第21話

 大きく息を吸って、吐く。とある国では、内功ないこうと呼ばれるその技術。

 ここで重要視されるのは、“気”というエネルギー。

 魔力ともまた違う、観測はされないがしかし確かに存在する、そんな不確かな存在の事。

 そもそも、これらを知覚できるのは“気”自体を練り上げることが出来る者だけなのだ。

「すーーー…………ふぅーーーー…………」

 明け方のアールスノヴァ魔導学院の中庭に響く呼吸音。

 蹴速凛太郎は、ゆったりとした動作で當麻流たいまりゅうの型の動きを行っていた。

 技名というモノが何故存在するのか。その理由の一つとして挙げられるのが、技の取捨選択と成功確率に影響するから、というものがある。

 これは人の行動に想像力というモノが大きな影響を与えるからに他ならない。

 肉体が自動的に強くなり続ける凛太郎にとって、部位鍛錬や筋力トレーニングはほとんど意味を成さない。だからこそ、より長い時間を型の習熟に当てはめるのだ。

 余談ではあるが、今の彼は裸足に貸し出されたパジャマのズボンだけという格好。上着は近くのベンチに畳んで置いてある。

 全身に練り上げた気を行き渡らせて、拳をゆっくりと前へと突き出す。

 凛太郎の當麻流は、繋ぎ技が殆ど無い。一動作ごとが一撃必殺の可能性を秘めている為だが、先の戦いで少々その考えを変える事にした。

(一撃の重さと、相手を縫い止め続ける加減)

 どれだけ強力な一撃も、には無力だ。

 オンブルなど良い例だろう。相手の肉体強度はそれ程でもなくとも、ぶっ飛ばしても即座に再生。最終的には質量も体積も面積も関係なく馬鹿でかくなった。

 アレに関しても、相手が自分の土俵に上がってきた時点でその場に縫い止める方がマシだったろう、と凛太郎は今ならばそう考える。

 後悔をしたのなら、同じ轍を踏まない為に鍛錬を重ねる。そうやって、彼は前へと進んできた。

 ゆっくりと振り上げた足を空へとピンと伸ばし、ゆっくりと降ろして踏み込みと同時に左の掌底を見舞う。更にそこから肘を曲げての、左肘打ち。次は、

「おはよう、リンタロー」

「ん?よお、スピカ。おはよう」

 右拳を突き出そうとしたところで声が掛けられた。

 見れば、支給されていたパジャマから新調された白いシャツに白黒のリボンタイ。黒のハーフパンツを履いたスピカが片手を挙げて中庭へと訪れていた。

「先生たちが、服を用意してくれたみたいだよ」

「俺のもか?」

「うん。理由はどうあれ、問題解決に尽力したのは事実だし。その過程で服がボロボロになったら、監督不行き届きになるからって」

 スピカの言う、教師たちの理由付け。

 やらかしてしまった事は宜しくなかったが、それでも人命救助そのものは褒められるべきこと。

 諸々理由はつけたが、要は教師陣からのご褒美であった。

 流石に、知り合いの前で演武をするような事はしない為、一つ息を吐き出した凛太郎。

 かれこれ一時間は型の動きをしていたからか、結構な汗をかいてしまっていた。

「シャワー浴びてきたら?医務室で貸してもらえるよ」

「おう、行ってくる。そのまま飯に行くか?」

「そうだね……図書館塔にも行かなくちゃいけないし」

「だな……ま、怒られるのは俺だろ」

 肩を竦める凛太郎。

 緊急事態だったとはいえ、図書館塔に置かれていた本、それも希少な魔本を四つに引き裂いてしまったのだから。その謝罪のために、二人は朝食を終えてから図書館塔へと向かうように言われていた。

「まあ、なんだ。ぶっ壊したら、謝る。本当は昨日の内に行けたら良かったんだけどな」

「それは仕方ないよ。検査に時間が掛かったし、先輩の方に掛かりきりだったから」

「そういや、大丈夫だったのかアイツ。てっきり、死んじまったかと思ってたけど」

「こら!そういう事言わないの。先生から少し聞けたけど、魔本に魔力と生命力を軒並み吸われてたけど、魔本が崩壊した時に吸われていた一部が繋がっていたパスを逆流して辛うじて助かったんだって…………ただ、暫くはリハビリが必要って話だよ」

「ほー……」

 自分で聞いた割には気のない返事。

 右肩に畳んでいたパジャマの上着を担ぎ上げて歩き出す。

「にしても、魔本ってのは他にもあるのかね」

「あるよ」

「あるのかよ」

「うん。ボクの故郷にもあるし、多分図書館塔にもまだまだあるんじゃないかな」

「…………何つーか、分かんねぇな。あんな目に遭うようなモノを欲しがるなんてよ」

「ええっと……今回の件は特殊な方だよ?」

「いや、あれが平常なら世界終わってるだろ」

「まあ……うん」

 廊下を行きながら、スピカは苦笑いを一つ。

 魔本の扱いは、基本的に魔剣等と変わらない。読み通す事が契約になる為、どうしたって研究も進まない為だ。下手に研究させれば、そのまま国の戦力の一つを持っていかれかねない。

 だからこそ、死蔵され結果今回のような不測の事態が起きる可能性が捨てきれない。

 とはいえ、小難しい話は大人の領分だ。

 目下でスピカが気になっているのは、別の事。

「それはそうと、リンタロー」

「ん?」

「靴は?」

「医務室だな」

「も~!折角、サンダルを用意してもらったんだから、履きなよ!ガラスとか踏んだら危ないんだからね?」

「へいへ~い」



 図書館塔。休日にまで訪れる者は殆ど居ない為、中はいつも以上に閑散としていた。

「来たか」

「おはようございます、スーフィー先生」

 一階の受付カウンター内で本を読んでいたスーフィー司書は、本から顔を上げる事無く二人の生徒迎えた。

「話は、聞いている。影ノ魔本に巻き込まれ、引き裂いた、と」

「それは……」

「引き裂いたのは、俺です」

「ふむ……」

 ジロリ、とカーキ色の瞳が凛太郎へと向けられる。

「お前は、あの本の希少性を分かっているか?アレ一冊で、お前がこれから稼ぐかもしれない額の十倍以上の金額が掛けられる代物だぞ?」

「まあ……こっちも死ぬわけにはいかなかったんで。借金になるなら、俺が負います」

「ちょ、リンタロー……!」

 スピカが、新調した凛太郎の着流しの袖を引く。

 彼女からすれば、彼一人に全ての罪過を背負わせるつもりは無いのだから。

 だが、

「いや、お前たちに請求がいくことはない」

 子供の覚悟を一蹴。しかし、ソレは当然と言えば当然な訳で。

「そもそも、今回の一件を学院は公にするつもりはない」

「それって……」

「ああ、隠蔽だ。だが、小綺麗なままでは世界は回らない」

 そう言って、スーフィー司書は徐に席を立ちあがると、二人を伴って階段の方へと足を向けた。

 木製の段を踏みながら話は続く。

魔本マジックブックに関する研究が進んでいない事は知っているか?」

「えっと、多少は……」

「それならば、良いだろう。魔本は、魔剣等と違い契約というプロセスを挟む事により、魔法の使用を可能とし、所有権を確立する」

 階段を登り二階、三階を抜けて辿り着く四階。

 吹き抜けが尖塔の天井までぶち抜かれたそこは、ある意味別世界だ。

「そう言えば、何でソレが分かってるんですかね?」

「過去の記録、歴史が証明しているからだ」

 凛太郎の問いに応えながら、スーフィー司書はそのまま吹き抜けへと進み、五階へと渡された空中階段へと足を掛けた。

「今から数百年以上前に一人の男がいた。そいつは、類稀なる魔力量を誇りながらも、その一方で魔法に対する適性が低かった」

「(……………………そんな事あるのか?)」

「(稀にね)」

「男は求めた。自身の魔力量を遺憾なく発揮し、周りを見返すことが出来る力が欲しいと。そして得たのが、とある魔本だった」

 語りながら階段を登るその足に淀みは無い。

 不健康そうな見た目であるのに、何処にここまでの体力があるのか。

「ここだ」

 スピカの息が荒れ始めた頃、辿り着いたのは最上階。吹き抜けを覗き込めば血の気が引くほどの高さだ。

 空中階段を離れて、スーフィー司書が向かったのはとある壁面書棚。

 置かれている書籍は、何れも分厚く、古く、大きく、宛ら図鑑のよう。

 その書籍の壁の前で、スーフィー司書は左手を持ち上げ空中で何かを摘まむ様に親指、人差し指、中指を動かした。

 そして、この空中を摘まんだ指を左方向へと横滑り。

 直後、書棚の書籍の内、何の共通性も互換性も類似性も無い数冊が光るとそれぞれが光で繋がれ異様に歪んだ稲妻型の魔法陣が形成される。

 それも彼らの正面書棚一面に。

「ついてこい」

 現れた魔法陣へと足を踏み入れるスーフィー司書。

 互いに顔を見合わせた凛太郎とスピカの二人も、意を決して道へと足を踏み入れる。

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