第5話 極寒地獄
「早く! 早く氷を持ってきてくれ! ちっとも気温が下がらない!」
「もう無理です! 針山がいくつ禿山になっていると思っているんですか! もう無いんです! 氷の針はもう無いんです!!」
「何とかしろ! これ以上気温が上がったら、極寒地獄じゃなくなっちまう!」
「課長! 諦めましょう。もう無理ですって! どこの地獄もキャパオーバーで全然機能してないですって。うちだけが頑張ってもどうにもなりませんよ!」
「馬鹿野郎! 諦めたらそこで試合終了だ!」
「最初から試合になってないんですよ! 見てください! この人の数を!!」
管理棟の中から眼窩を見下ろす。そこには至る所でたき火が起こされ、無数の人間がテントを張ってキャンプをしていた。巨大なたき火を囲み、音楽を慣らし、ダンスに興じたり、深い針葉樹林の森へ赴き、生息している地獄獣を狩って肉を食らっている者すらいる。
本来の極寒地獄の趣旨である、凍死の恐怖を永遠に与え続ける事からは、完全に逸脱していた。
「現在の気温は?」
「気温13℃です」
「冷蔵庫よりも暖かいではないか!!」
「だから無理なんですよ! たき火の数を見てください。冷却能力を圧倒的に上回っているんです。人が減らない限り無理です! 対処出来ません!」
「ぐぬぬぬ」
係員達が悔しそうに見つめる先で、溶けた表土の下から土の地面が現れる。そこにはすぐに緑の植物が生え始めた。
「なるほど。極寒地獄は他の地獄よりも、生命の生存力が高くしてあるから、暖かくなると即座に植物が生育してしまうんですね」
「関心してる場合か! 下げろ! 生存力を下げろ!」
「無理ですよー。それ、天界と下界の盟主の許可がいるやつじゃないですか。今から決裁を取り始めても、一週間は掛かりますよ」
「一週間もこのままでは、極寒地獄が緑豊かな場所になってしまうではないか!」
「だから諦めましょう。もう何をやっても遅いですから」
若い連中は「もうどうにでもなーれ」とでも思っているようで、逆に今のこの状況を楽しんですらいた。
彼らはまだ若い。責任を取らされることも無いし、仕事を止めさせられたところで他に就く職はいくらでもある。だが、俺は違う。もう中年を越えたおっさんだ。この職に食らいつかねば、再就職は絶望的。極寒地獄なんていう、不人気部署の管理職なんて、再就職の際に真っ先に切り落とされるはずだ!
俺にはまだ、大学生の息子がいるんだ! こんなところで路頭に迷う訳にはいかん!
だが、男の願いは空しく散った。
緑豊かな植生と、畑を作れば一瞬で食物が生えてくる、ちょっと肌寒い気候なだけでとても過ごしやすい場所。森へ入れば地獄獣が大量繁殖しているし、食に困ることはない。それに木材も大量にあり、植林すればすぐに成木まで成長するため、人手さえあれば暮らすに不自由することはなかった。そして人手は余るほどある。
『極寒地獄って聞いてたけど、このくらいの寒さなら何とかなるな』
『シベリア住みの俺からすれば、暖か過ぎだ。あと酒があれば最高だな』
極寒地獄の管理者達をあざ笑うかのように、それ以降も人間の流入量は増え続けるのだった。
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