第3話 殺戮地獄


 「くっ!!」


 俺は今まで負けたことが無かった。この殺戮地獄第一闘技場の番人ケンタウロスとして、最強であると自負していた。身の丈5mを超える長身から繰り出す必殺の斧は、人間共の体を血煙に変え、鉄のように硬い皮膚は軟弱な人間の攻撃にびくともしない。

 俺はココで、人間共に恐怖と絶望と、死の痛みを味わい続けさせて来た。


 それが、どうしてこうなった。


「よし! モンスターが弱まってきたぞ! 今だ、前衛斬り込め!」

「おっしゃー! 牛肉だ! ケンタウロスの牛肉が喰えるぞ!」


 俺が人間程度の存在に負けるはずがない。アイツらが10人、20人と束になったところで、負けるはずがない!

 だが――流石に千人に達しようかという人間を一人で相手にすることは辛過ぎた。


「おのれぇぇ!」


 ブウン、と風切り音を立てて大斧を横なぎに振るう。それだけで人間共の数十人が、上半身と下半身に分かれた。だが、真っ二つに裂けた屍を超えて、薙ぎ払った人数以上の人間が攻め寄せてくる。


「押せ押せ! 数でごり押せ!」

「俺たちは既に死んでるんだ! 痛いだけの、無限残機だぞ! つまり無敵だ!」

「突っ込めー!!」


 人間一人に取り付かれた程度では、俺の動きを阻害することは出来ない。だが、数十人の人間が腕に、足にしがみ付き、動きを封じてくる。


「このぉおおおおお!!」


 そして、的確に急所を狙ってくる人間共。目や鼻。耳。股間部や尻の穴。


「おらぁぁぁ! ケツに鉄の棒でも喰らいやがれ!」

「アッーーーーーーーーー!?」


 ズブリ、と人間の持っていた鉄棒が尻の穴から突き刺される。思わず叫び声を上げた口に、チャンスとばかりに人間共が物を放り込んでくる。


「おごごもごご!?」

「口に物を詰めろ! 鼻の穴も塞げ! 何でもいい! ある物全部詰め込め!」


 鉄のように硬い皮膚でも、ツルハシで殴られ続ければ傷がつく。無防備な粘膜部分は皮膚ほど固くないので、痛みは感じる。そして何よりも、口と鼻を塞がれ、呼吸を妨げられてしまえば、成すすべがなかった。


『助けてくれ!!』


 必死に救援を呼ぶ。だが、助けに来る仲間も、人間共の数の暴力の前に、蹂躙されていった。


 一体、この闘技場にどれだけの人間が来ているんだ!? こんなの普通じゃない!!


 普段、閑散としている観客席は、人間共に埋め尽くされている。誰もかれもが、木の棒や椅子など、適当な武器を受け渡され、次々と闘技場内へとなだれ込んでくる。本来なら武器なんて持てるわけが無いし、小人数に組み分けられるはずだ。だが、その為の係員すらも、人間共の数の暴力の前に屈し、蹂躙されていた。

 すでにこの殺戮地獄は、正常な地獄の管理体制から逸脱してしまっていた。

 

『助けてくれ!』


 薄れゆく意識の中。人間たちが雄たけびを上げる声が、遠く遠く響いて聞こえた。

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