2章:塔に挑むは一匹の狼、その行く末は未だ誰も知らず

第1話 禍転福成


 探索者試験で致死の罠ムエルテ=アクシデンに巻き込まれてから暫くして、退院した現在はもう少し安静にしているようにと楓さんとみはるに心配されて療養中である。しかし、とある問題に頭を悩ませていた。



#####



 時は少し遡り、自分が目覚めた直後に宗任さんと笠松さんが訪ねてきた日。

 人喰い鬼オーガの件についての感謝と謝罪の後、討伐に関する報酬の話になった。


「オーガの討伐報酬に関する話をしたいんすけど、その前に確認があって...大神君が討伐したのはオーガだけっすか?」


 宗任さんが確認を取るように尋ねてきたので、あの日の記憶を引っ張り出す。


「いえ、確か...ゴブリンの群れを倒しながら進んでいる最中に樹の影にオーガ、というか他の個体よりも明らかに大きな影が潜んでいるのを見つけて...色付きの側近が2匹いたはずです」


「なるほどなるほど...実はっすね、群れとの戦闘場所から少し離れた森の中にこれが落ちていたんすよ」


 そう言うと宗任さんは持ってきていたアタッシュケースを手に取り、開けて中身を見せてきた。


 なんだろうかと中身をのぞき込んでみると、拳大こぶしだいほどの大きさの白い木の実のようなものが丁寧に保管されていた。


「これは...?」


 何の実なのかよく分からず思わず怪訝そうな顔になってしまう。


「祝福の果実っすよ。細かい説明は講義であったと思うんで省かせていただくっす」


 バッと音がするような勢いで宗任さんの顔を見てしまう。


 この果実はそれほどの価値を持つものだ。


 世界各地に塔が出現してから数年、探索者の中には科学では説明がつかない超常の力を使う者が現れるようになった。


  “魔法”


 炎の槍や水の壁、土の棘に風の刃。

 これらのゲームなどでよく見かける超常の力を人類は遂に手にしてしまった。


 もちろん、誰でも使えるわけではない。


 魔法を使えるようになるためには現時点でいくつかの方法が発見されているが、その中で最もポピュラーかつ確実な方法が「祝福の果実」という遺物の摂取による魔法の獲得だ。


 祝福の果実は“色付き”と呼ばれる、何かしらの属性の魔力を宿した個体を討伐した際にその個体と同じ属性の恩恵を得られるようになる果実で、色付きのモンスター討伐時に極めて稀に出現する。


 世の中に探索者と呼ばれる職業が広く認知されてから上級探索者としてメディアなどで取り上げられる超一流の中でも魔法を使う者は一握りしかいない。


(確か、かなり前にニュースで見たときはオークションで数百億超えたって言ってたような...)


 その時は確か某国の国営探索者パーティーが貯蓄のほとんどを吐き出してオークションに競り勝っていたとニュースで見た記憶がある。噂では国も支援していたとか。


 あの時よりダンジョン探索が一般市民にも広く開放され幾分落ち着いたとはいえ、いまだに祝福の果実の獲得のために各国の国営探索者パーティーがダンジョンを飛び回っていると聞いたこともあるぐらいだ。


「どうっすか?すごいでしょこれ」


「えぇ、すごいです」


 なぜか誇らしげにする宗任さんに疑問を抱く余裕もなく目の前の果実に視線を吸い寄せられていた。


 大変喜ばしいことではあるが一方で疑問もある。


 祝福の果実の価値は計り知れない、だからこそ自衛隊がこの果実を報酬として一般市民に明け渡すことは現実的ではないように思えるのだ。


「黙っていれば気づかなかったでしょうに...」


 思わず口に出てしまったがそれぐらい希少なものだ。笠松が紫苑に対して補足を入れてくれた。


「俺もそのようにしようと思ったよ。発見時点では誰が獲得したものかも分からなかったしな。だが、宗任が誰のものかはっきりさせるといって聞かなくてな」


「当たり前じゃないっすか。報酬は正当に支払われるべきっすよ。一説によると遺物は所有者を選んでいるのではないかって話もあるぐらいなんすから...隊長もダンジョンの祟りとか嫌でしょ?」


「またお前はそんな不確定な事象を盾に言い逃れをしようと...はぁ、まぁいい。この件に関しては我々にとってはもうすでに済んだことだ。これ以上余計な口出しはしないさ」


「さすが隊長。よっ!太っ腹!」


「...お前には後で訓練に付き合ってもらうとしよう」


 その一言で宗任さんの顔が酷く歪んだ。そんなにきついのか...

 いまだ若干の放心状態である自分を横目に宗任さんがさらに封筒を取り出す。


「訓練は置いといて...こっちが自衛隊からの本来の報酬っす」


 中身には札束がぎっしりと詰まっていた。生まれて初めて見る大金にギョッとしてしまう。


「ざっと500万っすかね。オーガ討伐に+αアルファって感じで」


「+α?」


「まぁ、大人の事情ってやつです。あんまり気にしなくていいっすよ」


「そろそろ失礼するよ」と言って立ち上がる二人に会釈をして見送る。病室を出る直前、笠松主任が思い出したように付け加えた。


「あぁ、その果実はまだ上に報告していない非公式なものだ。報告していれば今この場にはなかっただろうからな。くれぐれも入手先の情報は伏せるように

 ...では“貴殿の探索が実りあるものでありますように”」


「そいじゃあ大神君、くれぐれも命大事に頑張ってくださいね

 “貴殿の探索が実りあるものでありますように”

それじゃっご武運をお祈りしてるっす」


 そう言うと、立て続けに予想外なことが起こったせいでいまだ放心状態から戻ってこれていない自分を置いて二人は静かに病室を出ていった。



#####



 祝福の果実と報酬500万を手に入れてから既に数日。

自宅で療養中にいろいろと調べてみて、今後の計画も大まかにだが立てられた。


 今は平日の昼間、みはるも学校に行っていて家には一人。

祝福の果実を試すには最適なタイミングだ。


「...よし」


 気合いを入れて白い果実を口に運ぶ。


 歯を立てると、何の抵抗もなく溶けるように口内へと消えていった。

まるで雪を食べているかのような感覚だ。


「ん?」


 食べ終わって少し時間が経つと、肩甲骨のあたりに違和感を感じ始めた。

違和感は次第に強くなり、続いて襲ってきたのは猛烈な寒気。


 それと同時に肩甲骨に感じる違和感に熱が追加された。

まるで、体温を無理やりその部分に集めているような...


「くっ...」


 身体の末端の感覚はすでになく、体温がどんどん下がりあまりの冷たさに体が動かない。


(祝福の果実を食べた際の副作用について調べておくべきだったな。いや、前例なんて数えるぐらいしかないんだし、調べるのは無理か。まずい、な...身体が、動かない。はや...く、た...すけ...を...)


 次第に瞼が重くなり意識が闇へと沈んでいった。


「...ん」


 目が覚めると、すでに空は茜色に染まりどうやら意識を失ってからかなりの時間が経過したようだ。


「大丈夫だったのか?」


 洗面所へ向かい鏡で、最初に違和感を感じた肩甲骨を確認してみると、そこには拳サイズの奇怪な紋様が白く刻まれていた。


「これは...」


 ふと、唐突に頭が理解する。


 それは今まで忘れていたことを唐突に思い出すような、そんな気味の悪い感覚だった。


 紫苑が祝福の果実を食べたことで獲得した魔法は“凍結”

そして副次的なものとして“分解”。


 液体を凍らせ結びつける力と凍らせたものに限り任意で分解する魔法だ。


 魔法には未だ謎が多く、この力がどのくらい強いのかは分からないがそこに関してはこれからじっくり調べていこう。


 イレギュラーな事態に遭遇したおかげでお金には幾分余裕ができた。


 その点だけに関していえば、致死の罠ムエルテ=アクシデンに巻き込まれて良かったともいえる。もう二度と御免だが。


「魔法については追々考えるとして、まずは夕飯の支度からか」


 そろそろみはるも帰ってくる時間だ。


「ただいまぁ」


 どうやら帰ってきたようだ。手早く支度を終わらせてしまおう。


 その後、みはるが帰宅して夕飯を食べ諸々の雑事を終わらせてみはるが寝たのを確認するとPCを開いて500万の使い道について思案し始めた。


(まずは装備を整えないと...協会のホームページから見ていくか。試験で5層まで潜ったとはいえ、あの時とは状況も装備も違うからなぁ)


 試験の際は自衛隊の備品を貸してもらえたが、正式に探索者になった今必要なものは全て自己負担だ。


 満足な装備を整えられず、最初のうちはジャージなどで潜る初心者も多いんだとか。


(ソロで行くのは確定として、慣れるまでは1~3層でモンスターを狩るのがいいか。序盤の階層ならアクシデントが無い限りはほぼ小型がメインになってくるはず。

 解体は考えずに魔石だけ回収しよう。そうなると、メインは小回りが利いて扱いやすい片手斧かな。サブに中型の刃物の...鉈だな。試験の時にも使ってるし、使い慣れてる方がいいだろ)


 そう考えて探索者協会のホームページから武器や装備の取り扱いをしているページに飛んでみると、かなりの種類があった。


(多すぎて決め切らないな...ん?協会のスミダ支部には武具店が併設されてるのか。実物を見た方が手っ取り早いし、明日行ってみるか。防具もそこで見てみるとして...

 次は、どのダンジョンに行くかだけど。一番近いのはシンジュクだけど人が多そうだし...スミダダンジョンにするか。明日はスミダ支部に行って正式な手続きを済ませた後装備を見てみることにしよう。

 よし次は――――)


 その後も情報収集を続け、結局眠りについたのは深夜を少し過ぎたあたりだった。



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