第2話 スタートライン


 翌日、必要な書類をもって探索者協会スミダ支部へと足を運んだ。


 スミダ支部はダンジョン内部への勝手な侵入を防ぐために入り口を取り込むような形で建てられている。


 シンジュクでは塔全体を囲むほどの規模であったが実のところそれほどの規模の協会支部は少ない。ほとんどの場合、最低限入り口付近を取り込むに留めている。


 平日の昼間であるためか支部の中にいる人は少ないが、それでも義務教育の途中であろう子供が一人で来るのは余程珍しいのだろう。

 かなりの注目を集めてしまっている。


(結構綺麗なんだな。まぁ新築なんだから当たり前か...あそこが受付か)


 新宿ダンジョンの時はじっくり見る暇と余裕が無かったから、清潔感の保たれた内装をキョロキョロと見ながら受付に向かう。


 出入口正面にダンジョンの入り口がポッカリと空いており、左手には5つの受付とその奥に更衣室がある。


 右手にあるのは...喫茶店だろうか。小綺麗な内装の店になっている。


 事前の情報の通り2階で武器や防具を扱っているようでここからでも多種多様な武器がショーケースに入れられているのがわかる。


「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょうか」


 子供相手でも丁寧な対応をすることに正直少し驚いたけど手っ取り早く要件を済ませて2階へ行こう。


「探索者登録をしに来ました、書類はこちらにあります」


 必要事項を記入した書類を差し出すも、受付の女性は固まってしまったように動かない。


 人が少ない為か両隣で受付を担当している人たちも驚いたようにこちらを見ている。


「あの...」


 ハッとした受付嬢が気を取り直して再度確認してきた。


「も、申し訳ありません。えっと、探索者への登録でございますよね?間違いありませんか?」


 確かに珍しいかもしれないが、そんなに驚くほどだろうか?


「書類の確認を致しますので少々お待ちください」


 そう言うと受付嬢は裏に引っ込んでいった。それほど時間もかからないだろうと思い、その場で待つことに。


 数分後にはスマホほどの大きさの機械を片手に戻ってきた。


「お待たせしてしまい申し訳ありません、書類の確認が取れました。つきましては、こちらの端末について説明させていただきます」


 受付嬢が持ってきた端末はいわゆる探索証というやつで主要な機能は2つ。


 1つは探索者個人個人で番号が設定されており、ダンジョン入り口に設置されている機械にかざすとダンジョン侵入時刻を記録してくれる。

 ダンジョン脱出時にもかざすことによって侵入時間を記録。


 もし事前の申請なく、侵入時刻から24時間が経過すると連絡がいくようになっている。ただ、連絡が行くだけで救助に動くかはその時の状況にもよるらしいけど。


 2つ目は討伐したモンスターの魔石や素材を売り払った時のお金を口座に預けて必要な時に引き出せるようにする通帳のような機能。主に利用するのはこれらだろう。


「その他にも、一部の店舗ではクレジットカードとしてもご利用いただけます。また端末内にはモンスターごとの魔石や素材の売値を教えてくれるアプリや国内のダンジョン限定で各ダンジョンの情報を一部売買できるようになるアプリなど様々なアプリが入っておりますのでどうぞ有意義にお使いください」


 どうやら講習で教えられたよりも、かなり便利なアプリが導入されているようだ。普段からこまめに確認する必要があるかも。


 少し話を聞いてみると、探索証に関しては日々改良が行われているようで申告すれば内部データの更新もしてくれるらしい。


「続きまして探索者の等級に関してのお話をさせていただきます。

 等級は全部で6つ。全世界共通のものとなるので、なるべく分かりやすいように上からS,A,B,C,D,Eとなります。

 昇給試験などは無く、到達階層や1か月ごとの稼ぎ、あとは指名依頼の達成率などの視点から変動します。注意していただきたいのは上がるだけでなく、下がることもあるという点です。等級の変動は4か月毎となります」


 ここら辺は講習でも聞かされた話だ。上位の等級になれたからと言って慢心していると、一気に等級を落とすこともあるとか。


(金さえ稼げるのならあまり気にしないけど協会からの評価だと思うとそうも言ってられないか。少し注意しておくか)


「最後に、迷宮時計ラビリンスウォッチについてお話させていただきます。

 探索者試験の実践演習時に使用されたかと思いますが、その利便性についてはお判りいただけているかと思います。

 協会といたしましても探索者の方々には購入を推奨しています。ただ高価な品になりますのですぐに決めていただかなくても構いません。

 資金の準備が出来次第、受付に声をかけていただければ対応しますので」


「分かりました」


「その他にも雑多な事柄がありますが、端末内に大体のことは記載されておりますのでそちらをご覧ください。以上で説明は終わりです。何か質問はございますでしょうか?」


「いえ特には」


「それでは“あなたの探索が実りあるものでありますように”

 また何かあったら相談してくださいね」


 優しい受付嬢さんの説明が終わり時計を見ると、時間にはまだまだ余裕がありそうだったので早速2階の武具店を見に行くことにした。



$$$$$

side:豊島 絵里香とよしま えりか


 探索者組合スミダ支部、そこが私の職場だ。


 業務内容は探索者の応対や書類整理。あとは稀に来る指名依頼の仲介ぐらい。


 全世界にダンジョンが出現してから数年が経ち、ようやく世間がダンジョンに慣れてきた頃に就活に悩まされていた私は探索者組合の受付嬢の募集を見つけて急いで申し込んだ。


 それなりに身なりに気を使っていたのが良かったのだろう。採用試験に合格し、そこそこ充実した日々を過ごしていた。他の受付嬢の娘達とも仲良くやれてると思う。


「エリ先輩、この資料なんすけど...」


 困った様子の口調で質問に来た娘は石渡 瑞穂いしわたり みずほちゃん。


 受付嬢に選ばれるだけあって容姿端麗でいつも自然体で接する様子から、探索者さん達からの人気も高い。


 私の1年あとに入ってきた娘で年が近かったこともあってたまに一緒に飲みに行くぐらいには仲がいい。


「あー、これは私の方で預かっておこうかな。瑞穂ちゃんは買い取り査定の方をお願いね」


「あーい。了解でーっす」


 職場が職場なら説教物の返事だが皆もう慣れてしまったのか、特に反応を示す娘もいない。

 それに私たちの職場は女の子しかいないからどの娘も大体こんなもんだ。


「あんた、またそんなやる気ない返事して、部長に見つかっても知らないわよ」


 呆れたような声を出しながらこっちに来たのは瑞穂ちゃんと同期の愛澤 心美あいざわ ここみちゃん。


 アイドルのような可愛らしいルックスで何人もの探索者さんを手玉に取っている。

 本人もその可憐な容姿を最大限に生かすようなキャラづくりをしており、まぁ端的に言うと、ぶりっ子キャラを演じている。


 そんな心美ちゃんは同姓には嫌われそうなタイプに見えるが、姦しい我が部署では上手く立ち回っていて人間関係の潤滑油の役割を果たしてくれている非常にコミュ力の高い女の子だ。


「せ~んぱいっ、書類の確認おねがいしまーすっ☆」

「うわぁ」


 受付中のキャラで話を進める心美ちゃんに瑞穂ちゃんはドン引きだ。

最初の頃は私も若干引いていた。今ではもう慣れてしまったけれど。


 その後もなんやかんやと仕事を終えて、その日は特に飲みに行ったりもせず普通に帰った。


 これが私の日常。淡々としているが、前の職場より居心地がよくかなり気に入ってる。



#####



 その日も私は普通に受付での仕事をこなしていた。時間帯は学生の通学時間を少し過ぎたあたりかな。


 早朝から潜ったり昼間から活動を開始する探索者さんが多いためロビーにいる人もまばらで少し気が抜けてくる時間帯、私も隣で受付をする瑞穂ちゃんと世間話をしながら手を動かしていた。


 すると――


 中学生ほどの背丈の男の子が入ってきたのだ。瑞穂ちゃんも他の受付の娘も勿論私も思わず手を止めて凝視してしまう。


 それはロビーにいた他の探索者さんたちもそうだったようで、数秒程時が止まったようだった。


 少年は建物内を見渡しながら周りの視線を気にした様子もなくこちらに歩いてきた。

 探索者さんの息子さんだろうか、とりあえず対応しなければ。


「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょうか」


 定型文で訪問理由を尋ねると予想外の返事につい固まってしまった。


「探索者登録をしに来ました、書類はこちらにあります」


 まず、その丁寧かつ落ち着いた物言いにホントに中学生だろうかと戸惑い、次の瞬間にはその戸惑いはさらに大きな戸惑いに押しつぶされた。


(探索者登録?誰が?この子が!?えっ!ちょ、ちょっと待って?え?え?)


「あの...」


 男の子に声をかけられたことで再起動する。


「も、申し訳ありません。えっと、探索者への登録ですよね?間違いありませんか?」


 思わずどもってしまったが、ギリギリセーフ...のはず。

 未だに困惑から完全に復帰できてはいなかったが、受付嬢の意地でなんとか立て直す。


「書類の確認を致しますので、少々お待ちください」


 そう言うと、部長に確認するために席を外した。


「エリせんぱーい」


 確認のために、奥に引っ込むと両隣で仕事をしていた瑞穂ちゃんと心美ちゃんがついてきた。


「? 受付はどうしたの?」


「まぁまぁ、どうせこの時間は暇なんだし大丈夫ですよ。それより私たちもあの男の子のこと気になるんで早く行きましょう」


 瑞穂ちゃんが強引に話を切って先頭を行く。

 心美ちゃんがジト目で見てるからサボりに来たんだろうなぁ。


 まぁ今はそれよりも急いで部長に確認を取らないと。


「そのまま、登録作業を続けてください。彼が探索者になることに関して法的な障害はありませんので」


 部長に確認を取りに行くと、ピシリと言い放たれて思わずポカンとしてしまった。


「え、でも...いいんですか?あの、彼中学生ぐらいだと思いますけど」


「直近の探索者試験で一人、中学生の合格者が出ていると連絡がありました。まだ公になっているわけではないので騒ぎにはなっていませんが、書類を見るに、彼のことで間違いないでしょう」


 ヒュー、と少し後ろで口笛が鳴った。


「てことは、公式な探索者資格保有者の最年少ってことですよね。スゴー」


 瑞穂ちゃんの言う通り、確か今までの最年少は19歳だったはずなので記録を大幅に更新することにはなるが、果たしてそれはいいことなのだろうか?


「うーん、つまりぃ優良物件?」


「ちょっココ、相手は中学生だよ?そういう趣味あったの?」


「...べつにショタコンとかじゃないけどさぁ、将来大物になりそうじゃない?今のうちから唾つけとこうかなぁって」


 受付嬢の先輩たちの中には現役の探索者と結婚する人も多い。中堅レベルの探索者さんになると民間であれ、企業お抱えであれ一回の探索ですごい額を稼いでくる。


 特に企業お抱えなら、実質エリートサラリーマンと同じで給料も安定するみたいだしなおさらだ。

 最近は保険も充実してるし、そういう面でも安心らしい。


 他の職場に比べたら、探索者協会の受付嬢というのは出会いの多い職場なのだ。


「ンンッ」


 部長のあからさまな咳払いに二人がビクッと反応した。


「質問のタイミングを逃していましたが、何故二人はここに?勤務時間のはずですが?」


「あーいや、あはは。じゃ、じゃあ疑問も解決したことですし、二人とも仕事に戻りましょうか」


「私はぁ仕事しようと思ったんですどぉ、瑞穂が行こう行こうってうるさくてぇ」


「ちょっとココ!」


「はぁ、二人とも後で私の元へ来るように。豊島さんは登録用の書類と探索証を持って行ってくださいね」


「は、はい」


 疲れたようにため息をつく部長に少しだけ同情してしまう。

二人とも元気だからなぁ。


「あぁそうそう、彼が若いからといってあまり過剰に気にかけるようなことはしないでくださいね。貴女たちがそういう態度をとると、かえって変なやっかみをこうむる恐れがありますので」


 確かに二人ともすごくかわいいからなぁ。


「貴女もですよ、豊島さん」


「へ?あ、はい分かりました」


 受付に戻ると、男の子は2階の探索用装備などを取り扱う店に目を向けていた。


「お待たせしてしまい申し訳ありません、書類の確認が取れました。つきましては―――」


 協会での規則にのっとって説明をすると、静かに聞いてくれた。

説明が終わると、特に質問もなく少年は2階へと歩を進めていく。


(無茶とかしないといいんだけど、流石にどこかのパ-ティーに入るわよね。やっぱり、探索者さんの息子さんなのかな?)


 その日は仕事が終わった後に瑞穂ちゃんと心美ちゃんに連れられて外食したが、話題はもっぱら昼間の少年のことだった。



#####

$$$$$



「いらっしゃいませ」


 2階上がるとスタッフの一人が声をかけてきた。

受付でのやり取りを見ていたのか、驚きを顔に出されることは無かった。


 改めて店内を見渡すと、様々な武器がショーケースに入れられておりそれぞれのショーケースの近くにはスタッフが常駐している。


 取り扱いにはかなり注意しているようで、ショーケースを開けるには店員に声をかけなければいけないようだ。


 時間帯ゆえかこちらも人は疎らなためあまり目立ってはいない、チラチラとした視線は感じるが。


 視線を気にせずゆっくりと歩を進めていく。店内の品揃えは圧巻の一言に尽きる。


 各武器種ごとに見本が天井に届きそうなほどに並べられている。

 脚立が等間隔で用意されており、見栄えが良くこういったものが好きな好事家たちなら何時間でも時間を潰せそうだ。


(これだけの品揃えなら片手斧も鉈もあるかな。どっちも近距離武器だから...とあったあった)


 近距離、中距離、遠距離ごとに分けられたショーケースは分かりやすく、目的のものはすぐに見つかった。


(片手斧だけでもかなり多いな。値段は....最低でも5万強、高品質の奴になってくると7桁超えてくるか)


 モンスターに対して既存の武器では効果が薄いことがこの数年で実証されている。

 対モンスター用の武器は全てダンジョン産の資源を使って作られており、そのため最も低い価格帯でも一般人にとっては手を出しにくい値段となっている。


 一度手に取ってみた方がいいと思い、近くのスタッフに声をかける。


「すいません、手に取ってみたいんですけど...」


「あっはい!少々お待ちを」


 実際に手に取ってみると、握り心地や重心などが微妙に違うことがわかる。

そのまま数十分あれやこれやと試し、しっくりくるものを見繕う。


 鉈も同様にじっくりと吟味した。注文をしたら今度は防具のショーケースへと足を運ぶ。といっても、防具は武器に比べると品揃えが少ない。


スタッフの方に話を聞いてみると、防具にまで手が回る初心者は少なく、中堅の探索者からは素材を持ち込んでオーダーメイドの防具を職人に作って貰っているため防具の需要は薄いんだとか。


 取り敢えず見てみようと思い、端の方から見ていくと―――


「これは...」


 試験の時にお世話になった迷彩蜥蜴ステルスリザードの外套が置いてあった。

 流石に自衛隊の備品であったため買取も出来ず諦めていたが――


(値段は...フゥ、オーガ討伐の報酬があってよかった)


 亜種モンスターの素材を使っているだけあってかなりの値で売られていたが報酬のおかげで手に入れることが出来た。


 この買い物だけでもここに来た甲斐がある、そう思えるほど有意義な買い物だ。


 その後も小物を数点購入して紫苑は店を後にした。

 小物のラインナップも充実していたため今後も新製品や掘り出し物が無いか定期的に確認に来ようと思う。



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