第6話 閻魔様
「閻魔様! 閻魔様!? 第244代行閻魔様! どこにいかれたのですか!」
部屋の外にまで連なる人間を見て、慌てて裁定の間に踏み込んだ。そして私が見たのは、部屋の中央の椅子に大人しく座って待っているオジサンだった。
「ああ。係の人かね?」
「はい。そうですが、閻魔様はどちらにいかれましたか?」
本来では裁定者を前にして、閻魔様が席を外すなど、あってはならない事だ。
私は頬を引く付かせながら、裁定者の男性の声に耳を傾ける。
「それがだね。もう帰る、と一言呟いて、出て行ってしまってね。私も困っているのだよ。私はどうしたら良いのだろうか? ここで待っていればいいのかい?」
「……少々お待ちくださいぃ」
私は引きつった笑みを浮かべ、そそくさと閻魔様の机へ向かう。その机の上に一枚の紙が置かれ、墨で文字が書かれていた。
『私アルバイトなので、こんなキツイ仕事なら止めまーす』
私は思わず叫んでいた。
「バイト閻魔ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
大量の人間が押し寄せてきたことに寄り、正規の登録閻魔様だけでは処理が追い付かず、資格保有者を急遽募集したのだ。その結果、閻魔資格を持つバイト戦士たちが大勢やってきたのだが、バイト戦士のことごとくが戦死してしまった。
彼らは閻魔業の激務に耐えられなかったのだ。だが、それも致し方ない事だろう。正規登録の閻魔様が激務により体を壊してリタイアしていくような場所で、バイト閻魔が長続きするわけがない。内容は天界行きか、下界行きかを判別し続ける単純作業ではあるが、兎に角ノルマが厳しい。特に最近のノルマの厳しさは目を見張るものがある。
クリアしなければ、減給であるため、閻魔様は必至だ。バイト閻魔様など、下手をすれば仕事をしたにも関わらず、給料が貰えず、ノルマ不達成の罰金を払う事になる可能性まである。
すべての原因は、人間達が大量に押し寄せてきていたからだ。地上界で一帯何が起きているのだろうか。
私は気を取り直し、部屋の中央で待つ裁定者に笑顔を見せる。
「閻魔様をお呼びしますので、もう少々お待ちください」
すでにこの建物内の閻魔は全員業務に従事している。だから他所の閻魔棟から呼び出さないといけない。しかし、どこも人手不足であろう。
どうする。もう無資格で流すか。そうでもしなきゃ、この数はさばき切れない!
ちらりと部屋の外を覗けば、長蛇の列が続いている。そしてその長蛇の列の向こうでは、巨大な船から、大量の人間が吐き出されてくるところだった。
ああああああ!! 橋渡しの連中! 下界から大型船を導入したのか!?
巨大な客船から続々と人間がこちら側に降り立つ。その全員が閻魔様の裁定待ちという恐ろしい事実が伸し掛かってきた。
その時、通信機が鳴動する。
『こちら200番台閻魔様管理班のリーダーです。バイト閻魔様が一斉ストライキに入りました。係員は各自、バイト閻魔様のご機嫌取りをして、仕事を続行させてください。その他はすべて現場判断に任せます。大事な事なので、繰り返します。現場判断に任せます。』
私はその通信を聞きながら、部屋の中央で待つ男性に笑みを浮かべる。そして、彼に問いかけた。
「あなたは天界と下界。どちらに行きたいですか?」
バイト閻魔のご機嫌取りなんて、死んでもごめんである。資格保有者というだけで、マウント取ってくる正規登録閻魔ですら面倒なのに、バイト閻魔の厄介さはそれを上回る。
それをするくらいなら、ここで私が捌いて、誤魔化してしまった方が早い。
男性が「どっちにしようかなぁ」と悩んでいるうちに、私は隣の部屋に向かう。そこで途方に暮れている同僚を捕まえた。
「私達でやるわよ」
「えっ!? 無資格で!?」
「バイト閻魔のご機嫌取りと、無資格判定による叱責。どっちがいい?」
「……分かった。隣にも伝えておくわ」
男性が天界を選んだので、私は天界側の扉を開く。ついでに下界側の扉も開く。そして私は部屋の扉を大きく開け放ち、大声で叫んだ。
「右の扉と左の扉。好きな方へお進みください!」
ゾロゾロと動き出した列を見て、私は満足した。そして列の流れと残りの待機人数から、今日は夜の11時くらいには帰れそうだと笑みを浮かべた。
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