメージされる木製の宝箱があった。
辺りの惨状とあまりに合わないそのコミカルな存在感は非常に異質なものに思える。
「...なんというか、違和感がすごいな」
凄惨な現場から少し離れて宝箱を開けてみる。
初めての希少なドロップ。
例え中身が分かっていたとしても心は童心に返ったようにワクワクする。
早速開けてみると中に入っていたのはヌシ個体討伐を示す鍵、手に持ってみると徐々に発光して粒子状に分解され、右手に吸い込まれるようにして消えていった。
右手の甲を見ると、そこには鍵のような紋様と一緒に5という数字が刻まれている。
これで6層への扉を開く条件を達成した。
マップを確認した時に扉の位置は把握しているので、すぐにでも6層に挑めるだろう。
「まぁ、6層は後回しだ。暫くは5層を狩場にするつもりだし。それより問題は...」
箱の中を覗くと、そこにはもう一つ何かが入っていた。瓶に包まれた翠色の液体。
炭酸飲料水にありそうな色合いのその液体はゲームなどでも皆がお世話になる必須アイテムとして登場する
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